「おじいちゃん!」
そう呼んだのは、五歳にも満たない小さな子供。 そしてその子に呼ばれた人物は、優しく子供を抱き上げた。
「元気だったか、和俊。」
「うん!」
おじいちゃんと呼ばれたのは、和樹。彼自身だった。 すでに何年もの時を経て、彼は七十を超える歳となっていた。 もちろん伴侶もいる。もう何十年も前に生涯を誓い合った仲だ。
「さあ、遊んでおいで。」
「行ってくる!」
元気に遊びまわっている我が孫の姿。 それを見て、自然と笑みがこぼれてしまうのに、和樹は苦笑した。
「あの子は、私たちの宝ですね。」
穏やかな、美しい声がした。 この声には聞き覚えがあった。自分の伴侶。 恵美の声だ。
「そうだな。」
和樹も相槌を打つ。 目の前で遊んでいる孫はとても可愛い。 そして和樹自身、和俊を愛しく思っていた。
「ふふ、本当に可愛いですね。」
ああ、と再び相槌を打った。 可愛い、か。その孫の笑顔は、どこか懐かしい気がしていた。 あの無邪気に笑う表情。高いが、心地よく響く声。 どれもこれも、和樹には懐かしく感じられた。
「恵美。」
「はい?」
今でも思い出すあの頃のこと。 しかし、それはもう過去なのだ。過去は過去で、決別しなくてはならない。 それは和樹にも分かっていた。 だが、未だに完全に決別できていないのは、あまりに美しすぎたから。 あの頃の思い出が、美しく、未だに輝きを失っていないから。
「愛しているぞ。」
「……私もです。」
頬を少し赤らめている恵美。 こんなことを言う自分も恥ずかしさを感じている。
これから何が起ころうと、自分は彼女を忘れないだろう。 名前は今でも覚えている。当然だ。 しかし、この何十年も声にしてはいなかった。 自分には恵美がいる。それに――。
彼女自身との約束のために。
恵美を裏切ることはないだろう。 そんな事もありえない。 だからこそ、彼女を忘れないのだ。 自分が忘れれば、もう彼女を覚えている人間はいなくなるだろう。 それをしてしまえば、彼女が生きた意味がなくなる。それだけは、イヤだった。
「あなた。」
「ん?」
「ずっと一緒ですよね?」
少し不安そうな恵美。 恵美は昔から勘が鋭かった。 今の自分の表情で、何かを察したのだろう。
「もちろんだ。」
そう答える。 裏切るつもりなど、毛頭ないから。 自分が生きているのは、今だ。 昔ではない。今を生きているんだ。
だけど――
この先、もし自分が死んだら、一回は会いたい。 そう思っても罰は当たらないだろう。 彼女もそれくらいは許してくれるだろう。 そう、思った。
「おじいちゃん!」
元気な声が響く。 目の前には、可愛らしい顔が。
「一緒に遊ぼう!」
「ああ、そうだな。」
今を生きる。 そして、過去は胸の中に。 こうして、これからも生きていくのだ――。
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Final End
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