「よっ!」
うわぁ…。 あいつだよ…。今日の朝に会った変なやつだ。 やっちゃったなぁ…。
「……」
「おいおい! そんな変な目で見んなよ!」
いやいや。 変な目で見たくもなるよ…。 だって、明らかにこいつ変だもん。
「ところで、キミ、だれ?」
「ひっでえな! 今日の朝に自己紹介しただろ! 工藤 ハル! 覚えとけよな!」
ため息が出るくらいうんざりした気分だ。 何でこいつはあたしに付きまとうんだ? はっ! もしかして、ストーカーってやつ!?
「おい、聞いてんのか?」
……いや、いくらなんでもストーカーは無いかな。 ストーカーだったら、わざわざ姿を出すとは思えないし…。だったら、他に考えられることは…。 はっ! もしかして、新手のナンパ!?
「恩田 梅! 俺の話を聞いてんのか!?」
「ナンパはお断りだッ!」
「……は?」
なるほどね。やっと理解できた。 いくらあたしが可愛いからってナンパをするとは…。
「あたしはそんなに軽い女じゃないの! ナンパなら、他の人を当たってね!」
フフフ。 ポカーンとした顔をしてる。きっと断られたのがショックなのかも。
「なに言ってんだよ! ったく、わけわかんない奴だな…」
くっ! この男、まだ諦めないようね…。 どうやって撃退しようか…! 何かいい案は無いかな…!?
あたしが、この変なやつ――工藤 ハルをどうやって諦めさせようか考えている、ちょうどその時。
あたしの後方で、信じられないほどの轟音が響いた。
「……ッ!!」
な、なんだ!? 一体、なにがどうしたんだ!?
「もうおっぱじめやがった。今年の新入生は活気なこった」
男――工藤 ハルが呟いた。 あたしは何が起こったのかさえ、理解できていない。
「ね、ねえ! なによ、今の音は!?」
「ありゃあ、バッジ所有者のバトルだろ? んなことも知らないのか?」
バッジ所有者のバトルぅ? 意味わかんないし! しかも知らないのをバカにされてるみたいで、ちょっとムカつくし!
「さっき配られたバッジがあるだろ? それを賭けてバトルをやってるってわけ」
「へえ…それは初耳。でも、何でただのバトルで爆発が起こってるのよ?」
はっきり言って、そこが分からない。 あたしたちは女子高生ですよ? 孫○空のかめ○め波じゃあるまいし、ただ闘って爆発が起こるかっちゅーの!
「そりゃあ『クリスタル・バッジ』を使ってるからだろ」
「……これ?」
あたしの胸に付いているバッジ。 それを指差して聞いてみる。
「そ。それで闘ってんだよ」
「はぁ?」
やっぱりこの男は変なやつだ。 帰るときのついでに病院に付き添ってあげよう…。
「だから! これとドールを使って闘ってるんだよ! ちゃんと学校案内見たのか!?」
「……見て…ない」
あたしは、新しいゲームを買っても説明書なんて読まない主義だ。 だってメンドくさいし、それにゲームなんてやってれば分かってくるものだし。 そういう精神だから、このあたしが学校案内なんて読むわけないの!
「……アンタ、この学校で無事にやっていけるのか…?」
不安そうに、工藤 ハルが囁いた。 いやいや! なに言ってんのこの人! ってゆーか、この学校って普通じゃないの!? むしろ『無事』って何よ!? 下手したらケガしたりするってこと!?
「いいか? まず『ドール』って単語は分かるか?」
「そ、それくらい分かるわよ!」
これでも受験をくぐり抜けてきたんだから! 『ドール=人形』でしょ!
「言っておくけど、ただの『ドール』って意味じゃないからな」
「へ?」
「この学校の『ドール』っていうのは、俺たちのことだよ」
「……キミたち?」
「そう。この学校は女子高なのに、男子がいるのを不思議に思わなかったか?」
それはさっき思ったことだ。 とりあえず、うんうんと頷いておく。
「俺たち男子のことを、この学校では『ドール』って呼ぶんだ。 そんで、さっき貰った『クリスタル・バッジ』! これで俺たちを操るんだ」
……。 またわけのわからないことを。 彼の頭蓋骨を開いて、脳みそを見てみたいよ。
そんなことを考えていると。 再び、はちゃめちゃな爆発音が轟く。 さっきから闘っているという二人の戦闘が激化してきたようだ。
「くそっ! 説明は後だ! まずはここから逃げ――」
工藤 ハルが全てを言い終える、その一瞬前。 大きな爆発によって、砂煙が舞い上がった。それはあっという間にあたしたちを包んで、あたしの視界はゼロに近くなってしまった。
「ゴホゴホッ!」
「おい! 梅! 大丈夫か!?」
やつに『梅』なんて呼び捨てにされる義理は無ぁい! あたしは意地になって、返事をしなかった。
その刹那――。
爆発によって吹き飛んできた大きな影。 あたしが視線を上げると、そこには、大きな石……いや、岩石って呼んでいいくらいの岩があたしの頭上に。
「ううう…! うそぉぉ!!?」
あたしの物凄い大声。 きっと人生で一番大きな声じゃないかと思うくらい、腹の底から叫んだ。
「そこか、梅!」
立ち込める砂煙の中から、一つの影が飛び込んできた。 工藤 ハル。そいつはあたしの前に立ちふさがって、あたしに言った。
「俺に命令しろッ!」
「へ?」
こんな危機的状況だというのに! またこいつは意味の分からないことを!
「いいから! 助けろって言えッ!」
「え? え?」
「早くッ!」
なんなのよ、こいつ。 つーか、岩がもう目の前に来てるし…。 あたしの人生もあっけないものだったなぁ…。
「早く言えって! そうすりゃ助けられるんだッ!」
助かる? あたしが? ウソかもしれない…。っていうか、あの大きな岩が飛んできて、助けられるわけないし…。 でも…! あたしは、まだ死にたくないんだ! やりたい事とか、やり残した事だってたくさんあるんだ! ええい! 溺れる者はわらをも掴むんだ!
「た、助けて! お願い―――!」
「アイアイさー!」
あたしの助けを呼ぶ声が飛んだ、その瞬間――。 目の前に立っている工藤 ハルの体から、黄金の光がほとばしった。
「パワーマックス!」
工藤 ハルが、手を前にかざす。 そして、そこから放たれる金色の閃光。
その閃光が岩に直撃する。 あたしは、あまりの眩しさに目を瞑ってしまった。だから、岩がどうなったか分からない。
だけど、あたしが目を瞑ったまま、数秒が過ぎた。 岩はこない。何も起こらなかった。 怖いけど、勇気を出して目を開ける。
まず目に入ったのが工藤 ハル。 んで、その次が――。
―――粉々に砕かれた岩の破片だった。
「どう? 俺のこと見直した?」
「え…? なにが……どうなって…」
工藤 ハルがあたしに向き直って、自信満々な顔でそう言った。 あたしの方はというと、目の前で起こった出来事さえ理解できないで、ただ呆然とするだけだった。
「これが『ドール』の力。んで、その力を引き出すのが、アンタ――恩田 梅ってわけ」
『ドール』とか、力とか、意味が分からないけど…。 でもまあ、さっきまで死ぬような思いをしたわけだし、今は生きてるって事に感謝しよう。
ただ、この学校が普通でないって事は、よく分かった。 これから先の学校生活に一抹の不安を覚えながらも、あたしは笑った。 笑えば、きっと何でも上手くいくと思ったから。そんな幻想でも抱かないと、やっていけそうにもないし…。だから、笑っていこう。そう思うんだ。
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