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まじっく・magic 作者:ちびとら

第14回   魔力を作り出せない理由


 放課後を迎えたところで、俺は再び保健室へと足を踏み入れた。
(まだ戻ってきてないのか……)
 いつもならドアを開けたと同時に『あっ、みーちゃん、いっらしゃぁ〜い』と間の抜けた声が聞こえてくるはずなのに今回はそれがなかった。確認しようと普段ちかぽんが使っている机の上にに目を向ける。そこには『ちょっと席を外してます。救急箱を使った人はちゃんと用紙に記入してくださいね。あと、どーしても薬品棚にあるお薬を使いたいときは理事長先生に許可をもらってね』と書かれたメモが残っていた。
(七海、大丈夫かな)
 ちかぽんが戻っていたら七海の様子を聞こうと思っていたのに……。ちかぽんは七海を送りに行ってからまだ戻ってきていなかった。
「七海……」
 いつの間にか俺はベッドへ歩み寄っていた。軽くベッドに触れてみる。きれいに整えられたベッドにはもちろん七海の姿はなかった。

『……せいだ……わたしの……せいだ……。司さんの視力がなくなちゃったの、わたしのせいだ……』

 授業なんかそっちのけで必死になって考えても七海がどうしてあんなことを言ったのか答えが出ることはなかった。
「くそっ!」
 怒りにまかせ、左の拳でベッドの手すりを叩きつける。
「こーら、そうやってものに当たるんじゃないわよ」
「あ、優風先輩……」
 振り返るとドアのすぐ側に優風先輩が立っていた。本当なら授業が終わったら……いや、あのままちかぽんと一緒に七海を送り届けそのまま側にいたかったのにそれを阻止したのは目の前にいる優風先輩だった。
「話って何ですか? さっきも言ったと思いますけど一刻も早く七海の元へ……」
「いいからそこに座りなさい」
「は、はい……」
 口調はものすごく落ち着いたものだった。けれどもその威圧感たっぷりの眼差しを目の当たりにした俺はとても反論なんかできなかった。言葉に従い優風先輩の指さす先、ベッドに腰を掛ける。その間に優風先輩はちかぽんが使っている椅子をカラカラとすぐ側まで引っ張ってくるとそこに腰を掛ける。
「はいこれ」
 優風先輩は手に持っていたコンビニ袋を差し出してきた。
「何ですかこれ?」
「パンと飲み物。名緒ちゃんから聞いたわよ、お昼食べてないんだって」
 袋を開けると中には菓子パンが二つとパックのコーヒー牛乳が入っていた。
「で、でも……」
 あまり食欲がないからと断ろうとしたところ、
「いいから食べなさい。気持ちはわからない訳ではないけど、こういうときこそちゃんと食べないとダメでしょうが」
「……はい」
 中からパンを取り出し包装用の袋を開けそのままかぶりつく。優風先輩は俺が食べ始めたのを確認してから、
「司、そのままでいいから話を聞いて頂戴」
「話、ですか?」
 コーヒー牛乳で口の中にあったものを流し込んでから返事をする。
「そっ、あの子が……七海がまだ小さかった頃の話」
「お願いします」
 それから俺は優風先輩の話へ耳を傾けた。

「……という訳。だからこのあいだが初めてって訳じゃないの」
「今の話、本当なんですか?」
「ええ」
 優風先輩の話にただただ驚いてしまう。そんなドラマみたいなことがまさか自分の身に起きていたなんて……。とてもじゃないけど『はいそうですか』と信じられるようなものではなかった。
「本当に本当なんですか?」
「あんたもしつこいわね、そう言ってるでしょうが」
 諭すような口調で告げる優風先輩。そんなこと言われても……。子供の頃にもう七海と会っていたなんて言われても……。
(あ、そういえば)
 記憶が確かなら、七海と初めて会ったあの夜のこと、七海は『……司ちゃん、次にお会いするときはゆっくりとお話ししましょうね』と言っていた。それに次に会った保健室でも『つつ、司……ちゃん? ど、どうしてここに……』と言っていた。そうだよ、自己紹介したのはその後のことなのに七海は迷うことなく俺の名前を呼んだ。だとすると優風先輩が言ってることは本当、なのか? 本当に、本当に、七海と会っていたのか? そんな自問自答を繰り返していると、優風先輩は申し訳なさそうな視線を向けながら、
「二人には悪いんだけど本音を言うとね、私……あなたたち二人を会わせたくなかったの」
「……え」
 一体どういうことだ? 俺と七海を会わせたくなかったなんて……。あまりの予想外のことにゴクリと唾を飲み込む。
「巻き込みたくなかったから、この非現実的な世界へ……。うふふ、もしかしたらどこかで期待してたのかもしれないわね。例え出会ってしまったとしても、司……あなたがこちらの世界と関わりをも持たずに済むことをね。けれども現実はそうはいかなかった。皮肉なものよね、あのときあなたの命を救ったものが今となってあなたを苦しめることになるなんてね」
「命を救ったもの?」
「ねえ司、何故七海が魔力を作りだせないか、その理由、話してなかったわよね?」
「そういえばそうですね」
 以前、優風先輩から七海が魔力を作り出せないことは聞いていたが、その理由までは聞かされていなかった。
「私たち魔法使いはね、精神を集中させることによって生み出された精神エネルギーを魔力に変換させ、それを使って魔法を唱えているの。車なんかと一緒よね、燃料となるガソリンを燃焼させることによって動力を生み出し車体を移動させる。簡単言えば、Aというものに何らかの外的要因を与えることによって別のBというものに生まれ変わらせるの。だから、ガソリンがなくなれば車を動かすことなんてできないし、魔力がなくなれば魔法を唱えることもできない。でもね、あの子は違った。魔力を生成する元となる精神エネルギーがなくても魔力を作り出すことができた」
「えっと、要はソーラーカーみたいなものですか?」
 優風先輩は否定するかのように頭を左右に振った。
「ソーラーカーだって燃料として太陽光を使っているでしょう? そうじゃなくってあの子は本当に何もないゼロの状態から魔力を生み出すことができたの。でもね、あの事故を境に魔力を作り出せなくなった。理由は簡単、あの子の中にあった魔力を生成していたシステムを切り離したから」
「システムを切り離した?」
 システムといっても目に見えるようなものではないし、私もどういうものなのかと聞かれたらうまく説明できないんだけどね、と付け加える。
「大人でさえ目を背けたくなるぐらいの光景だった。まだ子供だったあの子にはそれはもう耐えられるものなんかではなかった。近づくことさえもできず、離れることさえもできず、ただただ呆然と立ちつくしていたあの子。まるでそこだけがキャンバスにでも描かれているかのような動きのない空間、唯一動いているのは時間だけ……。そんなとき、どこからともなくあの子を優しく呼びかける声が聞こえてきた。『七海、怪我はない?』って……。」
「ま、まさか……」
「そう、そのまさかよ。声の主はあんた。本当なら話しかけるどころか息をすることさえ困難なはずなのにそう言ったそうよ。その言葉が止まっていたあの子を動かす力となった。こぼれ落ちている涙を手で拭い、唱えたのは一つの魔法。切り離したシステムを組み替え男の子の体へと組み込むという前例のない……というかあの子にしかできない魔法だった」
「システムを組み替えた?」
「そ、いくら魔力をもらったところで魔法を扱うことのできないあんたにとって魔力なんて何の意味も持たない。そこであの子は例のシステムに治癒魔法を組み込み再構築した」
「治癒魔法?」
 優風先輩はそんなことも知らないの、といった感じの視線を向けながら、
「あのね、治癒魔法といったら傷を癒やすための魔法に決まってるじゃない。まったく、どーしてこんなメジャーなことを知らないのよ」
「いや、そんなこと言われても……」
 確かに優風先輩たちみたいな魔法使いにとってはそうかもしれないが、俺みたいな魔法の使えない人間にとっては未知のものでしかなかった。
「まあ、治癒魔法ってかなり高度な魔法だから扱える人も限られてはいるんだけどね。それに知佳ぐらいの上級者でも骨折したところをくっつけるのが限界だしね」
「え……ちかぽんが?」
 まさかちかぽんがそんな高度な魔法を使えるなんて……。普段のちかぽんを知っている手前、あまりのギャップに驚いてしまう。
「もちろん子供だったあの子にそこまで高度な呪文を唱えることなんかできなかった。唱えることができたのはちょっとした傷を治せる程度だった。しかも百回唱えたところで成功したのは一、二回ってところかしらね。それぐらい成功率が低かった。それに加え魔力の消費も激しくてね、普通の子だったら一日に一回、唱えられるかどうかってところだった。まあ、救いだったのは触媒となる魔力に困ることがなかったってところね。あんたの体の中に組み込まれたシステムは、何千、何万、何億……それはそれは数え切れないぐらい呪文を繰り返し少しでも負った傷を癒やそうとした。その甲斐あってかどうかはわからないけどね、あんたはかろうじて一命を取り留めた。そのあとはもう説明する必要ないわよね」
「だったらどうして七海はあんなことを、あんなことを言ったんですか?」

『……せいだ……わたしの……せいだ……。司さんの視力がなくなちゃったの、わたしのせいだ……』

 確かに俺が七海を助けようとしたのがすべての始まりだったのかもしれない。けれども最終的には七海にそこまでしてもらってどうにか助かったというのに……。優風先輩に尋ねたところで無駄なのは重々承知していた。けれども尋ねずにはいられなかった。
「さあね、私はあの子じゃないんだからそこまでは知らないわよ。それに関しては本人に直接確かめなさい」
「そうですね、そうします」
「さてと、知佳に連絡取って状況でも聞いてみましょうか」
 そういうと優風先輩はそっと目を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。あれ? 確かちかぽんに連絡取るとかどうとか言ってたはずなのに……。もしかして俺に連絡しろってことだったのか? でもちかぽんの携帯番号なんて知らないし……。ま、優風先輩に聞けばいっか。
「優風先輩、ちかぽんの……」
「今、連絡取ってるからちょっと黙ってなさい」
「え、あ、はい」
 連絡を取ってる? でも携帯なんか使っているようには見えないし、一体どうやって連絡を取ってるんだ? あ、もしかして髪でイヤホンが見えないだけとか。でも、声も出してないし……。そうこうしていると、
「もう、ちっとも連絡とれないじゃない。まさか一緒に寝てるんじゃないでしょうね」
 優風先輩はぶつくさと文句を言いながらポケットの中から携帯を取り出した。そしてディスプレイを覗き込んだところで首を傾げながら、
「着信あり? それにメールも?」
カチカチとボタン音をさせながら操作し始める。操作音がしないのは恐らくマナーモードに設定してあるからであろう。
「……飛行機? 18時20分発、ロス行き? ……って一体どういうことよっ!」
 優風先輩はものすごい勢いで立ち上がると隅っこにあったロッカーへと急いで駆け寄った。壊れんばかりにロッカーを勢いよく開け放ちながら、
「司、時間がないわ。屋上に行くわよ」
「はい?」
 時間がない? どうして? しかも何で屋上に? 状況がちっとも飲み込めない。
「あったあった……って、ちょっとまだいたの」
「優風先輩? 一体どうし……」
「とっとと屋上に向かいなさいって言ったでしょうがっ!」
「は、はいっ!」
 訳のわからないまま、背後から優風先輩にけしかけられながら屋上へ駆け上がった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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