入学式が行われた日から一週間が経とうとしていた。 授業も始まり、退屈な時を過ごす清水和樹は教室の窓側の席に座っていた。
「おい、飯島。この問題をやってみろ。」
「……え?」
和樹がとぼけた声を出すと、クラス中に笑いがおこった。
「飯島。いつまでも春休み気分でいるんじゃないぞ。じゃあ、上野やってみろ」
黒板の前に立つ先生は特に咎める様子もなく和樹の後ろにいる上野という男に質問の答えを求めた。 和樹はうんざりしたように頬杖をついて窓の外を見る。
和樹は未だにこのクラスに馴染めずにいた。 特に仲の良い友達もいるワケでもない。 それでも周りの同級生たちは和樹に話しかけて来たこともあった。 和樹はそれに曖昧に答えるだけで、会話はそれ以上続くはずもなかった。
和樹の座っている窓側からは校庭の全景が眺められる。 自然と視線は鮮やかに咲く桜の木に向いた。 入学式から一週間経っても色褪せることのない美しい一本の桜。 それをしばらく眺めていると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。 教師が荷物をまとめて出ていくと、ガタガタッと机や椅子がずれ、同級生たちが立ち上がりはじめた。
「部活行こうぜ!」
「早く行かないと、先輩に怒られちまうよ!」
そんな事を言いながら教室から出て行く同級生の後姿を見る。 和樹には、彼らがなんとも充実した生活を送っているように思えた。
「……部活、か。」
学生バックを背負いながら、つぶやいてみた。 たしかに学校と家の往復だけでは、つまらない高校生活になってしまう。 部活見学にでも行ってみるか。そう思って、和樹は教室を後にした。
学校内を歩き回ってみた。 漫画研究会、茶道部、華道部、射撃部、科学研究部……etc。
パッとするようなものが無い。 和樹は校舎を出て、グラウンドを見てみた。 坊主頭の青年が白球を追いかけている。
運動部は、イヤだな。
和樹は高校生になっても運動部だけには入らないと決めていた。 決して運動が苦手だからではない。あるコンプレックスが和樹の中に根強く残っているのだ。
小学生の頃、運動会というものがあった。 和樹はクラスの中で最も速かった。そのため、リレーではアンカーを任されていた。 その頃は和樹も運動が大好きで、普通の子供となんら変わりは無い少年であった。
だが、運動会のリレーの時。 和樹のクラスはとても遅く、順番がアンカーに回ってくるまでに他のクラスは既にリレーを終えていたのだ。 たった一人残された和樹は、多少なり笑いを含んだ応援を受けながら走るハメになった。 それが原因で、和樹は運動が嫌いになった。 他の人はくだらない理由と言うかもしれないが、子供の頃の記憶は根強く残るものだ。
「声出して行きましょー!」
「頑張っていこー!」
元気な声がグラウンド内に響き渡る。 そこを和樹はしばらく見つめる。だが、すぐに興味なさそうにソッポを向いてしまった。 ソッポを向いた視線の先に映る桜の樹。 そこに目を止めて、樹から飛ぶ桜の花を目で追った。
「きみ、野球部にでも入るの?」
突然、後ろから声がした。 振り向いて声の主を見てみる。いつか、あの桜の木の下で会った女の子だった。
「あ、いや、俺、野球部には入らないよ。」
「ふ〜ん、そうなんだ。じゃ、どこの部活に入るの?」
この学校の制服を着た女の子。 一般には可愛いと言われるレベルの少女だった。 和樹は照れながら、女の子の問いに答えた。
「いや、まだ決めてないんだ。」
ふ〜ん、と再び少女は言った。 そして桜の樹に視線を向けて、和樹に尋ねた。
「きみ、あの桜好きなの?」
「え、う、うん、まぁね。」
そう言うと、少女は笑顔になった。 そして和樹の制服の袖を引っ張って、歩き出した。 和樹は戸惑ったが、抵抗はしなかった。 可愛い女の子に誘われるのは悪い気はしない。
「じゃあ、あたしが部活を紹介してあげる。来て。」
グイグイ引っ張られて、校舎の中を歩いていく。 そして階段を上り、少し歩くと足を止める。 そのドアには大きく書かれた見出しが張ってあった。
『写真部』と。
|
|