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まじっく・magic 作者:ちびとら

最終回   舞い降りる天使


「おにいちゃん、あれだよあれ!」
 言われたとおりその方角に目を向ける。するとそこには一機の大型旅客機の姿があった。
「あれか」
「そうそう」
 ほうきの先端にちょこんと座っている黒猫に扮したミリィから返事が返ってくる。そうなのだ、ミリィはこのあいだ七海が助けた妖精の一人で、七海の悲しそうな姿にいてもたってもいられなくなって再びこっちの世界へとやってきたそうだ。間に合わないと知って落ち込んでいた最中、突然現れたときは一体何事が起きたのか状況を飲み込めなかったのだが(ましてや猫が流暢に言葉を話し出すもんだから二度ビックリ)、今はこうして手伝ってくれるまさに“猫の手も借りたい”というときに現れた“猫の手”だった。(使い方としてはかなり間違っている気もするが気にしないことにする)
「おにいちゃん、急がないと。離陸されちゃったらいくらなんでも追いつけなくなっちゃうよ」
「わかってるって。えっと、方向転換するときは確かこうだった……うわあぁぁぁーーーっ!」
「キャァァァーーーーーッ!」
 ミリィにレクチャーされた通りほうきを操ろうと力を加えた途端、まるで遊園地にあるコーヒーカップのようにグルグルと回り出す。ここで手を離したら間違いなくポーンと遙か彼方まで吹き飛ばされてしまうわけで。そしたら命の保証なんてないから必死になって捕まっているしか手がなく、回転が収まったときには滑走路はおろか空港施設もかなりオーバーしたところだった。それにしても、もう目は回るか、頭はくらくらするわ、もどしそうになるわ(昼飯を食べていなかったのが不幸中の幸いだった)で、とにかくはっきり言って無茶苦茶気持ちが悪かった。
「もうっ、おにいちゃん!」
「は、はい……」
 ほうきにぶらぶらとぶら下がっていたミリィが定位置に戻った(とはいっても顔の向きはさっきまでとは逆なのだが)ところで、上体をすうーっと起こし後ろ足だけで立つような形になると、前足を腰(?)に当て、猫みたいに目をキーッと吊り上げ……って、元々猫じゃんか。とにかくものすごい形相で俺を睨みつけていた。
「ちょっと私を殺す気?」
「いや、そんなつもりはないんだけど……」
 ミリィは腕……というか前足を組みながら、
「もう魔力の入れ過ぎ。魔法のほうきってとってもデリケートな乗り物なんだからもっと慎重に扱わないとダメだって言ったでしょう。それでも魔法使い?」
「さっきなったばかり」
「おにいちゃん!」
「……ごめんなさい」
 ミリィの強い口調に素直に頭を下げる。そうなのだ、ミリィとその仲間たちのお陰で俺は魔法が使えるようなった。ミリィの話によると元々魔法使いとしての素質があったらしいだが、何かが足かせとなって使えないようになっていたそうだ。
「おにいちゃんだけじゃないんだから……。わたしたちだってあんなおねえちゃんの姿、見ていられないんだから……」
「ごめんな、俺がもう少ししっかりしていれば、おまえやおまえの仲間たちにこんな無理をさせずに済んだのにな」
「ううん、おねえちゃんのためだもん。これぐらいへっちゃらだよ」
「そっか」
 ほんとはこっちの世界にいるだけでも辛いはずなのに強がっちゃって……。
「ミリィ、振り落とされないようにしっかり掴まってろよ」
「うんっ」
 七海を乗せた飛行機はまもなく誘導路を脱け、滑走路にその姿を移そうとしていた。残された時間はあとわずか。いや、もしかしたらもっと短いかもしれない。
「七海ぃぃぃーーーっ!」
 声を張り上げると同時にほうきに力を込め飛行機を追いかける。もちろんそう簡単に返事が返ってこないことはわかってる。さっきちかぽんから七海が一切念話を受け付けないようにしていると聞いていたから。それならそれでこっちにだって考えがある。

『想いという魔法が強ければ強いほど相手のコ・コ・ロを大きく動かすことができるの』

 そう、想いが強ければ強いほど相手のコ・コ・ロを動かすことができる。だからありったけの想いを言葉という器にギュッと押し込み七海へと伝える。
「七海ぃぃぃーーーっ!」
 やはり返事はない。もちろん一度や二度で返事が返ってくるなんて思ってない。間髪入れずに声を掛ける。
「お願いだから俺の話を聞いてくれぇぇぇーーーっ!」
 届くから……。
「七海ぃぃぃーーーっ!」
「返事をしてくれぇぇぇーーーっ!」
 きっと届くから。諦めさえしなければ届くから。この想い、きっときっと七海に届くから……。

『……………ですか』
 何度口にしたかなんてもう覚えていない。せっかく詰めた距離が離陸体勢へと移った飛行機の加速によってじわりじわりと離れだしたときのこと、声が聞こえてきた。
『………どうして、なんですか』
 震えるような小さな声。声の主は七海だった。
「何が」
 もちろん七海が何を言いたいのかはわかっている。敢えて俺は尋ねる。
『どうして……どうしてなんですか? どうしてわたしなんかに構うんですか? 優風さんや知佳さんにわたしを引き留めるよう頼まれたからですか?』
「確かに頼まれた」
『だったらもう放っておいて下さい。理由は…ひっく…ちゃんとご説明したはずです』
「けど、それだけじゃない。好きだから、七海のことが。大好きだから、七海のことを誰よりも愛してるから……」
『何言ってるんですかっ! わたし……わたしは司さんに取り返しのつかないことをしたんですよ。なのにどうして……どうしてそんなこと言うんですか』
 俺は自信を持って応える。
「言っただろう、好きだからって」
『わたしだって司さんのことが好きです、大好きです。でも、わたしにはそんなことを言ってもらえる資格なんかないんです』
「それじゃあ俺も七海のことを好きだっていう資格ないな」
『……え?』
 思いもよらなかったのだろう。七海からは困惑した声が返ってきた。
「七海から大切なものを奪ってしまったから。魔法使いにとって必要不可欠である魔力をすべて奪い取ってしまった」
『それは違います。あれはわたしが勝手にやったことであって、司さんが……』
「俺だってそうだ。七海を助けたい一心でやったまでのこと。だから七海が気にすることなんてないんだよ」
『……理由を教えてください』
「たぶん七海と一緒だよ。好きだったから、あのときにはもう七海のことが好きだったから」
『司さん……』
「だから七海、これからもずっとずっと俺の側に……うわっ!!!」
 ほうきからボンッという鈍い音がした。こうなることは予想はしていたけれどまさか最悪の展開に進むなんて……。ついに魔法のほうきの限界がきてしまった。途端、コントロールを失いバランスを大きく崩した体勢をどうにか立て直したときには、飛行機は夜空へとけ込み翼端灯の光だけがチカリチカリと点滅していた。
「くそおっ!」
 やり場のない怒りを握りしめた拳に変え両膝へと向ける。反動でグラグラと揺れるほうき。まだ伝えていないのに……。全部、伝えきれてないのに……。優風先輩に麻子先輩、典子先輩、ちかぽん、ミリィ、そして妖精のみんな。せっかくみんながここまで協力してくれたっていうのに……。改めて自分の非力さを思い知らされる。そんなときだった。ミリィが俺の膝をぽんぽんと叩きながら、
「おにいちゃんおにいちゃん、見て見てあれ!」
 慌てふためく様子に何事かと思い、ミリィが指さす方に目を向ける。真っ暗な空にぽつんと小さく空いた白い空間。
「……雪?」
 そんなことはありえない、頭ではわかっていても思わず勘違いしてしまう。それはまるで風と戯れるかのようにふわりふわりと夜空に舞っていた。上手く言葉で表すことができない、吸い寄せられるような、引き寄せられるような、そんな感覚だった。ゆっくりとそれに向けほうきを操る。ある程度近づいたところでその正体がなんなのかに気づく。
「……羽?」
 そう、それは真っ白な羽だった。長さは手のひらぐらいで、気持ちちょっとだけカールがかかったような感じで、根元から先端までまるで絹でできているかのような光沢感のあるきれいなものだった。なんでそんなものがこうして……。夜に飛ぶのはてっきりフクロウぐらいかと。でもフクロウの羽って、もっとこうモコモコしていて茶色っぽくなかったっけ? そういやつい最近見た映画に真っ白なフクロウが出ていたから色に関しては別に間違いではないのか。それにモコモコしているのは体の羽であって、翼にある羽はこんな感じなのかもしれない。届く範囲に落ちてきたところで羽に向かって手を伸ばす。羽が手のひらに触れる。次の瞬間、信じられない光景が起きた。その羽はまるでろうでできていたかのようにゆっくりと溶け出しそのまま体の中へと溶け込んだ。
(こ、これはっ!)
 慌てて空を見上げる。上空には無数の羽が舞っていた。そんな中、その中心となるところには見覚えのある姿が……。忘れるはずない。どんなことがあっても決して忘れることなんてない。そこにはあのとき以上に美しく光り輝く双翼の翼を携えた天使がいた。天使は目元から大粒の涙をぽろぽろと流し、これでもかってぐらい嬉しそうな満面の笑みを浮かべこちらを見ている。俺は両手をめいいっぱい広げ、舞い降りてきた天使をぎゅっと抱きしめる。
「七海、おかえり」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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