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桜、散る刻まで 作者:フラン

第9回   愛の告白















朝、目が覚めるといつもの天井が目に入る。
和樹はゆっくりと起き上がって、大きな伸びをした。
そしてベッドから降りた。今日はのんびりと出来る。

そう、今日は休日であった。

時計に目をやると、10時を指していた。
病院の面会時間は1時から。今から用意すれば、余裕を持って行動できる。



――午後12時。
今の時間に家を出れば、1時過ぎくらいには病院に着けるはずだ。
和樹はバックを用意して家を出発した。

病院までは自転車で行くことになる。
6月ももうすぐなので、暑さは日に日に上がっている。
額に軽い汗をかきながら和樹は自転車をこいでいった。

病院に着くためには、最後に急な上り坂をいく必要がある。
和樹は息を切らせながらも上りきった。そしたら病院は目と鼻の先だ。
自転車を駐輪場へと止めて、病院に入る。
おそらく中は冷房がきいているだろう。和樹はそう期待して自動ドアをくぐった。

「あの、昨日入院した水木早百合さんの病室を教えてくれませんか?」

期待通りの涼しい病院内のロビーの受付で和樹は尋ねた。
受付嬢の看護婦さんが愛想良く答えてくれた。

「2階の209号室になります。」

看護婦さんは微笑を浮かべながら言った。
和樹は、「どうも」と一礼をして階段へと向かう。

昔に一度だけ、病院に世話になった事がある。
風邪をこじらせて肺炎になったときだ。確かあの時は10歳だった。
その時に飲んだ薬が苦かったという印象から、和樹はそれ以来薬を服用しなくなった。
風邪は食べて寝れば治る、が和樹の信条だった。

209号室は、案外あっさりと見つかった。
階段を上りきってから1つ角を曲がったすぐそこだ。
プレートには『水木早百合』と書かれている。しかも個人部屋のようだった。

「……………。」

ドアの前に立つ。
すると昨日の事が鮮明に浮かんできた。
早百合の泣き顔、涙声、苦しそうな顔、息切れした吐息。
あまりに鮮やかに思い出せて、和樹は自分でも驚いてしまった。

「……怖気づいたのかよ、俺。」

和樹は震えている手を見て、つぶやいた。
震えている。恐いのか。拒絶されるのが、恐いのか。
いや、違う。拒絶されるのが恐いのではない。
自分などが早百合を救えるかどうか、それが恐かった。

早百合は自分を信じてくれた。だからこそ、早百合は病気の事を話したのだ。
話してくれたからには、俺が責任を持って早百合を助ける。和樹はそう決心したのだった。


コンコン、とドアをノックした。
しばらくは返事がなかったが、ドアがゆっくりと開いた。

「……どなたですか?」

早百合と似ている声だが、少しばかり違っている。
和樹はすぐにその声の主が分かった。早百合の母親の声だった。

「飯島です。早百合さんの面会に来ました。」

和樹はなるべく柔らかい口調で言った。
ドアの向こうから顔が出てくる。やはり早百合の母親だった。

「折角ですけど、娘は今寝ているので。どうかお引取りください。」

冷たい口調であしらわれた。門前払い。
だが、和樹はそれも予想の内に入れていた。
早百合が激しい発作に襲われるようなことをしていた異性を、親が快く思うわけがなかった。

「寝ていてもいいんです。顔だけでも、見させてください。」

「……お引き取りください。あなたを娘に会わせたくありません。」

「………ッ!!」

和樹もさすがにここまで言われるとは思っていなかった。
言われるとしても、柔らかく拒絶されるだけだと思っていた。
だがキッパリと、会わせたくないと言われては和樹にはどうしようもなかった。

「どうしたの、誰か来てるの?」

中から、聞き慣れた彼女の声が聞こえてきた。
昨日まで聞いていた声だが、どこか懐かしく和樹の耳に響いた。

「………起きてるんですね?」

「……………。」

厳しい目付きで和樹を睨む母親。
よく見ると、彼女の目には大きな隈ができていた。
おそらく一晩中起きていたのだろう。疲れがありありと見て取れた。

「ねぇ、お母さん。誰が来てるの?」

「………飯島君よ。」

とうとう諦めたように母親が言った。
彼女はドアを開けて、和樹を部屋に入れた。

「………和樹君。」

「よっ、水木。」

悲しそうな表情の早百合に和樹は陽気な口調で挨拶をした。
早百合はベッドから起き上がり、姿勢を正す。頭がボサボサなのを無理やり抑えて直そうとしている。
そして早百合は母親に目配りをしてから、言った。

「ゴメン、お母さん。少しだけ外してくれないかな?」

母親は一つだけため息をついて、わかったわ、と言って出て行った。
早百合は和樹と視線を合わせた。目線を合わせて話すのは久しぶりだった。

「来るなら来るって言ってくれれば良いのに。」

「それじゃあ驚かせられないだろ?」

そうだね、と早百合は笑顔で言った。
相変わらずの愛くるしい笑顔だった。
そうして早百合は少し目線を落としてからつぶやくように言った。

「昨日は、ゴメンね。言いたい事だけ言って勝手に倒れちゃって…。」

「良いんだよ、そんな事。それよりも俺、昨日の夜に考えたんだ。」

和樹はベッドに座っている早百合に近づきながら言った。
そういえば、彼女はパジャマ姿だ。それはそれで可愛いな、と思う和樹だった。

「俺、やっぱり水木が好きなんだ。それは変わらない。」

早百合は恥ずかしがるように顔を赤らめた。
それでも笑顔は崩れなかった。
和樹が続ける。

「水木が好きなんだ。……俺と、付き合ってくれないか?」

「…………ダメだって、前にも言ったよね。あたしにはそんな時間は……。」

「違うだろ。」

和樹が早百合を遮った。
和樹は早百合の目の前に立って、彼女の手を優しく握る。
細くて、か弱い早百合の手。それを握り締めて和樹は言った。

「水木は、まだ死んでない。生きてるんだ。心臓も動いてて、血も巡ってて、手も足も動く。もうすぐ死んじゃうのかもしれない。でも今は生きてる。俺と同じように、生きてるんだ。……そうだろ?」

早百合の瞳が潤んでいるのを和樹は見た。
いまにも溢れ出そうな涙を食い止めるようにして、早百合は和樹を見上げた。

「そうだよ、そうだけど……!」

早百合の悲しみで満ちている目が和樹を捕らえた。

「別れが、さよならが、辛すぎるから…。」

「ズルイぞ、それ。」

「………え?」

和樹の手の力が少し強くなった。
それでも力を抜いているため、早百合が痛い思いをすることはなかった。
和樹が真剣な瞳で早百合を見つめた。

「俺は、まだ水木の答えを聞いてないよ。付き合いたいのか付き合いたくないのか、どっちなの?」

「…………あたしは…。」

とうとう涙が早百合の瞳の許容量を超えた。
頬を伝って、ベッドに滴り落ちる。
そして早百合は囁くように言った。

「あたしは、和樹君と、付き合いたいです。あたしも、和樹君が、好きです。」

「………良かった。」

和樹は早百合の手を放した。
そして次の行動へと移る。
和樹は、早百合を抱きしめた。

「俺がいるから。水木が笑っていられるように、俺、頑張るから。」

「…うん、ありがとう。」

和樹と早百合はお互いの存在を確かめ合うように、強く抱き合った。
残された時間は少ないのかもしれない。でも、その時間をずっと笑っていたい。
早百合は和樹の腕の中で、そう思って涙を流していた。
















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Novel Editor