学校の敷地内での景色は、ほとんど撮り終わっていた。 学校が終わる4時頃から6時頃までが部活動時間なのだが、それでは夕方の景色しか撮ることが出来ない。 赤く染められた光景にも飽きを感じ始めていた。 和樹はため息をついてから、早百合に話し掛けた。
「なぁ、水木。」
「ん、なあに?」
和樹とは違い、いささかも飽きを感じていない早百合はカメラのシャッターを切りながら尋ねた。
「夕焼けもいいけどさ、他の景色なんかも撮りたいよな。」
「ん〜そうだね〜。じゃ、今日は夜の景色を撮ってみようか?」
「夜の景色?」
うん、と早百合は頷いた。 カメラをバックにしまって、腕時計をのぞいた。針は5時を指している。
「今5時だから、8時に学校の正門前に集合ね。」
和樹は帰り道の道中、心踊るような気分で家路についていた。 今にもスキップでも始めてしまいそうなほど舞い上がっていた。
「水木と夜の学校かぁ〜。」
自分の部屋で一人でいると、笑いが自然と込み上げてくる。 もちろん、目的は写真撮影だ。他意はない、がそれでも好きな女の子と夜の学校で会うのは、いつもと違った雰囲気になる。 気持ちだけがはやるばかりだった。
「そろそろ行こうかな…。なにかあったら困るし…。」
時間は7時。和樹の家から学校までの所要時間は約30分。 出るのには幾分早い気がするが、いても立ってもいられない和樹は制服を着替えて早々と家を出発した。
「あっ、和樹君、早いねぇ。」
学校の正門前で早百合が8時5分前にやって来た。 和樹はその25分前に到着していたが、ここは決まり文句を言ってみた。
「いや、俺も今来たばっかだから。」
そうなんだ、と言った早百合。 制服姿しか見たことのない和樹は、少しの間早百合に見取れてしまった。 自分を見てボ〜としている和樹を早百合が不思議に思って話し掛けた。 すると封印が解けたようにビクッと反応をする和樹。 そんな和樹を見て早百合は思わず吹き出してしまった。
「え、俺なにかした?」
「あはははは。どうしたの、ボ〜として。」
急いで体裁を取り繕うが、時すでに遅し。 とりあえず適当にごまかしてその場を凌ぐ和樹。
「ま…まぁ、そんな事はいいから速く学校に入ろうよ。」
うん、と元気に頷いて校門をよじ登ろうとするのを和樹が制止した。
「俺が先に行って引っ張ってあげるよ。」
「ありがと和樹君。気が利くじゃん。」
よっ、という一声でヒョイと校門の上に登った。そして手を差し延べる。 その手をしっかりと掴んだ早百合を確認してから、力を入れて持ち上げた。 彼女は想像以上に軽かった。まるで子供を引き揚げているようだと和樹は感じた。 そうして無事、二人とも学校内に入ることが出来た。
「さ、張り切って写真撮ろーね!」
「夜の学校って……なんか不気味だよね。」
校庭の中心部辺りに立った早百合が校舎を見ながらそう言った。その横で佇んでいる和樹も同意を示した。 早百合が、その闇が包む校舎にカメラを向ける。 レンズ越しに見るこの闇の光景はどのように見えるのだろうか。 和樹はそんな事を考えながら早百合の姿を眺めていた。
「ねぇ、君も撮りなよ。」
早百合は和樹にカメラを手渡して言った。 和樹は辺りを見回し、自分の納得できる光景を探した。
俺が撮りたいもの…。
周りは闇に覆われ、見えるものは少ない。 それでも一枚くらいは撮りたいと和樹は思っていた。 自分が、夕焼けじゃなく他の景色がいいと言ったのだ。
俺が撮りたいもの。 ……あった。 俺が撮りたいモノ。
「水木。」
空を見上げていた早百合が振り向いた。 和樹は彼女が振り返った瞬間にシャッターを切った。 カシャと乾いた音が響いた。
「……あたし?」
「そ。俺が、撮りたいもの。」
和樹がそう言うと、早百合は嬉しいような恥ずかしいような微妙な表情を取った。
「なんであたしなの?」
早百合が尋ねながら和樹に近寄って来た。
「もしかして、惚れちゃった?」
早百合がいたずらっぽく言った。顔がほのかに上気していた。 和樹は早百合の目を見ながら囁くように言った。
「……そうだよ。」
その瞬間、時が止まったように和樹は感じた。 早百合がどんな目で何を考えているのかと思うと、一瞬が遥か遠くに感じた。
和樹にとっては、初めての告白だった。 女の子に告白されたことはあるが、自分から言ったのは初めてであった。
「………ゴメン。あたしはやめておいた方がいいよ。」
早百合の表情が先程とはうってかわって、暗く悲しいものになっていた。
「俺じゃ、ダメ?」
和樹も断られる覚悟ができていたのか、冷静にそう尋ねた。 早百合は首を横に振って、訴えるように言った。
「違うの。あたし、あたしね…」
早百合の肩が震えている。 瞳は微かに赤みを帯びているように見える。 そして、いまにも泣き出しそうな声で早百合は言った。
「あたし、もうすぐ死んじゃうの。」
早百合は微笑を浮かべて言った。 それでも声は震えていた。
「あたしね、死ぬの。死んじゃうの。」
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