― 夢を見た。
私の幼馴染の『春日 智樹』が、私の前方を歩いている。
毎日見飽きるほどの通学路風景。
そして彼は振り返る。その時―
地面がゴボリ、と水っぽい音を立てて彼の足元を揺らがせたのだ。
ずるりと、黒い幾本もの細く、長い手が伸びてきて智樹を引っ張り込んでいく。
助けに走るも時既に遅し。
あっという間に彼は道路に突如現れた黒い底なし沼に引きずり込まれた。
その場に残された私は立っていられないほど足が震えて、その場にへたり込んだ――。
朝から気分は最悪だ。何であんなグロテスクな夢を見なければいけないのだ。
汗だくになって目を覚ました少女は、心の中でそんな科白を並べていた。
ふと時計を見て寝坊したことに驚くと、急いで制服に着替える。
背中に少しかかるほどの髪を学校規定のさえない茶色のゴムでまとめると、リビングに
走りこんだ。
当然のように家族は居ない。
両親とも朝早くに出勤なのだから。
キッチンのテーブルにラップのかかった朝食が並べられているのを確認して、静かに
一人椅子につく。
何時もの事なのだ。いつもの…。
けれどなんだか、今日は妙に心淋しいような気がする。
きっとあんな夢を見たせいだ。
―智樹は幼い頃からの親友で、いつも両親のいない淋しさを紛らわせてくれた。
そんな彼は、私にとってある意味家族よりも近い存在だった。
そして15年たった今も、彼との関係は壊れていない。
「嫌な夢。」
ぼそりと呟いて、朝食に手を伸ばした。
食べ終わって食器を流しに下げると、ソファーに投げておいた鞄を引っ張って玄関に
向かう。
と、家の中に軽いピンポーンという呼び鈴の音が響いた。
靴を履き終えて顔を上げ、ふう、と溜め息を漏らして立ち上がり、ドアを開けた。
「ごめんなさい。両親は不在ですし、私も、もう出かけなければ…。」
「深見沢千影さん、ですね?」
早口で断りの文句を言い終える途中に自分の名前を呼ばれて、はっと客人の顔を
見上げた。
そこに立っていたのは、20代前半と思える細身の男。
かっちり着込んだ黒のスーツに、浅葱色のカッターシャツが妙に大人な雰囲気をかもし
だしている。
整った顔立ちだが、中でも濃い青の瞳が目を引く。
しかし、一番印象深かったのはそれらの内のどれでもなく、白磁のように真っ白な
彼の頭髪だった。
全体的に少しはねているのは、くせッ毛なのだろう。
「どうして…、誰?」
千影はこんな男に見覚えが無かった。
こんな目立つ人、一度見ていたら必ず覚えているはずだ。
疑問は尽きなかったが、そんな事などお構いなしというふうに男は、千影の腕を
つかんだ。
「ちょ…!何するんですか!?」
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