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まじっく・magic 作者:ちびとら

第6回   キスのお味は?


「ききき、緊急車両がぁ〜通過しまあぁぁぁ〜〜〜すぅ。みみみ、道あけて下さあぁぁぁ〜〜〜い」
「……」
「お願いですからあぁぁぁ〜〜〜、道をあけて下さあぁぁぁ〜〜〜い」
「……」
 おでこに特大サイズの絆創膏を貼り付けたちかぽんがマイクに向かって大きな声を張り上げながら、次から次へと車の進路を確保……なんてできるわけなかった。最初から無理。絶対無理。どう考えたってこんな間の抜けた声じゃ、車はおろか警戒心の強い野良猫ですらどかすことなんてできないだろう。
「こら知佳っ!」
「ききき、緊急ぐあぁぁぁ〜〜〜……ふえ?」
「そんなんで車をけちらせるとでも……もごもごっ!」
 ついにしびれを切らした優風先輩がシートから立ち上がり助手席に座っていたちかぽんへと詰め寄ろうとしたところで七海が優風先輩の口を塞ぎながら制した。
「優風さん、落ち着いてくださぁい」
「そよかぁー、もうこないだみたいなことは嫌だからね。危うく週刊誌に載るところだったんだからね」
「優風様、まもなくパトカーが到着します。それまで今しばらく御辛抱していただけませんでしょうか?」
 優風先輩は髪をかきむしりながらシートに座り直す。
「わかってるわよ。私だって当分あのハゲオヤジになんか会いたくないわよ。人のこと本庁まで呼び出しておいて茶菓子すら用意してないなんて失礼ったらありゃしないわ」
「優風様、冷めないうちにどうぞ」
「ん、ありがと」
 対面式にレイアウトされた二列目と三列目のシートの間にある簡易テーブルの上には、とてもいい薫りのするコーヒーが注がれた紙コップが用意されていた。
「三上様も冷めないうちにどうぞお召し上がり下さいませ」
「すいません、頂きます」
 目の前に置かれている紙コップを手に取り一口飲み込む。さっきの話、どう考えても嘘だよな……。
 それは今からほんの少し前のこと、校内の案内を終えたところでそのまま一緒に保健室(準備が整うまでここが部室となった)に向かうと、まるで俺たちのことを待ちかまえていたかのように廊下に立っていた優風先輩が目元をこれでもかってぐらい吊り上げ、それはそれはもううれし涙が次から次へと溢れるぐらい温かく出迎えてくれた。走る。とにかく走る。廊下はもちろんのこと、校門へと続く並木道も全力疾走で駆け抜け、校門の抜けたところで止まっていた大きなワンボックス車へと押し込まれる。数分後、遅れてやって来た麻子先輩とちかぽんを乗せたと同時にタイヤからゴムが焦げた匂いのする白煙とキュキュキュッという大きな悲鳴を鳴り響かせながらものすごい勢いで走り出した。あまりの加速に体がシートへと押しつけられる。こうなることが前もってわかっていたのか、麻子先輩はしっかりとシートを掴んでいたお陰で何事もなかったが、一緒に乗り込んできたちかぽんはというと……。豪快におでこを窓ガラスへと打ち付けていた。

『三上さん、あなたの魔力がどうしても必要なんです』

 それは走り出してからまもなく瑞原さんが真剣な表情で俺に訴えてきた言葉だった。
 魔力が必要? 俺が持っている魔力を? 何のために? いや、そもそもそれ以前の話として魔力って一体何のことだ? あまりにも不可解なことに頭を悩ましていると、優風先輩が『そうよね、まだ何も説明してなかったわよね』そう前置きしてからいろいろなことを教えてくれた。優風先輩が教えてくれたこと、信じる信じないはこの際無視するとして、まとめると次のような内容だった。
 俺を除いたここにいる全員はその……魔法使いなんだそうで、その能力を使って人間界へと迷い込んできてしまったがために凶暴化してしまった妖精を魔法を使って元の世界へ帰しているそうだ。
 魔法を唱えるためには魔力と呼ばれる媒体が必要不可欠なんだそうで、例えばということで優風先輩が実演してくれた風の力を使ってペンを持ち上げたりする(一瞬、手品かと勘違いしそうになったのだが、これはこれでれっきとした魔法なんだそうだ)、これは初級者レベルなのであまり魔力を消費しないそうなのだが、さっき話してくれた妖精を元の世界へと帰すぐらいのレベルになると大量の魔力が必要になるとのことだった。
 ここまでだと俺には何の接点もない話にしか思えなかったが続きがあった。魔力は魔法を使える使えないに関わらず、人間誰しも生まれたときから持ち合わせているものなんだそうだ。なので俺の体内にも魔力は存在しているらしいのだが問題はその量だった。普通の魔法使い(魔法使いの存在自身が普通ではないと思うのだが……)が保持できるキャパシティーを仮に1とすると俺の場合、少なく見積もったとしても軽くゼロが六つつくって言ってたから、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……ということは百万倍? とにかくそれぐらい膨大な量を保持しているとのことだった。でも、魔法が使えなければいくら魔力を持っていたところで“猫に小判”なのだが、何でも別の利用方法があるそうで。希なケース(確率としてとあるゲームに登場する銀色をしたゲル状のモンスターを百回連続で倒したときと同程度なんだそうだ)として、魔力の波長がシンクロする人同士なら魔力の受け渡しができるんだそうで、なんでも俺と瑞原さんがその関係にあるらしい。

「……えっと、エイプリルフールは半年も前のことなんですけど……」
「あのね、こんなこと冗談で言えるわけないでしょう? 信じられないかもしれないけれど、頭からしっぽの先まで本当のことよ」
「そもそもそんなおとぎ話みたいなの信じろって言う方が無理ですよ」
「だったらこれはどう説明するつもり?」
 優風先輩は口調とは裏腹に足元に置いてある機械を壊すような勢いでガンガンと蹴飛ばした。まあ、いくら蹴飛ばしたところで壊れるようなことはないんだけどね。なにせ既に壊れているんだから。
「でも、それだけじゃ何の証拠にもならないじゃないですか」
 そもそもその機械は体中にある魔力を計測するためのものらしいのだが、俺の中にある魔力を計測しようと計測ボタンを押したと同時にボンッという大きな音と共にモクモクと黒煙を上げ壊れてしまった。
「……わかった。そこまで言うんだったら納得のいく説明をしてあげる。典子、確か予備としてもう一台あったわよね?」
「なな、ないよ。予備なんて持ってきてないもん」
「嘘おっしゃい! 絶対、持ってきてあるはずよ。いいからさっさと何処にしまってあるのか白状なさい!」
「……やだもん。そよかったらまた壊しちゃうもん」
「優風様、のりちゃんのことですからきっとこのあたりに……ほら、ありましたわ」
 麻子先輩はそばに置いてあったお菓子がたくさん入っていた段ボール箱の中から同型の機械を見つけ出すと、そのまま優風先輩に渡した。
「ありがとね、麻子」
「いえいえ、どういたしまして」
「まこぉぉぉお、それを作るの結構大変なの知ってるくせにぃぃぃ〜〜〜っ。それに部品代だって結構馬鹿にならないんだよぉ」
「大丈夫ですわ。のりちゃんでしたらこの程度のものでしたらすぐ作れちゃいますからね♪ それに部品代に関しては優風様がちゃんと面倒みてくれますから」
 だから何にも問題ないですわ、麻子先輩の笑顔はそう物語っていた。
「それに吉田屋のウルトラスーパージャンボシュークリームも付ける、どう?」
「ほんと! ほんとにほんとっ!」
「典子、私が嘘なんかついたことないでしょう?」
「いやったぁーーー!」
 典子先輩はそれはもう嬉しそうに両手を上げ喜びを表していた。どうでもいいけどハンドルから手だけは離さないでほしいんですけど……。
「さてと話を戻すわ。七海、手を出して」
「え? わたし、ですか?」
「そうよ」
「あ、はい……」
 優風先輩は差し出された七海の右手にさっきと同じように手際よく吸盤を貼り付けていく。
「みやっち、よく見ておきなさい」
 そう言いながらスイッチを入れる。今回はいきなり壊れるようなことはなくパネルに表示されていた数値がゆっくりとカウントし始めた。数値が動かなくなったところで、
「……105、ですね」
「これが今、七海が持っている魔力の総量よ」
「はあ。でも、これが納得のいく説明になるとは思いませんけど……」
「そうね、でもこれだったら十分納得してもらえると思うけど。七海、左手を手の平が上になるようにテーブルの上に置いて頂戴」
「こう、ですか?」
 七海は言われた通りテーブルの上に手を差し出した。
「みやっち、ちょっと手を貸して」
「手、ですか?」
「そう」
 とりあえず言われた通り手を差し出す。すると優風先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、いきなり俺の手を掴みそのままテーブルに叩きつけるような勢いで振り下ろした。しかも振り下ろされた先には七海の手があった。俺の手が七海の手に触れる。
「ちょちょちょ、ちょっと優風先輩っ! いきなりなんてこと……え!」
 思わず驚きの声を上げる。それまでピタリと止まっていたはずのカウンタの数値が再びカウントし始めたのだ。数値が300を超したあたりで優風先輩は俺の手を掴んでいた力を緩める。慌てて手を引っ込めると同時にカウンタがピタリと止まった。
「優風先輩、これは一体……」
「簡単なことよ。みやっちの魔力が七海へと移ったのよ」
「ま、魔力が……移った?」
 優風先輩は自信ありげに頷くと、
「そっ。七海ったらかなり高度な魔法を使えるんだけどちょっとした問題があってね。魔力って体力なんかと一緒で休憩や睡眠をとれば回復するんだけど、この子の場合、ちょっと特殊でねー、あまり魔力を作り出せないのよ。だから今までは不足分を麻子や典子から補っていたんだけど、あんまし相性が良くなくってねー、連戦が続いたときなんてどうやって魔力をかき集めるか、それを考えるだけで頭が痛かったわ。で、そんなとき七海があんたに出会った。ものすごく相性が良くて、しかも原発数基分の魔力を持ったあんたにね」
「もう少しましなたとえはないんですか?」
「細かいこと気にしないの。あ、そうそう思い出した。ねえみやっち、どうだった? 気持ちよかった?」
 優風先輩は興味津々といった感じで体を乗り出しながら尋ねてきた。
「は? 何がですか?」
「七海ったら、あんまし詳しく話さないのよねー。それでさ、実際のところはどうだったの? 勢い余ってお互いの歯と歯がぶつかちゃったとか、ただ単に重ねるだけだったとか、それともそんなの通り越して舌と舌を絡め合うような濃厚なのだったとか」
「ちょっと優風さん、こんなときになんて話を持ち出すんですかっ!」
 勢いよく優風先輩へと詰め寄る瑞原さん。
「いいじゃない、別に減るもんじゃないんだしさ」
「わたくしも是非お聞きしたいですわ♪」
「あの……何の話ですか?」
 まるっきし話が見えなかったので優風先輩に尋ねてみる。
「決まってるじゃない、キスよ、キ・ス♪ したんでしょう? 十日前、満月の明かりに照らされながら七海と」
 誰にも話したことなんてないのにどうして優風先輩がそのことを知ってるんだ? しかも相手が瑞原さんだったって……へ? 瑞原さん? 何でそこで瑞原さんの名前が出てくるんだ? 確かに瑞原さんによく似ていた子だったけど、瑞原さん本人ではないはず。だってその証拠に瞳の色が違ってたし……。まさかそんなことはないと思いつつも瑞原さんへと尋ねた。
「もしかして、そ、その……瑞原さんだったの?」
 恥ずかしそうに顔を赤く染めながら瑞原さんは小さく頷いた。
「う、ウソ。そんな、だって瞳の色が……」
「こ、これで、いいですか?」
 みるみるうちに瑞原さんの瞳の色が変化していった。そう、透きとおった青からルビーのような深紅へと。瑞原さんはおもむろに眼鏡を外しながら『魔法を使おうとすると色が変わるんです』そう教えてくれた。
「七海、本当にいいの? この程度のこと気が付かないような朴念仁みたいなやつで。きっと将来苦労するわよ」
「でもでも、わたしにとって三上さんはその……」
「はいはい、わかってるわよ。『特別な人なんです』そう言いたいんでしょう? まあ、七海がそれでもいいって言うんだったら、私は別に構わないけどね。という訳で、みやっち、いい子だからちょっとの間大人しく七海にキスされて」
「ななな、何てこと言うんですかっ!」
「嬉しい? 嬉しいでしょ、ねっ、ねっ」
 そりゃ嬉しいに決まって……じゃねえだろうがっ。恋人同士ならともかくまだ俺と瑞原さんはそういう関係では……って、何考えてるんだ俺は。どう考えたって釣り合うわけないじゃないか。それにそんなこと言われたら瑞原さんだって困るに……って、あのー、瑞原さんというか麻子先輩もなんだけど、二人揃って何やってるんですか? テーブルの上いっぱいに広げられているものからして、どう考えても麻子先輩が瑞原さんの化粧をしているようにしか見えないんですけど……。そもそも瑞原さん、化粧なんかしなくたって十分すぎるぐらいかわいい……じゃなくて、何を呑気に化粧なんかして……でもないか。よく見ると瑞原さんも困惑しているみたいだし。
「三上様、ルージュは何色がよろしいですか?」
「はい?」
 突然、声を掛けられた俺は間の抜けた返事をした。
「わたくしの個人的な意見ですが、七海ちゃんでしたらやはりピンク系が似合うかと思いますのでこちらをお勧めしたいのですがいかがでしょうか?」
 そう言いながら麻子先輩はフタを外した口紅を差しだしてきた。
「あ、きれいな色ですね。確かに瑞原さんに似合いそう……じゃなくって、一体何してるんですか」
「見ての通りお化粧ですが……何か問題ありましたでしょうか?」
 はい、とっても問題大アリです。
「女の子ですもの、やはり気になるものですわ♪ ましてや……」
「麻子さぁ〜ん」
 瑞原さんの困り果てた声に麻子先輩は嬉しそうに微笑みながら、
「うふふ、そういえばまだでしたよね。わたくしとしたことがごめんなさいね」
「仕方ない。七海、貸しだからね」
 すると優風先輩は小さな声で何か呟き始めた。日本語でも英語でもない、今まで聞いたこともないような言葉だったから、一体何を言っているのかよくわからなかった。けれども、まるでその声に反応するかのようにまっすぐに伸ばした右手の人差し指がだんだんと青白く光っていった。
「なな、何ですかそれはっ!」
「うふふ……いい夢、見られますように」
「そ、優風せん……ぱ……い…………」
 指先がおでこへ触れたと同時にそのまま意識を失っていった。

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