あの日から優希は遠回しになんだけど私に手術の話を持ちかけてくるようになった。最初のうちはあまり気にも留めなかったんだけど、さすがに会うたびとなるとばれてしまったのではないかと思ってしまう訳で。でも、だからといって『本当は私が脊椎損傷じゃないってこと、知ってるんだよね?』なんて聞いてしまったがために本当は何も知らない優希に真実を知られてしまったら……そう考えると何も言えない訳で。 「はあ……」 『未萌ちゃん、どうかしたの? 大きなため息ついちゃって。何か悩み事?』 あちゃー、私ったら佳音ちゃんとお茶している最中だっていうのについつい考え事をしちゃった。 「え、あ、ううん、何でもない、何でもないよ」 何事もなかったかのように振る舞ってから、気持ちを切り替えるために佳音ちゃんに煎れてもらった紅茶を一口含んだ。 『もしかして優希ちゃんに手術でも勧められた?』 「……う、うん、ちょっと……って、ええっ!?」 何で? 何で佳音ちゃんがそれを……。驚きを隠せない私に佳音ちゃんは更なる質問を浴びせかけてくる。 『ねえ未萌ちゃん、どうして手術受けないの?』 「ななな、何のこと? 私、手術なんか……」 『する必要ないとか受ける予定なんてない、そんな偽りの答えなんか私、聞きたくないからね』 「え……」 いつもにこやかにしている佳音ちゃんからはとても想像できないぐらい真剣な表情で私のことをじっと見ていた。 「か、佳音ちゃん? どど、どうしたの急に……」 『いいから答えて!』 「答えるもなにも私、手術なんか受ける予定……あっ!」 そこまで口にしたところでさっき佳音ちゃんに言われたことを思い出す。 『私、言ったよね。そんな答え聞きたくないって。……うん、わかった。だったら私が未萌ちゃんの代わりに答えてあげる。妹さん、優希ちゃんの将来を奪った私に自分だけ自由という翼を手にする訳にはいかない、これで間違いないよね』 「ちょちょ、ちょっと待って。何で佳音ちゃんが優希のことを……」 確かに前に妹の、優希のこと話した覚えはある。けれどもあのときは『私ね、妹がいるんだ』その程度しか話していなかったはず。なのに佳音ちゃんはそんなの通り越して怪我のことまで知っているようだった。 『だって直接優希ちゃんから聞いたから』 「え……優希、から?」 『うん、実はね……』 それからしばしの間、佳音ちゃんの話に耳を傾けた。
(そっか、そういうことだったんだ……) 佳音ちゃんの話によると佳音ちゃんは私よりも前に優希と友達になっていたんだって。しかも優希はそのとき既に私の嘘を見破っていたらしく、でも私の性格からしていくら説得したところで素直に手術なんか受けてくれるはずがないと確信していた……って、ちょっともうっ、確信していたですって。あの子ったらまあずいぶんなこと言ってくれてるじゃないのよ。あとであの子とじっくりと話し合う必要が……とと、いっけない、話が横にそれちゃった。えっと話を元に戻してっと。それでも優希は私にどうしても手術を受けてもらいたくって悩みに悩んだあげく相談に乗ってくれそうな人……そう、佳音ちゃんに話を持ちかけたんだって。で、持ちかけられた佳音ちゃんはというと私の担当医である(というか三人とも一緒なんだけどね)鈴木先生(通称、知佳ちゃん)を巻き込んで、私の口から『手術を受けます』と言わせるプロジェクトを発足させた。 計画内容は、まず佳音ちゃんが私にアプローチし友達になる、そこまでが第一ステージ。次に優希がさりげなく私に手術の話を持ちかける、これが第二ステージ。佳音ちゃんが私を説得し手術を受けることに同意させる、これが第三ステージ。そして最後に、何でもこれはあとから追加したそうなんだけど、私が手術を受けてリハビリして歩けるようになる、これを最終ステージと定義したそうだ。
『私からもお願い。お願いだから未萌ちゃん、手術を受けて』 「で、でも……」 それでも私にそんな資格なんてない、そう言いかけようとした瞬間、佳音ちゃんが差し出した人差し指がそっと私の唇に触れその先を封じ込んだ。 『これでも私、未萌ちゃんの気持ち、痛いほどわかっているつもりだよ。そして優希ちゃんの思いも知っている、ううん、身をもって思い知らされているから。だからね、未萌ちゃんには私と……私と同じ過ちを繰り返してほしくないの』 「過ち?」 佳音ちゃんはコクリと頷いてからキーボードに指を滑らす。 『まだ未萌ちゃんには話したことなかったよね、妹の佳澄こと』 「妹さん? 佳音ちゃん、妹いるの?」 『あの子も歌うことがとっても大好きでね、将来は二人揃ってそういうお仕事に就けたらいいなってよく話してたんだよ』 嬉しそうにキーを叩く佳音ちゃん。けれども私には何故か悲しそうに見えた。 『先生からは『手術を受けた方がいいよ』そう言われてはいたんだけどやっぱり怖くって。それにまだ声も出ていたから薬による治療にしてもらってたの。そんな矢先のこと、あの子もここに担ぎ込まれてきた。私と同じ病気で。厳密に言うとちょっとだけ違ってた。あの子のは進行性が高いものだったの。だから手術を受けたところであまり意味はない、そうまで言われた。それでもあの子、手術を受けるって聞かなかった。私にはどうしてそこまで手術にこだわるのか正直わからなかった。その訳を知ったのはこの手紙だったの、あの子から受け取った最後の手紙』 佳音ちゃんはポケットの中からなにやら取り出すとそのまま私に差し出してきた。差し出してきたもの、それは淡いピンク色をしたとってもかわいらしい封筒だった。話の流れからして恐らくその中にはさっき言ってた妹さん、佳澄ちゃんからの手紙が入っているはず。佳音ちゃんにとって佳澄ちゃんとを繋ぐ最期の、最期のメッセージが込められたもの。そんな大切なもの私が読んじゃってもいいものなのか。 「あっ……」 どうしていいのか悩んでいる私に向かって佳音ちゃんは私の手を取ると手のひらに手紙を載せてきた。そして私の手と手紙を包み込むように空いている手を載せてきた。手のひらを介して佳音ちゃんのぬくもりが伝わってくる。そして佳音ちゃんの思いも……。 「うん、わかった」 だから私はその行為を受け取ることにした。途端、佳音ちゃんは優しい笑みを浮かべ、最後にぎゅっと手を握りしめてからゆっくりと手を放した。 (……よしっ) 改めて封筒に目を向ける。そこには丸っこい字で『佳音お姉ちゃんへ』と書かれてあった。既に封を切られているところに指先を滑り込ませ中から手紙を取り出す。広げた手紙にはこう書かれてあった。
『お姉ちゃん、逃げたら承知しないからね』
『優希ちゃんのことを考えたら手術なんか受けられない、未萌ちゃんそう言ってるけどそんなの嘘だよ。ただ手術を受けるのが怖いだけなんだよ』 「そ、そんなことは……」 『絶対にない、そう言い切れる? はっきりとそう言い切れる? 私じゃなく優希ちゃんの前で胸を張ってそう言い切れる?』 「そ、それは……」 『さあっ!』 「………」 ずいっと詰め寄ってくる佳音ちゃんに私はなにも言い返せなかった。 『ごめんね、私なんかがこんなこと言えた義理じゃないよね。でもね、だからこそ未萌ちゃんには私と同じ過ちを繰り返してほしくないの。未萌ちゃんにはまだチャンスが残ってるんだから、ねっ』 「佳音ちゃん、私……ひっく……私……」 私は佳音ちゃんに抱きつくと人目をはばかることなくそのままわんわんと泣きじゃくった。
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