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桜、散る刻まで 作者:フラン

第7回   亀裂















和樹は地に根が生えたように呆然と立ち尽くしていた。
早百合は微笑を浮かべたまま凍りついている。

「……なんか、暗くなっちゃったね。帰ろうか?」

早百合は努めて明るく振る舞って和樹に言った。
そうして校門で別れて、足早に歩いて帰っていく早百合を和樹は黙って見送っていた。
和樹には早百合の後姿が、おぼろげな、儚い夢のように思えた。


家に帰った後も、和樹は早百合の口ら出た言葉を反芻していた。

あたし、もうすぐ死んじゃうの。

信じられるか。心の中でそう叫んだ和樹は眠れぬ夜を過ごした。


朝、目が覚める。
いや覚めてはいない。寝ていないのだ。
目の下に大きなクマがある。

「くそっ、寝れねぇよ。」

しばらくベッドの上で何も考えずにいたが、時計を見て、急いで起き上がった。
学校に遅刻してしまう。和樹は学生バックを持って、部屋を飛び出した。

学校への登校中、和樹は何度も早百合の姿を思い返していた。
昨日の夜の早百合の言葉を聞くまで、和樹は早百合と会うことを楽しみにしていた。
だが今では会うことが辛く感じられる。自然と足取りも重くなっていった。

和樹は自分のクラスに入って、椅子に腰掛ける。
そのまま何度かチャイムが鳴って、授業が行われて、昼に弁当を食べて、また授業が行われた。
和樹はそれを聞くでもなく早百合の事を考えるのでもなく、ただ窓の外を眺めていた。

6時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
教科書を開いている教師が、さっさと教室を出て行った。
そしてガタガタと生徒たちは部活に行ったり、帰ったりするのだった。

「お〜い、飯島。」

呼びかけられ、振り向くと、そこには友達が立っていた。
だらしない笑顔を浮かべている。

「なぁ、水木ちゃんに聞いてくれたかよ?」

「………なにを?」

和樹は心が沈んでいくのを感じた。
早百合の名前は出さないで欲しかった。
聞くと、心が苦しくなるから。

「とぼけんなって。彼氏がいるかどうかだよ。」

「………わりぃ、まだ聞いてない。」

「そうか〜。じゃ、今日聞いといてくれよ。」

その友達は、残念がりながら教室を出て行った。
おそらく部活だろう。先輩が恐いので、遅れないよう急いでいた。

こっちはそれどころじゃないんだ!
和樹は友達に向けて、心の中で叫んだ。
早百合には彼氏を作る時間すらない。お前みたいに、呑気に女探しなんて出来ないんだ。
そう思うと、和樹は目頭が熱くなるのを感じた。




「……………」

和樹は写真部部室の前で佇んでいた。
中に早百合はいるだろうか。いたら、なんて声を掛ければいいだろうか。
そんな事を頭の中に巡らせながら、和樹は部室のドアを開けた。

「おっ、和樹君。お疲れ〜。」

部屋の中でカメラの手入れをしていた早百合がそう言った。
彼女の笑顔。いつもと変わらない魅力的な笑顔。しかし和樹には、それが色褪せて見えた。
カメラを机の上に置き、早百合は立ち上がった。

「ねぇねぇ、昨日さ、良いトコ見つけたんだ。学校の裏の空き地にね…」

和樹が惹かれた、この笑顔、この声。
昨日までなら違和感なく話せただろう。
だが、それはもう叶わない事だった。

「綺麗な花を見つけたの。小さくて紅い花。それがね…」

「やめてくれッ!!」

和樹が叫んだ。
そうせずにはいられなかった。
彼にはその彼女の笑顔が魅力的で、儚すぎたから。

「なんで笑ってるんだよ!?なんで笑ってられるんだよ!?」

あまりに大声で言ったので、廊下に声が漏れたかもしれない。
それでも構わない、と和樹は思った。

「水木、死んじゃうんだろ!?」

早百合の瞳が和樹を捕らえていた。
しかし和樹は、その早百合の視線を逸らせずにはいられなかった。
彼女の瞳を見つめるのは、和樹には辛すぎた。
和樹はうつむいてから再び叫んだ。

「なんで……なんで笑ってるんだよ!?悲しくないのかよ、水木!?」

それだけ言ったあと、しばらくの間、沈黙が流れた。
和樹は恐る恐る早百合を見た。早百合はうつむいて、唇を固く結んでいた。
そうしてか弱い声で、早百合が囁いた。

「……どうして、そんな事、言うの?」

微かにしか聞き取れない声。
しかし放課後の学校とは静かなもので、外からの雑音はほとんどなかった。
和樹は確かに早百合の声を聞いた。
早百合は続ける。

「死んじゃう人は、笑っちゃいけないの?死んじゃう人は、悲しい顔しかしちゃいけないの?」

涙を含んだような声だった。
鼻をすすってから、早百合は顔を上げて、和樹を見つめた。
瞳は赤く染まっていた。

「死んじゃうから、残された時間が僅かだから、笑っていたい。そう思っちゃ、いけないの?」

「そ、そんなこと言って――」

「言ってるわよ!!」

早百合は叫んだ。
涙が溢れて止まらなかった。
次から次へと流れる涙が、早百合の頬を伝っていく。
早百合は制服の袖で目をこすりながら言った。

「君は気づいてないかもしれないけど……」

早百合は息を切らしながらにも、続けた。

「君の、あたしを見る目つきは変わってる。壊れやすいものを、大事に大事に扱う人みたいに。あたしを可哀想だとか哀れだとか、そう思ってる目つきで見てる!」

和樹は心の底を覗かれたような気がした。
早百合が死ぬ、と聞いてから、和樹は確かに早百合を傷付けないように接しようと思っていた。

「あたしを、死んでる人を見るような目つきで見ないで……!」

さっき拭った目から、再び涙がこぼれてくる。
しかし、今度は早百合は拭わずに涙を無視した。


「あたしは、まだ死んでない。まだ、生きてるんだ。君と同じように、心臓が動いてて、血が巡ってて、手も足も、動くんだ。……涙だって、流れるんだ。」

涙でくしゃくしゃになった顔を両手で覆って、早百合は言った。

「あたしも、君と同じように、生きてるんだ…。もうすぐ死んじゃうけど、まだ、死んでないんだ。まだ、普通の人間として、笑っていたいんだ……!」

ハァハァと息を切らして早百合は流れる涙をふいた。
目まいがする。頭がゆらゆらして体が言うことを聞かない。早百合は足元がおぼつかないのを感じた。
すると、心臓に強い痛みが走った。激痛が心臓を突き抜ける。
たまらずに早百合は膝が折れて、倒れた。部屋の床にうつ伏せた。

「……水木…………水木!!?」

和樹が倒れた早百合に駆け寄った。
早百合は苦しそうに左胸を抑えて、喘いでいた。
和樹はポケットから急いで携帯を取り出す。震える手で番号を押した。
119、と――。
















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Novel Editor