お昼になったところで瑞原さんが用意してくれたお弁当(作ったのは瑞原さんでなく麻子先輩だった)を食べ、何故か今度瑞原さんがお弁当を作ってきてくれるという話(発端は『初めてのデートなんですからやっぱり自分の手で作りたかったです』なんて、まるで恋人同士みたいじゃないかと勘違いしそうになる台詞だった)がまとまったところで、瑞原さん一押しというアトラクションへ向かった。いざ、それを目の当たりにした瞬間、顔が引きつる。そういや名緒のやつもそうだったが、どうして女の子というのは結構こういった類の乗り物が好きなんだろうと改めて認識させられる。それは“a volcanic eruption”という名のジェットコースター系のアトラクションだった。個人的にはこういったものはちょっと苦手なのだが、これが男の悲しい性というものか『こんなの大したことないよ』とついつい見栄を張ってしまう。並び始めたところで瑞原さんはうきうき楽しげな口調で『でもでも、ほんとよかったです。男の人って結構こういったのって苦手っていうじゃないですか。もしも断られちゃったらどうしようかとずっと不安だったんです♪』なんて言われたら……『実はそうなんだ』なんて言えるわけもなく、それどころか逆に親指をグッと立て『こんな子供だましみたいなのだったら、何回だって付き合うよ』と強気の発言をしてしまう訳で……。 『……やっぱり言うんじゃなかった』と強く後悔したのは、中世の騎士が被っていた鉄仮面をモチーフしたの乗り物へ乗り込み、動き出してから十秒も経たないところでだった。
数分後、出口を出たところでそれはもう満足げな表情をした瑞原さんが、 「三上さん、すっごく楽しかったですよねっ♪ やっぱり最後の、ガガガガガァーーーって勢いよく上っていって、最後にすとーんと真っ逆さまに落ちるときのフワッと体が中に浮く感覚、いいですよねぇ〜〜〜っ♪」 そう熱く語っている傍ら、俺は、 『しょ、食後で……これは……ちょっと反則……だろう……が』 と心の中で呟いていると、 「苦手、だったんですね」 「……え」 俯いていた顔を上げると瑞原さんが表情を曇らせこちらを見ていた。 「いや、そんなことないって。ただその……」 「ごめんなさい。わたしったら自分のことしか考えずにそのその……本当にごめんなさい!」 「瑞原さんが謝ることなんてないよ。そもそも苦手だと言えなかった俺が悪い訳なんだし、それに……」 「それに?」 「瑞原さんが喜んでくれるんだったらそれぐらいいいかなってね」 「三上……ぐすっ……さん……」 瑞原さんは今にも泣き出しそうな表情をしていた。俺は明るい口調で瑞原さんに声を掛ける。 「そんな顔されたらせっかくのかわいい顔が台無しになっちゃうよ。やっぱり瑞原さんは笑っているときの方が全然かわいいんだからさ、ねっ」 「そんなこと言われたら、わたし……ひっく……わたし……」 てっきり『もう、からかわないで下さいよ』とか『そんなお世辞言ったって何にもでませんよ』と言いながら笑ってくれると思っていたのに………。それどころかまったくもって逆効果だった。 「だあああぁぁぁーーーっ!! そこは泣くところじゃなくて笑うところだってばっ!!!」 「ぐすぐすっ。でも……えぐえぐ……でも……」 「そりゃあさ、俺なんかと一緒じゃあ、ちっともおもしろくなんか……」 「そそそ、そんなことありませんっ! だってだって、わたしはあのときからずっとずっと三上さんのことが……ああっ!」 瑞原さんはこれでもかってぐらい目を大きく見開き、慌てて両手で口を塞いだ。 「えっ、あのとき……?」 「ななな、何でもないです、何でも。それよりも時間もったいないことですし、次行きましょう、ねっ、ねっ」 「ちょちょ、ちょっと瑞原さん?」 いつの間にか、背中へ回り込んでいた瑞原さんがグイグイと背中を押してきた。 「次はそうですね……あ、そうだっ! ねえ三上さん。今度は三上さんが行きたいところにしませんか?」 「俺の行きたいところ?」 「はいっ♪」 「別にこれといって……あ」 このあいだデートの約束をさせられた直後のことを思い出す。待っていたのは優風先輩率いる暗黒占い同好会(しつこいようだがあくまでも仮である)プロデュースによる『スペシャルレッスン』と呼ばれるものだった。 最初は典子先輩によるパークの概要と主要アトラクションの説明(スライドやビデオ、それに典子先輩お手製のCGまで駆使したものだった)から始まり、麻子先輩のお薦めデザート編(麻子先輩が本物を真似て作ったらしいのだが、写真で見たものがそっくりそのまんま出てきたときにはさすがに驚いた)に続き、最後は優風先輩によるデートの心得についてという内容だった。もちろんちかぽんの『迷子になったときには講座』はなかったものとする。そのとき併せて言われたこと、
『三時を回ったら“the Phantom Labyrinth”に絶対行くからね。いーい、覚えておきなさい』
左手に目を向け時間を確認する。時計の針は三時三十分を少し回ったところ示していた。 「三上さん、どうかしましたか?」 「あ、ううん、何でもないよ。ところでさ“the Phantom Labyrinth”って知ってる?」 「え……」 途端、背中を押していた力が跡形もなく消え去る。どうしたんだろうと後ろを振り返ると、瑞原さんは表情を凍りつかせ呆然と立ちつくしていた。踵を返し瑞原さんの側に近づき声を掛ける。 「瑞原さん?」 「……………」 返事がない。もう一度声を掛ける。 「ねえ瑞原さんってば」 「……………」 うーん、やっぱり返事がない。それになんかボーとしちゃってるみたいで焦点が合ってないような気がするんだけれど……。試しに手をちらつかせてみる。やっぱり反応がない。仕方ない、俺は両手を瑞原さんの両肩に添えると、軽く力を加え体を前後にゆさゆさと揺すり始めた。揺すり始めてからすぐ、まるで寝起きみたいにトロンとした視線を向けながら、 「え、あ、み、三上……さん」 「大丈夫?」 「えっと、その……ご、ごめんなさい! わたしったらついついボーっとしちゃったみたいで。“the Phantom Labyrinth”でしたよね? 確か来月中旬までメンテナンスの……」 ちょうどそのときだった。まるでタイミングを図ったかのようにうちの学園の制服を着た三人組の女の子が、 「ねえねえ、これには“the Phantom Labyrinth”はメンテナンスのため休止しますって書いてあるけど、本当にやってるのー?」 「大丈夫だって。なんてったってあの佐藤先輩から入手した情報なんだから、間違いないって」 「佐藤先輩って、もしかしてあの2−Bの佐藤名緒先輩のこと?」 「そうそう♪」 「そっかー、あの先輩の情報だったら間違いないよねー。それにしても今から楽しみだよねー」 「本日限定、しかも三時から閉園までの時間でしか味わえないスペシャルバージョンなんていったら、やっぱ乗ってみないとねー」 「そうそう、せっかく部活切り上げてきたんだから楽しまなくっちゃね」 過ぎ去っていく三人の後ろ姿を見つめながら、改めて名緒の情報収集能力の高さを思い知らされる。そういや、このあいだ典子先輩が説明してくれたときにはそんなアトラクションなかったような気がするんだけど……。それともただ単に俺が忘れてしまっただけなのではないのかなと、確認しようとポケットに差し込んでおいたガイドブックを取り出し、パラパラとページをめくり始めた。 えっと、なになに……『墓場より舞い戻りしレスター伯爵からのお言付けです。迷いの森の先にある我が館で催される晩餐会へ貴方達をご招待いたします。招待状はそう、貴方達の命です』と書かれていた。 やっぱり聞いたという記憶はないよな……。ま、おそらくお化けとか幽霊、もしくはゾンビなんかが出てくるようなアトラクションなんだろう。 「ねえ瑞原さ……」 「ひやぁっ!!!」 声を掛けた途端、見るからに驚きの声を上げる瑞原さん。 「どうしたの?」 「べべべ、別にわたしはですね、お化けなんかちっとも怖くなんかないですっ!」 やっぱりそうか……。 「あのさ、苦手だった……」 「そんなことないですっ! ぜっんぜん平気ですっ!!」 毅然とした態度でそう言い切る瑞原さん。けれども俺にはただ強がっているようにしか見えなかった。 「あのさ、別に無理する必要なんか……」 「別に無理なんかしてませんっ! わたしも行きたいと思っていましたから問題ないですっ!」 再び瑞原さんにグイグイと背中を押され(しかもさっきと比べものにならないぐらいものすごい力だった)ながら石畳の道を歩き出した。
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