■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

十人十色 作者:フラン

第7回   7
好きだという想い。


どれだけ想っていても、言葉にしなくちゃ伝わらない。


そんなことは分かっているんだ。


でも…。


それが出来てたら、僕はこんなことに悩んじゃいないっていうのも事実。


だからこんどこそ。


必ず、僕の気持ちを、彼女に伝えるんだ。









 僕の前には、彼女が。
 とても長い黒髪をたらして、大きくて可愛い瞳を僕に向けて。
 小さな唇と均整の取れた小さな鼻。
 抱きしめたら折れてしまいそうな華奢そうな体。

 そんな彼女が、僕の前に立っていた。

「明日香……ちょっといい…?」

「どうしたの、改まって?」

 柔らかな風が頬をなでる。この風はどこまで吹いていくんだろう? 陸を過ぎて海を越えて…。
 暖かな日差しが僕らを照らす。この温もりのある光が世界を照らしているかと思うと、なぜだか不思議な気分になってくる。

「……良太?」

「あの、明日香は、夏休みとかヒマってある…?」

 僕の心臓を打つ速度が上がってきている。
 昔からの付き合いだというのに、最近では彼女と話すだけでこんな具合だ。

「え…? 夏休み…」

 彼女が困ったように顔を曇らせた。
 それに伴って僕の気分も沈んでくる。ああ、やっぱり失敗したかな…。

「……あたし、生徒会とか入ってて、夏休みも予定が入ってるんだ…」

「あ、そうなんだ…」

 小さい頃から、僕と彼女は仲が良かった。
 俗に言うなら『幼馴染』というやつだろう。だって物心が付いた時から、彼女が傍にいたんだ。
 彼女――明日香が…。

「ねえ、良太? あたし達、高校に入ってからの思い出って、ほとんどないよね…」

 僕らは現在高校三年生だ。つまり今年で卒業ということになる。
 それからの進路はとうぜん違ってくるだろう。だって、それぞれが大人になるわけだし、ずっと高校時代に固執しているわけにはいかない。
 でも……。

「小さい頃からずっと一緒で、高校も同じで…。なにをするにも一緒だったのにね…」

「……うん…」

 いつからだったかな…?
 僕が、明日香に恋心を抱いたのは…。

 最初は単なる『幼馴染』への感情だと思ってた。だけど、明日香に会うたびにその感情が膨れていって…。
 だけど僕はその感情を押し殺して、ここまで来ていた。

「だから、良太があたしを呼び出すなんて、めずらしいね。今まではこんなこと無かったのに」

「あ、明日香…! あの、ぼ、僕…!」

 きっと僕ならこの感情を抑えたままで、学校を卒業できるだろうし、別れを告げることも出来ると思う。
 でも、そんなのはいやだから。
 黙ったままで別れるくらいなら、いっそ玉砕したい。そう思うんだ。

「……」

 明日香の長くて黒い髪が少しだけ揺れる。そして顔にかかってしまった髪の毛を払っていた。
 そのしぐさの一つ一つに僕は愛おしさを感じていた。

「あ、あの……生徒会の仕事って、そんなに忙しいの…?」

「う、うん…。今年は卒業の年だから、一大イベントをやるって…」

「そ、そうなんだ…」

「……」

「……」

 ここまできて、決意が揺るいでしまう。
 もし拒絶されたら? もし彼女にはそんな気なんてなくて、ただの『幼馴染』として僕を見ていたら?
 そう思うだけで、決意が揺らぐ。足さえも震えてきてしまう…。

「思い出が無いって言うのも、良太ってば、あたしのことなんか見もしないで、友達とばっかり遊んでてさ」

「う……。そ、それは…」

「わかってるよ。でも―――」

 彼女の瞳が僕を直視している。
 僕も彼女から目を逸らせない。僕ら二人は見つめ合っていた。
 いつまでもこの時間が続いてくれればいいのに…。

「あたしは、もっといっぱい思い出を作りたかったな…」

 ドクン、と僕の心臓が高鳴った。
 明日香の頬が紅潮して、彼女は少しだけうつむいてしまった。

「良太との思い出を、もっといっぱい…」

「……明日香…」

 揺るいだ決意が、固まった。
 もう迷わない。僕はもう立ち止まらない。
 僕の気持ちを明日香に伝える。たとえ断られようとも、それに後悔はしない――!

「明日香!」

「……」

「あ、明日香、僕…!」

「……」

「明日香のことが好きだ! ずっと明日香のことが好きだったんだ!」

 い、言った…。とうとう言った。
 もう後には戻れない。

「良太…」

「ぼ、僕…! ずっと前から、それこそいつ頃だったか分からないくらいから、明日香のことが好きだったんだ!」

 もう僕を止められるものは何も無い。
 あとは、ただ突っ走るのみ。
 そこに続く道が地獄だとしても、もう戻れない。

「何度も言おうとしたんだ!
 でも、明日香がどんどん可愛くなっていって、言うに言えなくなって…!」

「……」

「それからも明日香は綺麗になっていって……僕、意識しちゃって…!」

「りょう…た…」

「学校じゃ明日香すごい人気だし、成績も抜群だし、生徒会にも入ってるし…!
 僕、どんどん取り残されてる気がして…! 明日香がどんどん遠くに行くような気がして…!」

 明日香は紅潮した顔で僕を見つめていた。
 僕だって自分が何を言っているのかさえ、完璧に理解できていなかった。
 でも、僕が言っていることは真実だ。彼女に取り残されそうな気になっていたのは、本当だった。

「もうダメだと思った…! 僕と明日香じゃつり合わないし、僕たちはただの『幼馴染』なんだって…」

「そんな……そんなこと…」

「でも! 明日香と離れていくのがイヤで、我慢できなくて…! 僕、僕は――!」

「そんなことない!」

 シン、と彼女の声でその場が鎮まった。
 僕の泣きそうになっている声がやんで、残っているのは静寂だけだった。

「あす……か…?」

「……う……し…」

「え?」

「……嬉しい…」

「え!?」

「良太が、そんな風に思っていてくれたなんて…」

 柔らかな風が吹き抜けた。
 僕の頬を通り、明日香の体をすり抜けて、風が走っていく。

「あたしも…。あたしも好きよ。あなたのことが、ずっと前から…」

 ………え………。
 明日香……いま、何て……。

「あたしも何度も言おうとしてたの。でも、良太は相手にしてくれなくて……あたし…」

「明日香…」

「生徒会とかで会えなくて、どんどん距離が広がっていく気がして…」

 も、もしかして……明日香も、僕と同じ気持ちだった…?

「今年で卒業しちゃって、良太と会えなくなったら…。
 そう考えるだけで夜中眠れなくて、少しだけ泣いちゃったんだから…」

「あ、明日香…」

 夢……か?
 これは現実なのか? これは真実なのか?
 まさか僕の見ている都合のいい夢だって事は…。
 でも、もし夢だったら、このまま醒めないでほしい。ずっとこの空間にいたい…。

「でも、これからは泣かなくて良いんだね? ずっと一緒にいれるんだね?」

「あ、明日香…! それじゃあ!」

「うん」

「ああ、良かった…」

 あ、あれ…?
 なんだか、気を抜いたら足が震えてきた…。
 下手したら地面に座り込んじゃうかも…。あはは…。

「でも、良太? あたし達、ずいぶん遠回りをしちゃったね」

「うん。でも、卒業まではまだ時間もあるし、夏休みもこれからだし…」

「……」

「たくさん思い出つくろうな。明日香」

「うん。そうだね、良太」

 明日香が笑った。今までで最上の笑顔を、僕に向けてくれた。
 それだけで十分だ。胸の中が、嬉しさでいっぱいになる。

「じゃあ、帰ろうか? 送っていくよ」

「良太」

「ん?」

「好きよ。大好き」

「僕もだよ、明日香」

 そうして、僕らは見つめあった。
 明日香が少しだけ背伸びをする。僕は少しだけ上半身を曲げた。
 彼女が目を瞑る。僕は無防備な彼女の顔へ、僕の顔を近づけていった。

 そして、僕らは、初めて唇を合わせた。

 しばらくして、僕らは互いに離れた。少しだけ恥ずかしいから、目は合わせられなかった。
 でも、彼女がポツリと呟いた。

「良太。ずっと一緒にいてね」

「もちろんだよ。僕の方こそ一緒にいてほしい」

 僕らは離れない。ずっと、ずっと一緒にいるんだ。







← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor