「あ、あれ? ここは一体……」 白く塗りつぶされた無機質な小さな空間、気が付くと何故か俺はベッドの上に横になっていた。 「あ、三上様、気がつかれましたか?」 「え、あ、はい」 麻子先輩は側まで近づいてくると、 「御気分はいかがですか? 些細なことでも構いません。体調がすぐれないようでしたら遠慮なくお申し付け下さいませ。見ての通り狭いですが一通りの医療機器は整っていますから」 「たぶん大丈夫です。それよりも麻子先輩、ここは一体何処なんですか?」 おかしいな、さっきまで車内にいたはずなのに……。首を傾げつつ麻子先輩へ尋ねる。 「移動指揮車の中にある医務室ですわ。三上様が意識をなくされたあと、万が一のことを考えて移動時に使用した車からこちらの方に移させていただきました」 麻子先輩は心から申し訳なさそうな表情をしたまま深々と頭を下げる。 「申し訳ありませんでした。緊急事態とはいえ三上様の了解も得ずに勝手に魔力を頂戴致しましてお詫びのしようもございません」 「魔力を? ああ、もしかして意識がなくなったのはその影響なんですね」 「い、いえ、それがその……優風様が意図的に三上様の意識を……」 「意図的に、ですか?」 「はい、魔法を用いまして一時的に三上様の意識を……。申し開きのしようもございません。わたくしごときが頭を下げたところで過ちを払拭することなんかできないことは重々承知しています。ですがわたくしたち……七海ちゃんには三上様、貴方の魔力がどうしても必要だったんです」 「ということは意識を失っている間に……」 「はい……」 麻子先輩は小さく頷いた。
『みやっち、いい子だからちょっとの間、大人しくキスされてあげて』
優風先輩の言葉が頭をよぎる。それに初めて瑞原さんに出会ったときも確かその……キ、キスをした直後、『でもこんなにもたくさんの魔力を頂いたお陰で……』とか言っていたような……。思わず指先が唇へと触れる。ということはもしかして意識を失っている間にまた……。 「三上様、御心配いりませんわ。今回はそのようなことはしておりませんから」 まるで俺の心を見透かしたかのように、麻子先輩は自分の唇に人差し指をトントンと軽く当てながら答えてくれた。 「効率の面から申し上げますと確かにそれが一番いい方法なのですが、今回は時間がありましたので手から魔力を頂きました」 「そそ、そうだったんですか。あは、あはははは……」 「もしかして、その方がよろしかったでしょうか?」 悪戯っぽく笑う麻子先輩。 「ととと、とんでもないです! 恋人同士とかならまだしも、いくらなんでもそんな大事なことさせられません」 「大事なこと、ですか?」 「はい。俺、男だからよくわかんないですけど、女の子にとってはその……何て言えばいいんですかね? いろいろあるんじゃないかなって……」 個人的な意見だからこれが一般論とは食い違っていると思うけれど、健全な男にとって瑞原さんみたいなかわいい女の子からキスされるなんて嬉しい限りではあるが、逆に瑞原さんからすると好きでもない人とそんなことをするなんてかなりの抵抗があるはずに違いない。 「本当に羨ましいですわ。わたくしちょっと妬けてしまいました」 麻子先輩は何故か頬を赤くさせながらうっとりとした表情をしていた。 「はあ?」 一体何が羨ましいのだろうか……。ちょうどそのとき、壁に設けられていたスピーカから聞き慣れた間の抜けた声が聞こえてきた。
「うわあ……」 麻子先輩と一緒に隣の部屋へと移動する。そこには目を見張るような光景があった。薄暗い部屋の中にはモニターやらキーボード、それに色とりどりの様々なスイッチやメーター類などといったまるでテレビ局の舞台裏のような感じで様々な機器が壁とか机に所狭しと並んでいた。そして一際機器が集中しているところにヘッドセットを付け、モニターを食い入るように見つめているちかぽんの姿があった。麻子先輩はモニターを覗き込むなり、 「二人、だったんですね」 「そうなのそうなの。だって受け取ったデータでは一人だって聞いていたから、いつものように優風ちゃんが妖精さんの動きを封じ込めたところで、七海ちゃんが妖精さんを操っている悪い心を追い出す作戦だったんだけど、七海ちゃんが魔法を唱えたところで、急に現れたもう一人の妖精さんに邪魔されちゃって」 「ということは、七海ちゃん魔力はあまり残ってないですよね」 「そうなのそうなのぉぉぉ〜〜〜。多少の誤差はあるとしてもモニター上で見る限りほんのちょっとしか魔力が残ってないの」 邪魔にならないように反対側からモニターを覗き込む。時折、ノイズが激しかったので判断するのにちょっとだけ時間が掛かってしまったものの、そこには瑞原さんの姿があった。 「知佳様、もう少しカメラを引いてもらえないでしょうか?」 「うん、ちょっと待ってね」 映像がズームアウトしていく。だんだんと小さくなっていく瑞原さんの姿。その姿がマッチ棒よりも小さくなり、ちょうど瑞原さんが素早く横へと移動した瞬間、あることに気がついた。それまで瑞原さんが立っていたところにボンっと砂煙が上がる。その直前のこと、なにやら細くて白っぽい稲光みたいたものがモニター上を横切っていた。あっ、まただ。瑞原さんが移動する直前に稲光が飛んでいた。稲光、まるで瑞原さんへとめがけて飛んでいるような気が……。モニターへと意識を集中する。やっぱりそうだ。間違いなく稲光は瑞原さんめがけて飛んでいた。 (あっ!) 瑞原さんからちょっと離れたところ、まるで瑞原さんと対峙するかのように人のような……でも、人でないような……何だかよくわからないけれど、ぼやーっとした白っぽい影からそれは放たれていた。 その影みたいなものを指さしながら、 「この白っぽい影みたいなの、一体何なんですか? 瑞原さん、まるでこの影に狙われているように見えるんですけど」 「ええぇぇぇーーーっ! みみみ、みーちゃん見えるの!」 「えっ? どうしてそんなに驚くんですか? これが一体どうかしたんですか?」 「だってだって、私たちみたいに訓練しているならともかく、普通の人にはそんなの見えないはずなんだよ。何でみーちゃんは見えるの?」 「いや、何でって言われても……」 そんなのこっちが聞きたいぐらいだ。 「もしかすると三上様がお持ちになっている膨大な魔力の影響かもしれませんね。三上様、その白っぽく見える影がこの世界へと迷い込んでしまった妖精さんたちを操っている元凶なんです。しかもそれはわたくしたち人間が作り出してしまったもの。ならばその元凶となっているものを取り除いて彼女たちを元の世界へと無事に帰してあげる責任があるのではないでしょうか」 「妖精を操っている元凶って一体何なんですか?」 「ねたみ、ひがみ、中傷、欲望、野心、憎悪……これ以外にもまだまだたくさんありますが、人間誰しも多かれ少なかれこのような負の心をどこかに持ち合わせているものなんだと思います。それらが具現化したもの、それが彼女たちを苦しめている元凶なんです。彼女たちに全くと言っていいぐらい罪はないんです。ただあまりにも純粋なためにそれを打ち消す術を知らないだけなんです。だから自分の意志に関係なくいいように操られてしまって……」 まるで麻子先輩の言葉を遮るかのように警告音が鳴り響く。 「たたた、大変だよ! 七海ちゃんの魔力が魔力がっ!」 「知佳様、三上様のことよろしくお願いしますね」 ちかぽんは勢いよく立ち上がると、そのまま麻子先輩の元へと駆け寄った。 「麻子ちゃん待って。麻子ちゃんてば、おとといぜーんぶ七海ちゃんに魔力をあげちゃったばかりで、まだそんなに魔力が回復してないじゃない。だったら私が……」 「お気遣いありがとうございます。でも知佳様にはこういった争いごとは向いておりませんから……」 「でもでもぉ」 「確かに知佳様の言う通りほとんど魔力は残っていません。けれども知佳様もご存じの通り多少武道の心得がありますから大丈夫ですよ」 「そうかもしれないけど、やっぱり私が」 「だったら俺が行きます!」 俺の言葉が二人のやりとりを遮る。 「えっ!」 「みーちゃん……」 「俺が瑞原さんのところまで行って魔力を渡してきます」 「お気持ちは嬉しいですが、こればかりはさすがにお受けするわけには参りません」 確かに麻子先輩の言う通り、モニターに映し出されていた映像から考えればかなり危険なことだと思う。でも不思議なことに怖いとは思わなかった。それよりも瑞原さんのことを助けたい、だってもうあんな思いはしたくなかったから……。 「みーちゃん、お願いしてもいいかな?」 「知佳様、それは……」 「ごめんね麻子ちゃん。麻子ちゃんが言いたいことはわかってる。でもね、それが今考えられる中で一番最良な手段なんだと思うの。もちろんみーちゃんの身の安全は私たちが保証します。だからお願いします。みーちゃんの魔力を私たち……ううん、七海ちゃんに分けてもらえないでしょうか?」 「喜んで」 いくら二人に止められようともはなっから行くつもりだったので、すぐさまその申し出を快諾した。 「それじゃあ早速だけど七海ちゃんのところへ行きましょうか」 「はいっ! あ、そうだ。すいません、一つお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」 「うん、なあに」 二人に願い事を告げた後、ちかぽん提案による作戦が切って落とされた。
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