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十人十色 作者:フラン

第6回   6
ラブレター。

ある人は古臭いっていうかも

ある人はダサいっていうかも

でもね…

あたしはそうは思わない

ゆっくり、心を込めて

書きつづられた言葉に

ウソはないと思うから。














「ラブレターぁ!?」

 あたしの友達が、素っ頓狂な声を上げる。
 朝、学校に登校してきて下駄箱を開けて、見つけた白い封筒。
 裏には『香山 響子さんへ』とあたしの名前が丁寧な字で書かれていた。

「……誰?こんなご時世にラブレターなんて送る、二世代くらい前の人は?」

 友達の呆れたような口調。
 たしかにラブレターなんて、今まで告白された中で初めてのシチュエーション。
 三回くらい告白されたことはあるけど、メールで二回、面と向かっては一回。
 ラブレター…。なんか新鮮な感じ。

「ねぇ響子、なんて人から?」

「………書いてない」

「へ?」

「差出人の名前書いてない。あたしの名前しか書いてないよ」

 わざと書かなかったのか。
 それとも忘れたのか。
 どっちか分からない。
 もし、わざと書かなかったのなら、フラれた時用の保険だろう。
 でも、逆に本気で忘れたのなら、少し微笑ましい感じ。

「……どーすんの、返事?」

 友達がそう尋ねた。
 でも、答えられるわけがない。
 だって名前が分からないんだから。
 でも、友達の言い分はこうだ。

「今どきラブレターなんか出す奴がカッコいいわけがない!!」

 拳を強く握りながらの力説。
 あたしはそんなことはないと思う。
 でも、そこで反論しても何も生まれない。
 そのまま友達の持論に黙ってうなずいていた。

 そして始まる一時間目の授業。
 科目は英語。あたしは教科書を立てて、そっとラブレターを取り出す。
 その時の心境を語るとすれば、テストが返ってくる前の気持ちと似ていた。
 意味もなくドキドキして。期待感と好奇心が大きく広がっていく感じ。
 あたしは、ゆっくりと便箋を開いた。


『こんにちは、香山さん。
 この手紙を出したのは、他でもありません。
 僕は香山さんをずっと見ていました。香山さんは僕の事なんて気にしてないかもしれません。
 でも、僕は見ていました。いつも笑っている香山さんを。笑っている時の香山さんは、とても輝いていて。
 昔に香山さんが、僕が困っているときに、助けてくれた事を今でも忘れません。
 その時からです。僕が無意識のうちに香山さんを追うようになったのは…。

 突然で驚いたかもしれません。でも、僕の気持ちを伝えたくて、書きます。
 僕は、香山さんが好きです。それが、この手紙を書いた僕の気持ちです。
 付き合ってください。ただそれだけを言うのに、手紙を出すのなんて、可笑しいと思うかもしれません。
 でも気の利いた言葉とか、優しい言葉がとっさに出ない僕は、こうするしかありませんでした。
 一生懸命に考えた言葉をこの手紙に載せて、僕の気持ちを伝えたくて。
 ゆっくり、香山さんを想いながら、どうすれば気持ちが伝わるかとか考えて。
 今日の放課後、学校の裏に来てください。そこで返事を貰いたいと思います。
 万が一承諾するにしても断るにしても、来てくれると嬉しいです。
 では、長々と失礼しました。放課後に待っていますね。               』


 手紙は二枚。
 綺麗で丁寧な字で書かれていて。
 所々、書き直された箇所がある。
 きっと悩んで、考えて、あたしへの想いをつづったのだろう。
 顔は浮かばないけど、その人が自分の机でこの手紙を前に一生懸命悩んでいる姿が思い浮かぶ。
 それがなんだか、とても微笑ましくて。
 心が和むようで。

「……最後まで、名前がなかったなぁ」

 授業中に、周りに聞こえないようつぶやく。
 手紙のどこにも差出人は書いていない。
 それもなんだか、とても微笑ましくて。

「……おっちょこちょいな人なのね、きっと」

 自然と笑みがこぼれる。
 あたしは、丁寧に手紙を折りたたんで、再びそれを封筒に入れた。
 放課後、か。心の中で確認して、あたしはシャーペンと白い紙を手に取った。





 六時間目も終わり、放課後。
 部活に所属していないあたしは、すぐに帰るはずだけれど。
 今日は用事がある。学校の裏であたしを待ってる人がいる。

「………どんな人かな」

 心躍らせているあたし。
 その人がくれたラブレターを手に持って、学校の裏に着いた。
 そこに人影はない。まだ来ていないのだろうか。

「か、香山さん!」

 後ろから名前を呼ばれて、振り向く。
 そこには同じクラスの男の子。名前はたしか、近藤 勇樹くん。

「もしかして、これくれたの、近藤くん?」

「え? 知らなかったの?」

「だって、名前、書いてないよ?」

「え!? ウソ!?」

 近藤くんの反応が面白くて、少し笑ってしまった。
 彼は恥ずかしそうに頭を掻いて、顔を赤くしている。

「……あの、さ。香山さん。その、答えは――?」


 あたしは、近藤くんの顔を見つめながら、あることを考えていた。

 メールで告白してきた元カレのこと。
 メールでは、好きだ、愛してる、お前しかいない、なんて言ってたっけ。
 でもメールなんて勢いで何でも言える。
 気持ちのこもってない内容でも、スイスイ書ける。
 だって、なるべく早く返さなきゃいけないわけだから、熟考することは少ない。

 それに、面と向かって告白した人のことも思い出していた。
 口でなら何でも言える。思ってること、ないこと何でも言える。
 だからすぐに別れちゃった。だってその人の言ってることとやってることが、あまりにも違うから。

 でも、近藤くんの手紙での言葉は、ウソじゃないと思う。
 それは何回も書き直した跡が証明してると思う。
 自分のありのままの気持ちを。分かりやすいように、伝えやすいように。
 考えて、悩んで。それで書きつづった手紙に、ウソはないと思うから。


「近藤くん」

 あたしの声は、落ち着いていて。
 近藤くんは、自分の気持ちをこの手紙に書いた。
 だからあたしもそれに倣った。

「これ、読んで」

 あたしが手渡した手紙。
 二時間目から六時間目まで考えて出した答え。
 それを乗せたあたしの想い。


『こんにちは。名前は分からないから、ゴメンね。
 あたし、香山 響子はあなたの気持ちがよく分かりました。
 とても嬉しく思います。こんなあたしを好きになってくれて本当にありがとう。
 あたしも、あなたと付き合いたいと思います。よろしくお願いします。
名前の無いあなたへ』


「香山さん……これって!」

「うん。これからよろしくね、近藤くん」

 本当の気持ちをつづったあなたの気持ち。
 あたしの胸に、強く響いて。名前も知らないあなたを好きになっていた。
 近藤くん。この気持ちをくれて、ありがとう。






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Novel Editor