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夢幻 作者:葉月 東

第7回   第二関門 青年期

―智樹は、正門で止まっていた。

不意に青年が口を開く。

「今んとこ、3勝2敗で俺が勝ってる。ついて来られるかな?」

からかう様に千影にそう言うと、察したように返した。

「残念ね。後々7勝5敗で私が勝つことになるのよ。」

得意げに未来の戦況を語る。

どうやら事あるごとに足の速さを競っているらしい。

「げ、あと5回も負けるのか俺。」

そう苦笑して、智樹は走り始める姿勢になる。

「道案内なんだから、抜かされないように頑張ってね。」

皮肉っぽく千影が言うと智樹は、オッケー。と軽く返した。

「じゃあ…。よーい、ドン!!」

智樹の合図と共に二人は、全速力で正門を抜け出した。

「えっ、速!待ってくださいよー!」

思わぬ二人の速さに、一足遅れてサウォンがスタートした。




幼い頃、よく遊んだ公園の中を横切っている。

青々と茂った広葉樹が目にやさしい。

夕日がどんどん傾いていくに連れて長く伸びた影は薄れ、それは闇となっていく。

あちらこちらから、ゴボゴボと水っぽい音が聞こえる。


― もう出てきたか。

内心チッ、と舌打ちしながらサウォンは前方の二人組を追いかける。

その音は千影にも聞こえていたらしく、走っている少女の顔は強張っていた。


止まる事無く公園を突っ切ると、道路から奥ばった所に建てられたコンビニへ

まっすぐ進路を決める。

「ここ抜けたら、雨降ってるから滑らないように気をつけろよー!」

次の時期は梅雨なのだろうか…。智樹の助言にそんなことが思い浮かんだ。

自動ドアが、客来店のブザーと共に開いたところを、すぐに抜ける。



― 店内に入った瞬間その音すら幻のように消え、繁華街に出た。

先程言われた通り、静かに細い雨が降っている。

別に寒いわけではない。むしろ心地いい程に感じる。

時期にして夏の初めあたりだろう。

そこは、繁華街にも関わらず時間が止まったように静寂が支配していた。

車はおろか、人一人居ない。

「もう、やられた後か。」

智樹はそう言って眉間にしわを寄せた。

その一言で千影も察す。― 奴等だ。

たった、あれだけの時間で地区1つ壊滅に至っていた。

「小ざっぱりさせやがって…。」

皮肉に笑いながら、智樹はまた足を休めることなく全速で進み始める。

そこらかしこから道路が液化したように泡を立て、黒いどろどろしたものが這い出

してきた。

垣間見たそれは、生き物らしく、赤い二つの瞳が獲物をさだめて光っていた。

三人を確認すると物凄い勢いで、這ってもしくは跳びかかるように、その闇は襲

ってくる。

「ちょ…三人対大勢、って反則じゃないの!?一対一でかかってきなさいよ!!」

その数に驚いた千影がそう叫ぶと、

一匹でも無理ですって…。とサウォンが付け加える。


「次、行くぞ!」


そう智樹の声が聞こえると同時、彼は開けた広場の中心に位置する巨大な円形

モニュメントの中に飛び込んだ。

千影も、まるでハードルを飛び越えるようなフォームでその中に飛び込んでゆく。

コンマ数秒遅れでサウォンも後を追った―。







― 雨は降り続いていた。

パタパタと、辺りを埋め尽くした雑草にあたって落ちる音が騒がしい。

見渡す限りの草原。風がないのが不思議に思える。

そして、3人の目の前には一件の荒廃した日本家屋があった。

崩れかけた家の扉は、捜し求めたそれに変化している。

やはり世界に馴染まないそれは、周りの荒れた雰囲気とは違った。

「結構場所飛んだから、此処までは追ってこないだろ。」

智樹はそう言いながら、既に汗なのか雨粒なのかわからなくなった額のそれを腕で

拭い、息を整える。

黒いスーツの大の大人は、場所を飛び越えた所でへたり込みゲホゲホとむせていた。



― 空色の扉の前に立つ、まだ少し幼さの抜けない青年に千影は歩み寄った。

「あと、もうちょっとだから。待っててね。」

言って横にとまり、千影はまっすぐに青年の瞳をみつめた。

「あぁ。絶対俺を見つけ出してくれよ。待ってるから…。」

少しはにかんで笑いながら、そう答える。

「したら、俺が絶対お前に勝つからな。一気に逆転してやるよ。」

照れくささを隠すように智樹は付け加えて、ぽたぽたと水が垂れる右の拳を前に

突き出した。

「せいぜい頑張りなさいよね。」

ふっ、とふきだしながら、千影もびしょ濡れの握った右手を差し出してこつんと、

青年の拳に当てた。

いつもやる『了解』の約束。

「ほら、スナちゃん行くわよ!」

智樹の影からひょいと覗くと、サウォンはあまり顔色のよろしくない表情でふらふらと

立ち上がった。

初仕事でこんなに走ると思っていなかったらしく相当ばてている。

「じゃあ…すぐにまた会いに行くから。」

そう残し、口元に微笑を浮かばせた少女は、扉へと走った。

それを追い、おぼつかない足どりでサウォンも続く。と、

「おっさん。……ちゃんと責任…取れよ。」

呼び止められて足を止めていた男は、聞き終わると、振り返らず返事の代わりに右手を

ひらひらとして答えた。

誰も見ることの無かったその表情は、雨のせいであろうか、

少し泣いているようにも見えた。


―本当に、最近の子供は怖い…


そう思いながら、情けないなあ、と呟いてサウォンも最後の時間へと続く扉を

くぐった―。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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