―ずっと、僕がいるよ。
その言葉に救われた。
小さな子供の気まぐれな発言だったとしてもそれは私を十分に満たす。
…ありがとう。
隣に居てくれる存在が欲しかっただけなのに。
誕生日だって、クリスマスだって、欲しいものは送られてこなかった。
いつも郵送で印鑑を押して受け取る箱の中身に私の望むものは無い。
どんなに幼稚な自分でも知っていた。
その日から、私はいるべき場所を見つけた。
存在を許される唯一の安全地帯。
彼がいれば、闇は闇ではなくなる。
やっと、見つけた…―。
「痛ったーい!」
「うぅ…、すみません。」
ドアを出た瞬間、目の前には、白いコンクリートの壁があった。
勿論、空中で止まることなど不可能。
そのまま勢いを殺さず激突を余儀なくされた。
サウォンはそのショックで、スーツの男に戻り、廊下に突っ伏している。
―廊下、か…。ぶつけた頭をさすりながら立ち上がると、そこは学校だということが
わかった。
ふと横を見ると、窓ガラスに半透明な自分の姿が映っていた。
中学校の制服…。白いスカーフに紺のスカート。間違いない。
サウォンのほうを振り返った時、コトンッと何かがポケットから落ちる。
― それは、最初に渡された銀砂の砂時計。
砂は既に半分を、きっていた。
見ないようにしていたのに、目に入ってしまったそれはサウォンによって拾われる。
サウォンは砂時計に、ポケットから取り出した鎖をつけてもう一度千影に手渡した。
「首に掛けておいてください。
これからはそれに注意しなければいけませんから。」
言われた通り、金色の鎖に頭をくぐらせる。
「急ごう。」
千影のその一言に白磁の男は頷き、二人は走り出した。
長い廊下が、赤く染まり始めていた。
窓の外では、日が沈みかけている。
「スナちゃん、さっきの黒い奴等って何なの?」
尤もな質問だった。
「あれは、ここの住人。いや支配者とでも言ったほうがいいかもしれませんね。
この世界の変動に非常に敏感に反応します。
だからこの世界で人を覚醒させると…さっきみたいになります。
捕まれば、奴等に食い殺されることは必至でしょうね。
獰猛で雑食ですから。」
「う…。そんなに恐ろしいものだったなんて。」
今になって背筋に冷たいものがつたう。
話している内に端まで行き着き、とりあえずこのドアに入ってみましょう。
と、サウォンが突き当たりに位置した扉を開ける。
運が良いことに、それは校庭に出る玄関に続くものだった。
「ビンゴ!」
そしてまた走り出す。時間の移動は無かったようだ。
世界は濃い赤に照らされていく。それに比例するかのように、全ての影が長くなる。
「暗くなると、奴等の動きが活発に…。
さっきより格段に不利なりますから、できるだけ早く智樹君を。」
真剣な瞳がことの重大さを言い表していたことに、少女の心臓はドクンと早くなる。
「この時間帯なら、きっと部活中よ。
体育館の横にあるサッカーコートにいるはず。」
行きましょう。そう言って二人は、目的地に向かった―。
「食べて。」
練習中いきなり呼び出しておいて唐突に本題に入る。
回り道なんてしている余裕はなかった。
「はい?」
智樹は差し出された飴玉に目を落として、理解に困っている。
「俺、甘いの嫌いなの知ってるだろ?っていうか今練習中だし
食べれないだろ。神妙な顔して呼び出すから何かと思ったら…。」
半ば呆れた表情になって、智樹は飴から千影に視線を戻した。
「なんとでも言ってくれていい。嫌いなのも十分知ってるわ。
でも、お願いだから食べて。私、真剣に言ってるの。
これを食べれば全部わかるから。」
真っ直ぐに智樹の目を見返す千影の瞳に迷いの色は無い。
もう、進むしかないのだから。
智樹は押し黙っていたが、すぐに赤い包装に包まれたそれに手を伸ばした。
「嘘ついてないって言うのはわかった。
信じるからな!甘いのは今回だけ我慢してやるよ。」
そう言って包装を乱暴にとって、飴玉を口の中に放り込んだ。
― 甘さを耐えるようにぎゅっと閉じられていた瞳が、ゆっくりと開く。
「…そっか。じゃあ、急いで行くぞ。」
さっきの口調より幾分穏やかになり、表情も心なしか緩んでいた。
「おい、そろそろ練習にもどれよ!」
部員の一人が痺れを切らして迎えに来たようだ。怒った表情で智樹に近づく。
「ごめん。すっごい大事なこと思い出した。ちょっと抜けるわ!」
にこりと笑って、智樹はその男子の横を走りぬけた。
「え…、ちょっ、待てよ!!」
不満の声を漏らし、状況が理解できていない男子生徒の横を抜けて千影とサウォンも
それを追いかける。
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