■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

まじっく・magic 作者:ちびとら

第15回   好きだから……


 よく“風とひとつになれる”とか“風を切って走る爽快感がたまらない”とか“やっぱツーリングは春か秋に限るよなあ”なんて聞いたことがあったからてっきりそうだと思っていたのに……。現実はそうではなかった。
 とにかく寒い。とことん寒い。すっげー寒い。向かい風が容赦なく体に突き刺さり体温を奪っていくし、指先なんか手袋してないからほとんど感覚なくなってきてるし、鼻水は出てくるし、目は乾くし、ケツは痛いし、足の踏み場もないから太ももでしっかり押さえ込んでないと落ちちゃうかもしれないし、それに無茶苦茶怖くて下なんか絶対見られないし……。
『こらっ、速度が落ちてきてるわよ。意識を集中なさいっ!』
「は、はい」
 優風先輩にけしかけられた俺は再び指先に力を込め意識を集中させる。
『せっかく最新式のを貸してあげたんだから、遠慮なんかしないでもっとスピード出しなさいよ』
 そりゃあ優風先輩たちにとっては定番の乗り物かもしれないけれど、俺にとっては初めてだし、こんな状況下意識を集中させるだけでも困難だった。
(でまさか本当にこんなのがあるなんてな)
 てっきり小説とかマンガだけの話だと思っていたのに、今、俺が乗っているのは魔法使いといったらこれしかない定番中の定番の乗り物であった。太さが3、4センチぐらいで長さがおよそ1メートル2,30センチってところだろうか、枝を丁寧に切り落とした無垢の木の先端には適度な堅さのたくさんの枯れ枝が麻の紐でしっかりとくくりつけられていた。そう、どこからどう見てもただのほうき(というか今時こんな古めかしいほうきを使ってるのなんて学校とか神社とかだけではないだろうが)にしか見えないのだが、いわゆるその……“空飛ぶ魔法のほうき”であった。そもそも魔法の使えない俺がこれに乗れるなんて思いもしなかったのだが、最新式だけあって、確かジャイロセンサー……だったかな? とにかくそれを搭載してあるため、突発的な風とかで姿勢を崩したとしても自動的にバランスを取ってくれるんだそうだ。しかも自動車で定番となりつつあるGPSも搭載してあるから、魔力さえ与えれば勝手に目的地まで連れて行ってくれるという至れり尽くせりの“ほうき”である。これで風対策が施されいたら言うことなしなのだが……。こんなことだったら断るんじゃなかったなー、と今更言ったところであとの祭りでしかなかった。
『だから着ていきなさいって言ったでしょう? それなのに断ったの、あんたなんだからね』
「……仰るとおりです、はい」
 しかも言葉にしなくても思っていることがすべて筒抜けになってるし……。まあこれはこれで仕方のないこと。だって本来魔法使いでない俺が念話、いわゆるテレパシーというやつを無理矢理使えるようにしてもらっているのだから。どうしてこんなことをしてもらったのかというと、両手がふさがっているこの状態では携帯なんか使えないからだ。ただし電波……じゃなかった、念話状況があまり良くないらしく、いつまで会話できるのかはわからないそうだ。
「でも、いくらなんでもあの格好はちょっと……」
『何言ってるの。魔法使いといったらあれしかないでしょうが。そんなの常識じゃない』
 だから何度も言うようですけど俺は魔法使いじゃないんですけど……。
『うん? なんか言った?』
「いいえ、何にも」
『そう? まあ、今度あの子に見せてもらうといいわ。すっごくかわいいわよ』
 七海の魔法使い姿か……。ちょっとだけ想像してみる。黒のとんがり帽子に黒いマントを羽織って、そんでもって横座りでほうきにちょこんと座って、風でマントとかスカートがひらひらと……結構いいかも。それは是非見てみたいものだ。
『ふーん、あんたってばそういう趣味あったんだ』
「はい? 趣味?」
 いきなり関係ない話をされて返事に困っていると、
『だって制服フェチなんでしょ?』
「ちちち、違います! そんなんじゃなくって、ただそのえっと……に、似合いそうだなって……」
『いいっていいって。男にとって制服ってロマンなんでしょ? それじゃあ無事に七海を連れ戻してきたら、ご褒美としてあの子のメイド服でもオーダーしてあげるわよ』
 七海のメイド服姿か……。頭に白いカチューシャを着け、黒っぽい色合いの袖が大きく膨らんだワンピース、胸元にはアクセントとなる真っ赤なリボン、そして上からフリルのたくさんついたエプロンドレスを身につけ、、背中には結んだ大きなリボンが……。それも是非是非見てみたいかも……ってそうじゃないだろっ。いかんいかん、なにせ麻子先輩のメイド姿に見慣れているせいか、ついつい七海にその姿を当てはめてしまったじゃないか。今そんなことをしたら……。
『うふふ、よーくわかったわ。それじゃあ麻子のベースにして、そうね、スカートの丈は短めにしてペチコートを重ねてスカートをふわっとさせるような感じでどうかしら? あ、もちろんフリルもサービスするわよ』
「……お願いします」
 プライド対誘惑の対決は誘惑の圧勝に終わった。
『任せなさいって。一人前のメイドに仕立てて上げるから安心なさい』
 あのー、別にそこまで頼んでないんですけど……。
『任せたわよ。今のあの子を説得させられるの、あんたしかいないんだからね』
「わかってます。必ず七海を連れて帰ります」
 一刻も早く七海の元へと向かうためにほうきを握っていた指先へと意識を集中させた。


「七海ぃぃぃーーー、聞こえてるなら返事をしてくれぇぇぇーーーっ!」
 『声の大きさに比例して念話が強くなるから』と聞いていた俺は、おもいっきり大きな声を張り上げ七海へと呼びかける。
「お願いだから聞こえてるなら返事をしてくれぇぇぇーーーっ!」
 続けざまにもう一度呼びかける。けれでも聞こえてくるのは耳から入ってくる風切り音だけで、さっきまで優風先輩と話していたときのような念話固有(なのかどうかは知らないが)である頭に直接話しかけるような声は一切聞こえてこなかった。
「七海ぃぃぃーーー、聞こえ……げほげほっ」
 思わず咳き込む。くっそー、喉が痛い。おそらく立て続けに大声を出していたせいだろう。だからといって『はいそうですか』なんて簡単にあきらめるわけにはいかない。優風先輩たちと約束したんだから、必ずつれて戻るって……。もちろんそんなのはただの口実というかついでにしか過ぎない。本当の理由、それは俺自身、七海と離れ離れになりたくなかったから……。

『わたし、司さんの側にいる資格なんてないんです』

 七海はちかぽんにそう告げると、必要最低限の荷物を持って空港へと向かったそうだ。何故ロスなのかというとそこには海外赴任をしている七海の両親が住んでいるからだと教えてくれた。ちかぽんが必死になって説得したものの最後まで首を縦に振ることはなかったそうだ。
「ったく、バカなんだから……」
 ほうきをぎゅっと握りしめる。どうしてあのとき女の子、ううん七海を助けようとしたのか、優風先輩に聞かれたときははっきりとした理由を答えることができなかった。でも、今ならはっきりと答えられる。

好きだったから七海のことが……
守りたかったから七海のことを……

 だからあのとき何の迷いもなく七海の元へと駆け出した。大切なもの、七海を失いたくなかったから。たとえ記憶は欠落していたとしても、体はしっかり覚えていたんだなあー。だからこのあいだも危険と知りつつも、何の躊躇もなく七海に魔力を届けに行ったんだ。
 なおさらこんな形で七海と離れ離れになんかなりたくない。失いたくないんだ七海を。ずっとずっと側にいてほしいんだ七海に。かっこわるくてもいい、不器用でもいい、気なんか利いてなくてもいい、この想いを七海へと伝えたい。そうすればきっと七海に……。

『想いという魔法が強ければ強いほど相手のコ・コ・ロを大きく動かすことができるの』

 あのときのちかぽんの言葉を思い出す。魔法の使えない俺でも使える唯一の魔法、その力で七海の心を動かすことができる、そう信じて……。
『………………ちゃん』
『………じ………よおぉ………』
(うん? 何だ?)
『………おね………へ………を………して………』
 何か変なのが聞こえてくる。しかもそれは鼓膜を通して入ってくるようなものではなく、直接、働きかけられるようなものだった。この独特の感覚、身に覚えがある。しかもつい最近のことだったような……。
『………ちゃん……事を……てよおぉぉぉ〜〜〜』
 再び聞こえてくる。さっきまでのを仮にかなりチューニングのずれたラジオだとすると、今回のは多少は聞き取れるようになってきたかな、ぐらいのレベルだった。それにしても言葉はものすごく慌てているような感じなのに口調はそれに反比例して間の抜けたような……。あれ? このほんわかとした口調、どこかで聞き覚えあるような気が……。うーん、どこだったっけ? こんな脱力感たっぷりの声なんてそうそうお目にかかれるようなものではないはずなんだけどなー。こんなのちかぽんぐらししか……って、あれ? ちかぽん? そういやなんとなくちかぽんに似ているような気が……。
『みーちゃぁぁぁ〜〜〜ん………いだらあぁ………返事を………よおぉぉぉ〜〜〜』
 みーちゃん? そういやちかぽんが俺のことを呼ぶときにそう呼んでいた……って、もしかしてこれってちかぽんからの念話なのでは?
「ちかぽん? ちかぽんなのか?」
『みーちゃん? ほんとにほんとにみーちゃんなの?』
「ああ」
『よ、よかったあぁぁぁ〜〜〜。やっと繋がった……けほけほっ』
 これでもかってぐらい安心した感じの声に続いて、急に咳き込みだしたちかぽん。そういやいつもに比べて声がガラガラとかすれているような感じがする。
「その声、もしかして風邪でも引いたのか?」
『ううん、たぶんおっきな声を出していたせいだから気にしないで』
 念話はちょっと苦手だから声にしないと上手く相手に伝わらないんだ、と恥ずかしそうな口調で言うちかぽん。その直後、鼓膜じゃなかった脳みそがぐらんぐらんと揺すられるようなぐらい大きな声で、
『って、それどころじゃないよおぉぉぉーーーっ、飛行機が飛行機がぁぁぁーーーっ!』
 飛行機? 何をそこまで驚く必要あるんだ? だってちかぽんは今、空港にいるんだから飛行機がいるのはあたりまえじゃないか。もしかして空港に来たのが生まれて初めてとか。
「おいおい、いくら空港が初めてだからって、そこまではしゃがなくてもいいじゃないか」
『何言ってるのよお、七海ちゃんを乗せた飛行機が動き出しちゃったんだよぉぉぉーーーっ!』
「そりゃあ時間になれば動き出すだろ……って、なんだって!」
 飛行機が動き出したって。くそっ、こっちはまだ空港なんてちっとも見えてないっていうのに。あとどれぐらい時間が掛かるか(何でもこの“空飛ぶほうき”に搭載されている発信器によってリアルタイムで現在地が割り出せるとのことだった)優風先輩に聞こうと思ってもとっくに念話は届かなくなってるし……あ、他にいい手があるじゃないか。
「ちかぽんちかぽん、優風先輩に連絡とれるか?」
『え、あ、うん。携帯を使えばとれると思うけど……それがどうかしたの?』
「だったらあと何分で俺が空港までたどり着けるか聞いてくれないか」
『……え?』
 思いっきり素っ頓狂な声を上げるちかぽん。でも今はそんなことを気にしている場合なんかじゃない。
「いいから早く!」
『う、うん、わかった』
 その後、ちかぽんから返ってきた答えは受け入れがたいものだった……。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections