ちかぽんの思いつきでとった行き当たりばったりの作戦(内容を簡単に説明すると指揮車ごと突っ込み、瑞原さんに魔力を渡すというストレートなものだった)が見事成功したそうで、結果、二人の妖精たちを無事、元の世界へ戻すことができたと教えてくれた。現場に居合わせたんだから見ているだろうに、なんで教えてもらったのかというと七海へ魔力を引き渡す直前で意識を失ったから。別に頭をぶつけたとかで意識を失った訳じゃない。俺がちかぽんにそう頼んだから。どうしてそんなことを頼んだのかというと、短時間で七海に魔力を受け渡すにはあれしか方法がなかったから。そう、キス、しかなかったから……。そんなことをしたところで瑞原さんが俺にしたという事実は消せないことはわかってる。でもそうしたかった。少しでも瑞原さんの負担を減らしたかったから……。 意識が戻ったのは帰りの車中のこと、すぐさま優風先輩から『話があるから一緒に来なさい』と脅さ……もとい、言われた俺はそのまま優風先輩の自宅へ案内された。部屋に案内されるなり『シャワーを浴びなさい』と言われた(そのときの視線といったらとても言葉なんかでは言い表せないぐらいすごかった)ので、それに従いシャワーを浴びることにする。なるほど……。鏡に映った姿を見て思わず納得する。まるで砂場でゴロゴロと寝転がったみたいに全身砂だらけだった。もちろんどうしてこんな状態になったのかなんて見当もつかない。恐らく意識を失っている間に何かが起き、結果こうなってしまったのだろう。まっ、今更気にしたところで仕方ない。シャワールームの前には小さいながらも脱衣所があったのでそこで服を脱ぎ、砂だらけになった体をシャワーで洗い流す。でも、あの制服を着たら意味ないのでは? なんてことを考えていたんだけれどそんな心配は必要なかった。シャワールームから出るとそこには制服はなく、代わりにふわふわ柔らかそうなバスタオルと着替えが用意してあった。それに着替えベッドに腰を掛けていると小さな箱を持った優風先輩がやってきた。 「まったくもう、麻子がいたにも関わらず、あんたら揃いも揃って無茶するわよね」 「すいません」 「うまくいったからよかったものの、下手したら全員揃ってあの世行きってところだったんだからね。少しは反省なさいっ!」 「申し訳ありませんでした」 優風先輩はブツブツと文句を言いながらも持ってきた救急箱を広げ、怪我したところ(俺自身いつこんな怪我をしたのか全然覚えてないのだが)の治療をしていた。 「これでよしっ、と。あとは包帯巻くだけね」 「優風先輩、そこまで大げさ……」 と言いかけたところで、ジロリと睨みつけるような視線を向けながら、 「いいから大人しくしてなさい!」 「は、はい……」 身の危険を感じた俺はとりあえず言われた通り大人しくすることにした。慣れた手つきで包帯を巻いてくれる優風先輩。直接触れられていないとはいえこんなことをされたらその……気持ちが落ち着かないわけで、とりあえず気を紛らわせようと部屋の中を見回し始めた。 「やっぱ珍しい?」 「そうですね……」 成り行きとはいえ、こんな場違いなところにいること自体とても信じられなかった。違和感を感じたのは大きな門をくぐり抜けたときのこと。何で道路にこんなものが……疑問に思っているとちかぽんが『みーちゃん、優風ちゃんのおうちに着いたよ』と話しかけてきた。なのにどうして車は走り続けているんだ? ちかぽんに尋ねると『さっきおっきな門をくぐったでしょ? あそこから優風ちゃんちだよ。あとちょっとで着くからね♪』ととんでもないことをさらりと言ってのけた。数分後、車から降りたところで目を丸くする。これ……家か? 家というよりも屋敷……じゃなくって、そうそう館。それはもう立派な洋館だった。そして案内された部屋はというと教室ぐらいの広さがあり、天井には大きなシャンデリア、床には見るからに高そうな絨毯が敷き詰められていて足を踏み入れるのさえ躊躇しそうになるようなところだった。 包帯を巻き終えたところで、 「そうそう、制服はクリーニングに出しておいたから」 「えっ! そんな、とんでもないです。それに俺、もう帰ります……って、うわっ!」 ベッドから立ち上がろうとしたところで、優風先輩におでこを小突かれバランスを崩した俺はそのままベッドへと倒れ込んだ。 「第一、そんなふらついた体で帰れるわけないでしょうが。どーせ帰ったところで家には誰もいないんでしょう? 遠慮なんかしなくて良いから、今晩は泊まっていきなさい」 「で、でも……」 「いいから泊まっていきなさい。泊まっていかないとどうなるかわかってるわよね」 「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」 「ねえみやっち、お腹は空いてるわよね?」 「いえ、そんなには空いてないです」 ほんとのことを言うとかなりお腹は空いてたんだけど、さすがにそこまで迷惑は掛けられなかったのでそう答えた。 「せっかくだから私が一番嫌いなこと、教えてあげるわ。それはねウソをつかれること。正直に言わないと夕食どころか朝食も抜きにするわよ」 優風先輩はそれはそれはもうとっても素敵な笑顔を向けてきた。あ、あの……はっきり言って無茶苦茶怖いです。 「すすす、すいません、ウソです。空いてます、かなり空いてます」 今なら蛇ににらまれたカエルの気持ちが手に取るようにわかる。 「最初から素直にそう言いなさい」 「すいません……」 「それじゃあ麻子に頼んでスタミナたっぷりの肉料理でも作ってもらいましょうかね。そうね、おそらく三十分もあればできるだろうから、できたら呼びに来るけど歩ける? もし無理そうだったらここに運ばすけど」 「いえ、大丈夫です」 優風先輩は嬉しそうにうんうんと頷きながら、 「それでこそ男の子よね。それじゃあみんなで一緒に食べましょう。あとで麻子か典子に迎えに来させるから、それまではゆっくりしてていいからね」 「わかりました。あっ、優風先輩」 聞きたいことがあった俺は、部屋から出て行こうとしていた優風先輩を呼び止めた。振り返るなり、 「七海だったら、多分、今日は会えないわよ」 「えっ! どどど、どうしてわかったんですか?」 まだ呼び止めただけで何も言っていないのに……。 「顔にそう書いてあるわよ。あ、別に体調不良とかじゃないから心配しなくて良いわよ。ただ……ちょっと、ね」 「ちょっと?」 優風先輩は開けたドアをゆっくりと閉めると、きれいな装飾が施された木製の椅子を無造作に引きずりながらベッドの側まで持ってくるとそこに腰掛けた。 「ねえみやっち、一つ聞いてもいい?」 「はい、何でしょうか?」 「どうして七海を助けようとしたの?」 「はい?」 どうしてって言われても……。質問の意味がよくわからなかった俺は優風先輩に聞き返した。 「だから、どうしてあんな無茶な真似をしてまで七海を助けようとしたのかを聞いてるの。麻子から経緯は聞いたんだけど、普通あんな光景を目の当たりにしたら助けに行こうだなんて思わないでしょう? なのにあんたは自分で七海のところへ行くと言った。ねえ、どうして」 「どうしてなんですかね? 多分ほっとけなかったからじゃないですかね。だって目の前でクラスメイトが困っていたんですよ。助けに行くのは当然じゃないですか」 「本当にそれだけ?」 「え」 「クラスメイトが困っていたから助けた、本当にそれだけなのかしら?」 優風先輩はものすごく真剣な表情で問いかけてきた。 「え、あ、はい」 「……うふふ、わかった。今日のところはそういうことにしておいてあげるわ」 何故か優風先輩はクスクスと含み笑いをし始めた。 「そうそう、みやっち、はいこれ」 「これってもしかして……」 見覚えのある小さなプラスチックケースを受け取る。 「車の中に落ちていたそうよ。そのままにしておくわけにはいかなかったから、悪いとは思ったんだけど鞄の中から勝手に取り出してケースにしまっておいたわ」 「すいません、助かります」 ケースを開け中身を確認する。中には左右に青色のキャップのついた真ん中で仕切られた透明なプラスチック製の筒、キャップには“R”の文字が記された側にそれは保存されていた。 「虹彩異色症……俗称、ヘテロクロミアだったわよね」 「知ってるんですか」 「まあね」 虹彩異色症、左右で瞳の色が異なるという症状なのだがとにかく目立つ。俺自身さほど気にしなかったんだけど、とにかく周りがうるさかった。なにせ発病したのは小学生低学年、そのころといったら何でも興味を示すような年頃なんだから尚更だ。ひどいときにはそれが原因でいじめられた時期もあった。なので中学校に上がるときに左目にカラーコンタクトを入れ、左右の瞳の色を合わせることしたのだ。 「さてと、治療も終わったことだし、そろそろ戻るわ」 そう言うと優風先輩は椅子から立ち上がると、さっきと同じようにずるずると椅子を引っ張り始めた。 「あの優風先輩、瑞原さんは?」 肝心なことを聞いてなかった事を思い出した俺は再度優風先輩に尋ねた。すると優風先輩は少し考え込んだ素振りを見せたあと、 「うーん、さっきまでは理由を教えてあげようかと思ったんだけど、やっぱ止めた」 「はい?」 「やっぱさ、多少の障害があった方が萌える……じゃなかった、燃えるわよねー」 「あ、あの……」 全くもって訳わかりません。 「男の子なんだから気にしないの! それじゃあね。あっ、忘れるところだった。そう言えばまだお礼、言ってなかったわね。その……司、今日はありがとね。お陰で助かったわ」 そう言い残すと優風先輩は俺に有無を言わせる暇を与えることなく部屋から出て行った。
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