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夢幻 作者:葉月 東

第2回   夢羊と砂時計

驚いて振り払おうとするが、大の男の力には敵うはずは無い。

「やっと見つけた。時間が無いんです。一緒に来てください!」

白磁の男は切羽詰った表情で、千影を玄関から引っ張り出した。

「やめてください!大声出しますよ!!」

この人、頭おかしいんじゃないの?と言わんばかりの表情を作って必死に抵抗する。



「貴方のお知り合いの、春日智樹君が危ないんですっ!」



男の口から出てきた名前に、背筋が凍りつく。

玄関先で勢いよく男の手を振りほどくと、思い切り目の前の人物を睨みつけた。

「あなた…、智樹に何をしたの?」

男は、千影の方に振り返り、目を瞑って一度深く深呼吸すると、ゆっくり語り始めた。


「初対面で、ご無礼をお許しください。

 僕は、『時間彷徨い人』のsandwatchという者です。サウォン、と呼んでください。
 
 信じて頂けないかもしれませんが…僕は人ではありません。

 夢羊、という生き物です。
 
 僕たちは、この世界の生き物より時間を幅広く見ることができます。

 簡単に言うと、時間という空間を行き来できるんです。」

人間じゃない…、夢羊、時間彷徨い人?聴いたことの無い単語がつらつらと話され
 
ていく。まったく思考回路がついていかない。

それでもサウォンと名乗る男の話は進んでいった。

「時間彷徨い人は役職名。夢羊は大体この仕事につきます。

 僕は昨日免許皆伝になったばかりで…、その…。

 あー、もう!はっきり言います。

 僕の手違いで、春日智樹君を時のハザマに巻き込んでしまいました!!」

時のハザマ…!?その言葉に千影は眉をひそめた。



まさかと思った。でも頭に連想されたのは、――あの光景。



「心当たりがお有りですね?そう、貴方が今朝見た夢の、あれ、です。」

心臓の、世界全ての音が、一瞬消えたのかと思うほどの激しい衝撃に襲われた。

男の言っていることはあまりに理解できない。

けれど確実に、『智樹ガキケン』という警戒音が頭の中で鳴り響いている。

「…信じられるわけがないわ。あんな馬鹿馬鹿しい夢なんか。」

「証拠になる、とは思っていませんがこれを見てください。」

サウォンは、そう言うと内ポケットから手のひらより少し大きめ

サイズの砂時計を取り出した。

銀色の砂が万有引力に従い、下に流れ落ちていっている。

「これは、智樹君の残り時間です。時のハザマにいられる、彼の時間。」

比率としては少し、上部にある砂のほうが多いと思われるそれは、

留まることなく今も時を計り続けていた。

「物騒な事言わないで!なによ、こんなもの…こうやって逆さにすれば、調節なんてい

 くらでも…――っ!!」

少女は、素早く銀砂の砂時計をひったくり、それを逆さにひっくり返すと、万物の逆ら

うことのできない方向へ、砂は落ち始める…はずだった。


「な…んで…?」


銀の砂は今、上に、すなわち天に向かって落ちていた。

この場合、落ちている、と表現していいものなのだろうか。

実際には、上っているのだ。

「おわかり頂けましたか?彼の時間は、絶対です。留めることができる者なんて、
 
 いません。」


「―…んで?なんで智樹なのよ!」



黒い瞳がめいいっぱいに開いて抗議の念を浮かべている。

「すみません…。僕の未熟な能力のせいです。

 不安定な力が暴走して、こちらの世界にヒズミができてしまいました。

 その時そこに居合わせた彼は、成す術も無く引きずり込ま…」

「えぇ!!引きずり込まれまれたわよ!私は、それを…見てたんだから。」

千影の一言を最後に、その場を沈黙が制す。

少女は、瞳に涙をいっぱいに溜めて肩を震わせていた。

サウォンも、俯いて言葉を噤んでいる。

「…どうすればいいの?」

沈黙を先に破ったのは、千影だった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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