四月。
幼稚園児は小学生へ。 小学生は中学生へ。 そして、中学生は高校生へ。
暖かい日差しを受けて、すくすくと育つ新芽たち。 春の優しい風に吹かれる感触が妙に心地良い。 虫や動物たちの新たな生命がこの季節に目を覚ますのだ。
飯島 和樹は、そんな穏やかな四月五日に高校へと入学した。
入学式が行われた。 お偉い方々の、うんざりするような決まり文句。 在校生たちが新入生を歓迎する言葉を送った。 そして公立高校の統一テスト――つまり高校受験――で最高成績を叩き出した新入生の挨拶。 例に倣った、つまらない入学式だと、和樹は思った。
入学式が終わり、クラス発表の掲示板が張り出される。 和樹は自分の名を懸命に探す。 1組、2組、3組、4組……。あった。5組だ。
特になんとも思うことは無かった。 学区外のため、知り合いなどいない。 それに、一人のほうが気楽だ。そう思いながら、和樹は校舎へと向かう。
ふと、足が止まった。 校庭の脇に咲く、一本の満開の桜。 桜などは別段珍しくも無い。だが、一本だけというのが和樹の興味を惹いた。 そこへ自然と足が向かう。
桜の近くまで歩いてくる。 目線を上にあげながら満開の桜を見た。 素晴らしいだとか、美しいだとか、形容できるような言葉が自然と口からこぼれる。
「綺麗……だなぁ。」
しばらく、その場に立ち尽くした。 ピンク色の桜の花びらが風に吹かれて飛んでゆく。 その内の一枚を掴もうとするが、花びらはスルリと掌を抜けていった。
「きみ、桜が好きなの?」
少しだけ驚いた。 桜にだけしか目がいかず、周りを見ていなかった。 隣にいたのは女の子。しかも同じ新入生のようだった。
「あたしは、嫌い。」
女の子は視線を桜へと向ける。 その目には、憂いのようなものが見て取れた。
「……え?」
和樹が言った。 彼女の言っていることが、いまいち掴めなかった。 女の子は和樹と視線を合わせ、言った。
「桜は、あたしと同じ。だから、嫌いなの。」
彼女の口調は重苦しいものだった。 女の子はそれだけ言うと、足早に歩き去っていく。 それを和樹は目で追った。
「……誰だろ、あの子。」
つぶやいた。 和樹の目の前を桜の花びらが通過していく。
「こんなに綺麗な桜が嫌い、か。しかも自分と一緒だなんて、どういうこったろ?」
首を傾けながら少女の後ろ姿を見送る。 そして再び視線を桜に戻した。
舞う花びら。 鮮やかなピンク。 たった一本の美しい大樹。
和樹は少女の事を頭の隅で考えながらも、その桜から目を離す事は出来なかった。
|
|