女の子がホームへ続く階段を軽やかなステップで駆け上がっていく。登り切ったところでくるりと半回転したところでこっちに向かって大きく手を振りながら、 「三上さ〜ん、早く早く〜。もう電車来てますよぉ〜」 「慌てなくたって大丈夫だよ。快速の通過待ちだからまだ出発しないよ」 「え、そうなんですか?」 「だから慌てなくてもいいよって言ったじゃないか」 「ううぅ〜〜〜っ、でもでもぉ〜〜〜」 まるでお菓子とかおもちゃをねだる子供のような仕草に俺は思わず苦笑いしてしまう。 「ああぁーーーっ! 今、笑いましたね」 はい、笑いました。なんて正直に答えた日には、きっとぷんすかした顔を見られる(それはそれで見てみたいかも)はずだけど、それは次の機会にとっておくことにする。 「笑ってなんかないって。もし席が空いてるようだったら先に乗って取っておいてもらえないかな」 「あ、はーい」 瑞原さんは大きく右手を振ると停車していた電車に向かった。久しぶり(とはいってもここ二日間のことだけど)に瑞原さんの笑顔を見ることができ、なんとなく気持ちが落ちつく。
魔力を受け渡すためとはいえ、瑞原さんにあんなことをさせてしまった(もちろん意識がなかったので全く覚えていない)ことに対してどうしても謝りたかった俺は、翌日瑞原さんの部屋へ足を運んだ。トントンとドアをノックをしたものの返事はなく、もう一度ノックをしようとしたとき、たまたま通りがかった麻子先輩が『七海ちゃんでしたらもう学園に行かれましたよ』と教えてくれた。そのとき『仕方ない。だったら休み時間にでも謝ればいいか』なんて軽い気持ちだったのだが、実際はそんな甘いものではなかった。朝食を食べたあと優風先輩たちと一緒に学園へと登校し、教室に着いたところで瑞原さんの席に目を向ける。けれどもそこには瑞原さんの姿はなかった。おっかしいなー、先に行ってるんだからいないなんてことないはずなのに……。 き〜んこ〜んか〜んこ〜ん。 そうこうしているうちにHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。未だ教室に瑞原さんの姿はなかった。もしかして途中で事故にでも……。いや、そんなことはない。ただ単に遅いだけだ。そうであってほしい。不安になりかけていたそのとき、ドアがガラッと開き、担任の山崎と一緒に瑞原さんが入ってきた。よかった……。瑞原さんの無事な姿を見られたことに思わずほっとする。あれ? なんとなく顔が赤く色づいているような気がするけど……。もしかして熱でもあるのかな? あとで聞いてみることにしよう。 一時限目終了後、瑞原さんの元へと向かおうと立ち上がりながら席へ視線を向けたところで目を丸くする。あれ? いないぞ? いや、そんなはずは……。まあいっか。そのうち戻ってくるだろうし、それから話をすればいいわけだし……。ここでもそんなに気に留めなかったのだが、それが次の休み時間、そのまた次の休み時間と続くとさすがにおかしいなと思えてくるわけで……。もしかして避けられている? それを決定づけたのはお昼休みに入った直後のことだった。まだ席にいた瑞原さんの側まで近づき声を掛けた途端、顔をこれでもかってぐらい真っ赤にさせ、ものすごい勢いでそのまま教室から出て行ってしまった。あまりの出来事に呆然としていると、見るからに興味津々といった表情を浮かべた名緒が愛用のデジカメ片手に『ねえねえ、何があったの』と詰め寄ってきた。すぐさま我に返ったところで急いで瑞原さんのあとを追ったものの、結局見つけ出すことはできなかった。 避けられてる、絶対避けられてる。どう考えたって理由はあれしか思い浮かばない訳で……。謝らなくっちゃ、どうにかして瑞原さんに謝らないと……。腹の虫がグーグーと騒ぎ立てる中、午後の授業なんかそっちのけでどうしたら瑞原さんに謝ることができるか必死になって考える。あ、そうだ! あそこでなら瑞原さんも話を聞いてもらえるかもしれない。授業が終わったところで部室である保健室に足を向ける。期待半分、不安半分といった面持ちでドアを開けたところ、残念ながらそこには瑞原さんの姿はなかった。その代わりといってはなんだが、待ち構えていたものはというと……。すぐさま回れ右をしてこの場から逃げ出したくなるぐらいとっても暖かい視線を向けている優風先輩率いる暗黒占い同好会(あくまで仮の名前である)御一同様だった。すぐさま逃げ出そうとしたのだが相手は魔法使い、あっさり身柄を拘束され、そのまま暗黒占い同好会(さっきも言った通りあくまで仮の名前である)による査問委員会が開かれる。事情聴取が終わったときには既に日も沈み外は真っ暗だった。釈放された俺は家に帰ろうと席から立ち上がる。鞄に手を伸ばしたかけたところで優風先輩から横長の紙切れを二枚手渡される。なんだろう、と思いつつ受け取った紙切れに視線を移す。そこにはここから電車で約一時間ぐらいのところにあるテーマパークの一日パスポート券と記載されていた。『何ですかこれ?』と尋ねたところ『謝るんだったらやっぱデートでしょう。その予行練習として私が付き合ってあげる』と半ば強引にデートの約束をさせられてしまった。
「ずいぶん嬉しそうだね」 電車のシートに腰掛けたところで隣に座って嬉しそうにしている瑞原さんに声を掛ける。 「だってだって、ここにお引っ越しが決まったときから、すっごく楽しみにしてたんですよ」 「そうだったんだ。そうだよね、かなり有名みたいだもんね」 「はいっ♪ でも、まさかこんなにも早く行けるなんて夢のようです。三上さん、えっと、あの、その……誘っていただきましてありがとうございますっ」 「いや、こっちこそ、その……ありがとね」
今から二十分ぐらい前のこと、あとちょっとで優風先輩と約束した待ち合わせの時間を迎えようとしていたところだった。一台の見覚えのあるワンボックス車がロータリーへと走り込んできた。来たみたいだな、優風先輩を出迎えようとベンチから立ち上がり車へと歩み寄る。車のドアが開き、中から出てきた人の姿を見た瞬間、驚きのあまり歩みを止めてしまう。てっきり優風先輩だと思っていたのに中から出てきたのは、チェックのシャツにデニムのミニスカート、そしてオレンジ色のパーカーを羽織った瑞原さんだった。瑞原さんは俺の姿を見るなりものすごく戸惑った表情を見せたあとすぐさま視線を逸らした。 『司、ここまでお膳立てしてあげたんだからね、あとはうまくやんなさい』 声が聞こえてきた。しかもそれは耳を介すようなものではなく直接語りかけてくるような感じだった。そういうことか……。デートの予行練習なんていうのは真っ赤な嘘で、ただ単に俺を呼び出すための口実にだったのだろう。恐らく瑞原さんも何も聞かされないままここへ連れてこられたのだろう。きっかけを作ってくれた優風先輩に感謝しつつ俺は瑞原さんへと声を掛けた。デートへ誘うために……。
「でも、本当によろしかったんですか?」 隣に座っていた瑞原さんが恐る恐るといった感じの口調で尋ねてくる。 「うん? 何が」 「えっと、その……わ、わたしなんかでよろしかったんですか?」 「当然じゃないか。そのために用意したんだから」 チケットを用意したのは優風先輩だったけれど、とりあえず黙っておくことにする。 「でもそれは……お詫び、としてなんですよね?」 見るからに表情を曇らせ尋ねてくる瑞原さん。実際のところそういう理由で誘ったわけだし、そう受け取られても仕方ないと思う。でも今は……なので俺は思っていたことをそのまま伝えることにした。 「確かに最初はそうだった。でもね今は瑞原さんに対するお詫びというよりもその……自分へのご褒美かな? なんてそんな風に思えてきちゃってね。だってさ、瑞原さんみたいなかわいい子と今日一日ずっと一緒にいられるかと思ったら、ね」 「そそ、そんなこと言われたら、わたし、わたし……」 瞬く間に顔を真っ赤にして瑞原さんの姿を見るとやっぱりかわいいなと思う。 「今日一日、よろしくね」 「ここ、こちらの方こそよろしくお願いします」 ホームに発車を告げるベルが鳴り響きドアがゆっくりと閉じる。ガクンと車体を揺らし俺たちを乗せた電車は目的地へと向かってゆっくりと滑り出した。
(確かにすごいや……) 目的地であるテーマパークへと到着し、ゲートをくぐり抜けた第一印象がそれだった。規則正しく敷き詰められた石畳の広場、中央には大きな噴水があり、時折、間欠泉みたいに空に向かって水の柱を造り上げていた。その先には来園した人々を歓迎するかのようにレンガを積み重ねて造り上げられた大きな門があった。その景色を眺めているときのことだった。 (……あれ?) 一瞬だったけど手に何か柔らかいものが触れてきたような気がする。 「ご、ごめんなさい。わたしったら、すっかり忘れてました」 「忘れてた?」 「は、はい。わたしが触れたりしたら具合悪くなっちゃうんでしたよね。それなのにわたし手を握ろうとしちゃって……本当にごめんなさい」 瑞原さんの言うとおり、何故だかよくわからないけど女の子に触れるだけで意識がもうろうとしてきて、ひどいときにはそのまま意識を失ったこともあった。 「別に瑞原さんが謝ることなんかじゃないよ。どちらかというと俺の方が……あっ!」 「三上さん、どうかしましたか?」 ポケットにしまっておいたあれを取り出す。このあいだここのチケットを受け取ったときに典子先輩からプレゼントされた腕時計の取扱説明書だった。パラパラとページをめくりながら目的の場所を探す。確かこの辺りだったような……っと、あったあった。ふむふむ、ここを押して次はここを……。説明書に書かれている順番通りにボタンをピッピッと押していく。 「あのー、三上さん?」 「もしも倒れちゃったらごめんね」 「……え?」 大きく深呼吸をしてから最後のボタンに手を掛ける。ピッという電子音のあと文字盤に“ready”の文字が浮かび上がる。準備が整ったのを確認したところで、俺は瑞原さんの手を握った。 「みみみ、三上さんっ!」 うわずった声を上げ慌てて手を引き放そうとする瑞原さん。俺は負けじと手に力を加えながら、 「たぶん大丈夫だから」 「たぶんじゃありません! 三上さん、無理することなんてないんです。わたしはこうして三上さんと一緒にいられるだけで十分ですから」 いつもならそろそろ意識がもうろうとしてくるはずなのだが、今のところこれといった体調の変化は感じられなかった。瑞原さんじゃないけれど正直言って俺もかなり驚いている。こうして瑞原さんに触れているのになんともないのはすべてこの腕時計のお陰だった。これは腕時計に組み込まれている機能の一つで、全身に0.000001ミリというとんでもなく薄い膜を張ることにより雨やホコリはもちろんのこと殺人ウイルスまで寄せつけない(もちろんそんなのがウヨウヨしているところなんかには行きたくないが)というものだった。この機能を使うことでこうして瑞原さんの手を握ることができるようになったのだ。掻い摘んで事情を説明すると、 「……本当、ですか?」 「ほんとほんと」 未だ疑いの眼差しを向ける瑞原さんに対し、俺はうんうんと頷きながら答える。 「本当に大丈夫、なんですか?」 「うん」 「本当に本当に大丈夫なんですか?」 「うん」 「それじゃあこうしても大丈夫なんですよね」 そう言うと瑞原さんは俺の左腕に手というか腕を絡めてきた。腕には柔らかくそれでいて適度の張りのある弾力と温かいぬくもりが伝わってくる。この感触ってやっぱりその……胸だよな。うわぁー、こんな感触なんだぁ……。よく耳にしていたのはあんまんとかつきたての餅とかだったけど、うん、確かにそうかも。特につきたての餅なんかはあの適度な弾力と温かさが表現として的を射てるよな、うんうん。 「あのー、三上さん?」 「ふひゃあっ!!」 不意に声を掛けられた俺は思わず変な声を上げてしまう。 「どど、どうかしましたか?」 「ななな、何でもないよ何でも」 まさかあんな事を考えていたなんて知られる訳にいかなかった俺は何が何でも誤魔化すことにする。 「そうですか? それならばいいのですが……。あ、あのー、三上さん、今日一日こうして歩いてもいいですか?」 「こうして?」 「は、はい。その……腕を組んで歩いてもいいですか?」 俺としてはこんな役得断る理由なんてないのだが、どうして瑞原さんがこんな事を言ってきたのか正直わからなかった。 「別に構わないけど、その……いいの?」 「もちろんですっ♪ それじゃあ行きましょう」 それから俺と瑞原さんはまるで恋人同士みたいに腕を組んだまま目的のアトラクションへ歩き出した。
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