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桜、散る刻まで 作者:フラン

第10回   宣告――そして共に歩くこと















和樹は早百合の病室を出た。
すでに2時間弱もの時間を彼女の病室で過ごしていた。
彼女の話によると、明後日には学校にも行けるらしい。
和樹は軽い足取りで病院を出ようとしていた。
だが、後ろから呼び掛けられて振り返る。
そこには早百合の母親が立っていた。

「少し、よろしいですか…?」

はい、と答えて和樹は母親のあとを追って病院の中へと戻っていった。



自動販売機に五百円玉を入れて、母親はお茶のボタンを押した。
ゴトン、とお茶が出てきてそれを和樹に渡した。

「娘は――早百合は、もうすぐ、いなくなります。」

死ぬや亡くなると言わないのは親心というものだろうか。
母親はお茶をもう一本買って、口を開いて一口だけ飲んだ。
和樹も渡されたお茶を飲み始めた。

「早百合は、私たち夫婦の間に生まれるにしては、素晴らし過ぎる子でした。」

和樹は母親を見据えていた。
彼女は弱々しくうなだれて、ボソボソとつぶやくように言った。

「あの子は私たちの宝でした。だから2年前に病気を宣言されて、私たちは呆然としました。」

母親の声が涙ぐんできた。
和樹はもう一口お茶を口に含んだ。

「だからこそ、私たちは早百合を傷つけないように大事に扱ってきました。あの子が悲しまないように…。」

和樹は飲み干した缶をゴミ箱に捨てるために立ち上がった。
母親はうつむいたまま、少し震えているようだった。

「……早百合さんと病気について話したことはありますか?」

「………いえ。」

あるわけないでしょう、と訴えるような目つきで、母親は和樹を睨んだ。
和樹も母親と視線を合わせる。彼女の瞳は、疲れが滲み出ているようだった。

「だって、病気の事だけでも辛いのに、家に帰ってまでそんな話をしたくないはずでしょう?」

「……そうですね。でも、彼女は――早百合さんは気を遣われることを望んじゃいなかった。」

和樹がそう言うと、母親は身を震わしながら和樹を睨んだ。
母親はあからさまに怒った口調で和樹を罵った。

「あなたに何が分かるんですか!?早百合の悲しみが、私たちの悲しみが、あの子が私たちの愛する娘だったってことの、何を!?」

金切り声を上げた母親は力なくソファーに座り込んだ。
目からは、透明な液体が流れている。和樹は母親を見据えて言った。

「……もう、過去形なんですね。」

明らかに当惑した様子で母親は和樹を見た。
和樹は構わずに続けた。

「『でした』とか『だった』とか、そんな言葉を使って…。彼女は、まだ死んじゃいない。生きてるんだ、俺やあなたと同じように。」

母親は何かを言おうとして、口をパクパクさせているが何も言えないでいた。
和樹には、見据える先にある女性の瞳がひどく弱々しく映った。

「早百合さんを分かっていないのは、あなたです。………失礼します。」

そう言葉を繋いで、和樹は一礼をしてから足を進めた。
そのまま後ろを振り返ることなく病院を出た。
早百合の母親は今どんな顔をしているだろう。
見たい衝動に駆られたが、和樹はそれを振り切って自転車をまたいだ。




そして、その日から2日が過ぎた。
和樹は心躍らせながら学校へと向かっていた。
早百合に会えるかもしれない。その思いが学校へと和樹を急がせた。

1校時目が始まってから6校時目が終わるまで、とても長いように和樹は感じた。
時計に目をやっても、なかなか進まない。一秒一秒がすごく長かった。


チャイムが鳴り響いた。
6時間目が終わり、生徒たちはいつも通りに部活やバイトに行く。
和樹もその流れに乗って教室を出た。
目指すは、写真部部室だ。

大きく『写真部』と書かれたドアの前に立つ。
そして恐る恐るそれを開けた。中は、真っ暗だった。

「水木、来てないのかな…。」

いつもなら必ず和樹よりも早く来ている早百合。
それが今日はいなかった。もしかしたら、まだ病院のベッドで寝ているのかもしれない。
和樹はきびすを返して、部屋を出ようとした。病院へと向かおうとしているのだ。

「あっ、和樹君。今日は早いね。」

後ろから、聞きなれた声がした。
ドアの前には見慣れた制服をまとった女の子が一人。
早百合が笑顔で佇んでいた。

「……水木。」

「心配させてゴメンね。もぉ大丈夫だから。」

大丈夫なわけがなかった。
早百合は死ぬ。しかも、もうすぐ。
和樹は詳しい期間を聞いてはいない。
聞く必要がないからだ。和樹は早百合を見つめて言った。

「……さ、部活しようぜ。季節の変わり目だから、きっと良い写真が撮れると思うよ。」

「うん、そうだね。」

早百合は部室内に歩を進めて、机の上にあるカメラを手に取った。
それを上に掲げて目を細める。そして早百合は和樹にカメラを向けて、構えた。
シャッターを切る音がした。

「……俺?」

「うん、あたしが撮りたいもの。」

「どうして俺なの?」

早百合は照れくさそうに笑ってから言った。

「きみが、好きだから。あたしの命が続くまで、きみと――和樹君と一緒にいたいから。」

「……俺も。俺も、水木と一緒にいたい。ずっと笑いあっていたい。」

和樹は思った。
早百合が死ぬまで、自分が一緒にいてやる、と。
彼女が寂しくないように、悲しくないように自分が支えてやるんだ、と。
死が2人を別つまで――死が2人を別けたとしても、早百合を愛し続ける、と。
















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Novel Editor