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掃除屋【クリーナー】 作者:葉月 東

第4回   オアシスの花
ユリアの遺体は引き取られ、父親は事実を知らされたその場で泣き崩れました。

追悼の式の間、シェイドたちは主人のガードが固くなったのを確認して中庭に
行きます。
水の吹き出るライオンの口に、ユリアが最期に渡してくれた鍵を差し込むと、
石が擦れ合う鈍い音がして、地面のタイルが規則的に裂け、短い階段が現れて
きました。
降りると小さな地下倉庫のようになっていて、金色の少女が楽しそうに話していたコレクションが所狭しと飾ってありました。
その一番奥の机に一枚の紙と木箱が置いてあります。
紙は手紙で、ユリアの字で丁寧に書かれていました。

―ココにあるものは、なんでも使ってください。一通りのものはある筈です。
それから横の木箱は、私からのプレゼントです。色々探してみたけど、これがいいと
思いました。大切に使ってね。
最近私付きのメイドの言動がおかしいので、一応手紙を書いておきました。この手紙をリンさんたちが読むことのない事を願って…。    PS.リンさん友達になってくれてありがとう。とても楽しかったです。                                                      ユリア―

「なんだかねー・・・。」
シェイドは前髪を、くしゃりとかき上げながら、天を仰ぎました。
リンが横にあった木箱を開けると、黒く光る綺麗な小型の拳銃が入っていました。箱の中には予備の銃弾と、手入れセットも丁寧に入っています。
「初めて見る型だ…、特注か?」
シェイドが、手にとってまじまじと眺めました。
それから手早く弾装に弾を込めて、撃つ構えをしてみました。
なかなか軽くて、使いやすそうな一丁です。
その辺を漁ってよさそうなホルスターを見つけたので、自分のと重ねて付けて、手にある銃を収めます。
コルトに使える弾も幾つか貰いました。
「今夜あたり動くはずだ。即行で終わらせるぞ、掃除は手早く綺麗に…それがクリーナーの仕事だ。」
ユリアの秘密の部屋を後にして、二人はまた主人の警護に帰りました。

定時になって、仕事を終えるとセキュリティーの掛かった部屋で主人は静かに眠りにつきます。
部屋に帰って自分の鞄の中にあった黒い皮の、手の甲だけに被さる手袋を取り出して、しっかりとはめてから手首のところのベルトで止めます。
リンも同じものを装備しました。
静かな屋敷内には月明かりが差し込んでいます。
ユリアの部屋の窓にはめ込んであるステンドグラスが薄白く照らされて、まるで礼拝堂のようでした。
その生気の無くなった部屋は、とても神聖な空間のようにさえ感じられます。
シェイドは、照らされた窓の前に膝を着いて月にむかい、祈りを捧げました。
誰の為でもなく、ただ祈りました・・・。
リンも、横に立って月を見上げています。白い月は、二人を静かに照らしました。
―ピピピピッ。
突然、電子音が響きます。ユリア愛用の机の上には少女の仕掛けたセキュリティーの監視モニターがありました。
「行くぞ・・・、全部で20だ、半々で掃除。」
「わかった。全ての塵を処分してここで・・・。」
二人は、腕を斜めに当て合って、部屋を後にしました。

薄暗闇の中に狙撃用レーザーの赤い光が、舞う蝶のように動いています。
「目立ちすぎだよ?」
最期に聞こえたのはその一言だったでしょう。振り向いた瞬間目に映ったのは、ゴーグルを着けて自分に銃を向けた少年の姿。
破裂音が聞こえて、一瞬で視界は闇に帰します。
静寂の中に響いた破裂音は、5つの足音を呼び寄せました。
シェイドは、赤外線スコープ機能付きのゴーグルを着け直して、廊下の死角に身を潜めました。
廊下の左右から、5本の赤い線が交じり合います。
敵を探すように線は右往左往しました。
と、空気を微妙に震わせる音が5回連続で響き渡りました。
音が終わる前に、額に穴が開き頭蓋骨を粉砕し、脳が回転によってえぐられていって全ての神経機能が停止します。
白煙が、音の無い空間に火薬の匂いを撒き散らしました。そして、空薬莢を全て床にばらまいて新しい弾を弾装にリズムよく入れていきました。

―大きな月が窓から見えました。今まで見た中で一番綺麗じゃないかと思うほど
でした。
黒いライフルが光を反射して光を発しているように見えます。もう一度月を見納めて、仕事に戻ろう。―
窓をもう一度見上げると、自分の背後に無かったはずのものが月と一緒に移って
いました。
振り返る前にリンの爪は、背中の肉を抉り取りました。
震えのくる自分の足を見ながら、口の中が生温い液体でいっぱいになるのが分かって、意識が薄れていきます。がくりと膝をつくと同時に、頭に思い切り肘が振り下ろされ
ました。
まるで、テレビの電源を落としたように静かに、そして、まるで夢でも見ていたかのように時が交わらなくなりました。

―朝日がゆっくりと暖かな光の破片を散らし始めた頃、20の人形(ひとがた)も、飛び散った赤い液体も塊も、なにもかもが無かったかのように、いつもと変わらない朝が来ました。
少しも疲れた様子のないシェイドとリンだけが、昨夜と同じように、ユリアの部屋に
存在しました―。

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Novel Editor