「ここって、写真部…?」
和樹は戸惑いながらも尋ねた。 運動部はイヤだったが、文化部でも華がある部活が良いと思っていた和樹。 写真部といったら、なんとも薄暗い部屋で写真を現像している印象しかない。
「そうだよ。あたしも写真部なんだ。」
彼女はそう言って、『写真部』と書かれたドアを開け、中に入ろうとする。 仕方がないので、和樹もそれにならって部屋に入った。
「きみ、写真に興味ない?」
「いや、まぁ、別に…。」
曖昧な返事をする。 しかし女の子も和樹が乗り気でない事は理解したようだった。 少し表情を曇らせて、和樹の制服の袖を放した。
「でも…きみ、綺麗な景色には興味あるでしょ?だからあの桜を見てたんだよね?」
たしかに桜を見ていたのは、綺麗だと感じたからだ。 だが、それとこれとでは話が違う。別次元だ。
「でも俺、写真を撮るのって、あんまり好きじゃないんだ。カメラの事とかも良く分からないし…。」
「カメラの事なんか分からなくても良いの。大事なのは、カメラじゃなくて、撮る人本人なんだから。」
彼女は部屋の中に進んでいく。 そして奥にある机の上に置いてあるカメラを手にした。
「写真は、綺麗な景色や物があるから撮るんじゃないの。自分が撮りたいと思うものを撮るの。」
手にしたカメラを再び机に置く。 そうして、和樹と視線を合わせて、和樹の方へ歩み寄っていった。 手を伸ばせば届くほどの位置で止まり、彼女は右拳を和樹の心臓部へと押し当てた。
「大事なのは、ココ。感じる心、想う心がカメラのシャッターを切るの。」
しばらくの間、沈黙が流れた。 和樹は彼女の視線から目を逸らせずにいた。 彼女の瞳からは強い意志みたいなものが感じられた。
「なぁんてね。」
冗談めかしたような口調。和樹は面食らった。 そして彼女はニコッと笑顔になった。
「クサくて、カッコいい事言ってるけど、結局は部員が欲しいの。部を作るには最低2人以上の人数がいなくちゃいけないの。」
彼女は笑っているが、目は陰っているように和樹には思えた。
「去年までは人もいたらしいんだけど、今年はあたし1人らしくて。あたし写真が撮りたいんだ。自分が想った事、感じた事を残したくて…。」
努めて明るく言おうとしている。 和樹は、心に何か残ったような気がした。
「ゴメンね、付き合わせちゃって。ホントにゴメン…。」
「いいよ。」
「え?」
心は決まった。 和樹はそう思って、強い口調で言った。
「俺、写真部に入るよ。いや、入りたい。俺もそのとき想った事、感じた事を写真に残してみたい。」
その言葉を聞いて、彼女の顔に笑顔が広がった。 今度の笑顔は、偽りのない満面の笑みだった。
「ホント?ホントにホント?」
和樹は首を縦に振った。 肯定の証。
「ねぇ、1つだけ教えて欲しい事があるんだ。」
和樹がこの女の子と出会って、知りたいと思った事。 それを今聞いてみようと思った。
「なに?」
「君の名前は?」
彼女はキョトンとした顔で和樹を見た。 そして笑顔で答えてくれた。
「あたしは、水木 早百合。みずき さゆりっていうの。」
「俺は、飯島 和樹。宜しく、水木さん。」
「水木でいいよぉ、飯島君。」
「じゃあ、俺のことは和樹で宜しくな。」
和樹には窓の向こうから射す夕日が、とても眩しく見えた。 それと同じくらい、早百合の事も眩しく見えた。 それでいて彼女が、とても儚げに見えた。
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