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彼らの心は限りなく硬く。 作者:ガイア

第5回   ミルセアーリティファイネ
実地試験は特に何も起きず、普通に終わった。
連は受付に、課題の生徒手帳、血液、髪の毛を渡すと、自宅へ帰った。

連は部屋に入ると、鞄やブレザー、剣を雑に投げ捨て、ベッドに横になった。視界に見
える白い天井が今日は赤く見える。
「畜生……」
連は人殺しをしたことに許せなかった。勿論、これが初めてではない。過去にも、毎年不定期に人殺しの課題が出た。しかし、卒業を通してこんな課題は最悪だと思う他なかった。
(だが、オレは殺した。命を奪うことより、課題を優先した。オレもそこまで落ちぶれたか……)
連は誰も居ないのに、左腕で両目を隠した。連の部屋に、悔しさ混じりの涙ぐんだ声が響く。

朝。いつもより寒く感じる。外を見れば、雪が降っている。今年もよく降ったが、まさか三月に降るとは思わなかった。
パジャマを脱ぎ、黒のジーンズに焦茶のタートルネックセーター、上からダウンパーカに着替え、お洒落をし、部屋を出た。

「お」
約束の噴水にいたのは、青いジーパンに灰のセーターで、革製のジャケット、更
に藍色のマフラーをした男。雪が朝より強くなったので、傘をさして待っていた

男は気づくと、直ぐに寄った。
「寒くね?」
「うん。しかも雪だもんね」
「だよな」
男はマフラーを取ると、女の首に巻いた。
「……ありがと、雹」
「気にすんな」
蓼科雹は空を見た。空は一面雲が覆い、白雪が深々と降る。雪は何故か心を揺らすな、と雹は思った。
「行こ」
藤原詩音が笑って言った姿はとても綺麗だった。

来た場所は最近営業した大型のデパートで、学園中の噂だったので、雹と詩音がデートとして来たのだ。
「でけえな」
「うん」
デパートは七階建て、一階はフード店が沢山集まっていて、二階から六階までがショップ、七階は子供たちの遊び場となっている。
「どこ行く?」
「全部回って行こうぜ。何があるかさっぱりだからよ」
「だよね」
詩音は笑うと、雹の後をついて行った。

色々回った最中、雹は五階の本屋で立ち止まった。詩音はどうしたのと聞くと、雹は前を指さした。
(あ……)
詩音は理解した。目の前には過去に見覚えがある二人がエレベーターに乗っていく。
(及川と天城か!)
見覚えがある理由は、あまりにも有名だからだ。雹と詩音は互いに顔を見合わせ頷いた。
「間違いなくアイツらだ」
「うん。なぜここに?」
「そりゃ、デートだろ?」
「……そうかしら?」
「は?」
雹は訳分からない顔で聞いた。
「つけてみない?」
「……任す」
「ありがと」
詩音は目を瞑った。
初歩の技・探知で連と縁のオーラを探し、直ぐに見つけた。
「四階の……、工具に行ったみたい」
「何故そこまで分かるんだ?」
「スキルが高いから、かしら?」
雹と詩音は怪しまれないよう、普通に歩き目指しながら言った。
「嘘つくなよ。詩音は一度見聞きすれば一生忘れないってこと、今思い出した」
「それって誉めてる?」
「もち」
「ホントに?」
「マジスゲーじゃん、それさ。忘れないって良いことだぜ」
詩音は軽く頭を下げた。

連は黒の長ズボンに白のシャツの上に、黒のロングコート姿をしている。変わっ
て縁はシンプルに、白のワンピースに水色のカーディガンを羽織っている。
「これで直せるだろう」
「全く……自分で払ってよ?」
「当たり前だろ」
代金をレジ店員が受け取ると、お釣りを渡された。
「にしても……」
連は自分から左をちらっと見て戻した。
「どうしたの?」
「気がつかないか?」
縁は首を傾げると、連はため息をついた。
「さっきから二人、後をつけている」
「……逃げるの?」
「いや。多分、気配を消せば逃げられる」
「流石ね」
「探知を使えば分かる。明らかにオーラが違う」
「んー、確かに」
縁は手をポンと叩いて納得した。
「合図したら『不視』を使え」
「分かった」


「何処だ!?」
「逃げられたみたい」
雹は舌打ちをした。それについて、詩音は聞いた。
「なんでそんなに気になるの?」
「は?お前がつけないかって言ったんだろ?」
「そうだけど……」
詩音は何か言いたそうな顔をしたが、雹は追求しなかった。
「詩音は何故につけたんだ?」
「天城さんは私の憧れだからかな」
「……は?そんだけ?」
雹は軽いショックを受けると、直ぐ近くにあるエレベーターを呼ぶ二つのボタンの
下のボタンを押した。エレベーターはゆっくりと上っていることを扉の上の現在位置を示すもので見て分かった。
「帰るぞ」
「まだ全部回ってないよ?」
「……つけるなら一人でやれよ」
詩音は黙ったまま暫く立ち尽くした。

「巧くいったみたいね」
「だな」
連は駐車場に置いた、赤いレーシングバイクにキーをさしながら言った。
「相手ってどんな人かわかる?」
「お前、探知出来ないのか?」
「出来るけど、気配を感じるくらいのスキルレベルだから……」
「そうか」
連はメットを縁に手渡し、エンジンをスタートした。気勢の良いエンジン音が駐車場に唸った。
「相手は二人、間違いなく学園生徒だ。しかも高いレベルに属す奴らだ」
「探知を鍛えるとそこまで分かるんだ」
「乗れ」
バイクに乗り、連を後ろから抱いた。
バイクが二、三回叫ぶと、連は左右を確認した。そして、出口へ走らせた。

出口を抜けた先は白かった。
空は雪で満ち、雲さえ見ることは出来ない。道は白一文字で、轍が表れては消えていく。事故を拒んだのか、交通量は少ない。
連はタイヤにチェーンをつけていないので、轍の上をゆっくりと走った。
『大丈夫?』
縁の心配そうな声が内蔵されたホンから聞こえた。実際に心配されて当然だな、と連は思った。
『一応な』
連は一言だけ言っておくと、赤信号で停止した際に周りを見回した。
雪は連を揺らした。日本は酷い状況だ。以前は全く平和だったが、魔導者ラグセルテに破壊された。連を含める、ここ一体は何の影響もなく、都会を保っているが、ある四ヶ所は廃虚だ。その場所に人は居ないだろう。
(ラグセルテ……)
ラグセルテは何故こんな事をしたのか、上司に濡衣を着せられただけでこんな事をするのか、と連は深く考えていた。
『連、青だよ』
『あ、あぁ』
縁の声に現実に戻され、再びハンドルを握った。
(でも、少しは感謝してる。ネクシェル学園に来れた事を。『あっち』は面白くなかった。皆真面目で忠実、エリートだらけだ。誰一人会話をしなかった。日本に来れた事を感謝する)
連は安全第一に運転をしながら心で呟いた。
『縁、帰ったらどうする?』
『んー、何も』
『そうか』
『急にどうしたの?』
『いや、何でもない』
『ならいいけど……』

バイクは学園が提供しているマンションの駐車場で止まり、静かに眠った。
連と縁は自分の部屋に戻り、連は剣の手入れ、縁はシャワーを浴びていた。
「明日か」
連は剣を鞘に戻し、テーブルの上の手紙を手にして言った。表紙には“合否結果発表日”と一言書いてある。
「“受かってる”から問題ないけどな」
「何故ですか?」
全く気がつかなかった連は驚きでいっぱいだった。
「だ、誰だ!?」
「失礼。私は佐藤護と申します」
佐藤護と名乗った彼は一見大人しそうな人で、制服姿でメガネを掛けている。
(出来る……!)
「そうですか?貴方の方が強いと思いますが」
今度は冷静に判断した。
「へえ……。『全知眼』が使えるのか。」
「はい」
「さてはお前、スパイを訓練した者か」
「はい」
「そうか。で、何だ?」
「何故、受かってると?」
「それか。お前も分かってるんじゃないのか?」
「二、三有るので一応教えてもらえますか?」
護は笑顔で聞いた姿は逆に恐怖感を起こさせた。
「簡単に言えば試験内容で分かった。逃げるタイプと殺すタイプ、つまり死んだ奴は勿論失格だ」
「それだけでは―」
「受験生は五十三人。殺すタイプが二十七人、逃げるタイプが二十六人と考えていい。その内二十四人が合格。場合は簡単に五通り。殺すタイプが殺すタイプを殺す、殺すタイプが逃げるタイプを殺す、殺すタイプが殺せなかった、逃げるタイプが殺す、逃げるタイプが生き残る、だ。」
「…………」
護は何も言わないので続けた。
「殺すタイプが殺すタイプを殺した場合、逃げるタイプが殺す場合はあまりにも少ないだろう。メインは殺すタイプが逃げるタイプを殺す場合と逃げるタイプが生き残る場合だ。色々考えて三十人位が一次を受かる」
(なるほど。戦いを熟知している)
護は連の説明を一文字も聞き逃さずに静かに思った。
「そして、最後に殺すタイプは証拠を用意しなければならない。証拠不十分な奴は失格だろうな。結果、二十四人位が合格だ」
「流石ですね」
「気が済んだか?」
連は椅子に腰掛けて言った。
「もう一つ。貴方と松岡さんの戦いでの会話で」
「…………」
「貴方と松岡さんには別の名前があるらしいですね。言えるところだけ教えていただけますか?」
相変わらず笑顔で笑っている護の事を察し、連は無心になった。
「全知眼を使っても無駄だ。オレは無心で話すことが可能だからな」
「らしいですね。しかし、教えてもらいます」
すると護は眼鏡を正し、背から二つの棒を取り出した。一つは曲線を描いた刃物が輝いた。その二つを繋げて登場したのは、
「鎌か」
とてつもなく重量感を覚えさせられる鎌だった。振れば部屋全てが崩れるだろう。
「……要はオレとあかりの名は偽物ってことだ。それだけだ」
「名前は?」
「言えない」
「松岡さんも同じ国ですか?」
「一応、そうなるな」
護は息を吐くと、鎌を元に戻し、頭を下げて感謝の言葉を言った。
「ありがとうございました。ではまた会いましょう」
護は影に消えると姿を消した。
「『瞬間移動』も使えるのか」

朝。鳥の鳴き声が耳に入った。連はカーテンをサッと開けると、蒼い空が広がっていた。道路には車が数台走っている。
連は朝食を取り、迎えに来た縁と学園に向かった。途中会話は無かった。
「おはよう」
「おはようございます」
合格発表の紙が貼り出された人が込んでざわざわした中央掲示板の前に、以前見た二人が連と縁を阻んだ。一人は昨日に会った、護だった。
「そっちは?」
連は目で護の隣にいる女生徒を見た。連と縁の中間の身長で、体格はスマート。後ろ髪は二点、藍色の布で団子にまとめている。
「大空琴音よ。貴方達は良く知っているわ」
「護と琴音はパートナーか?」
「一応。それより、もし受かっていれば、私達と行動しない?いえ、貴方達と行
動していいかしら?」
連は左―縁を見て、互いに考えた。結局答えは出せず、
「……後で返事する」
先に合格発表の紙を見に行った。
何となく、琴音が笑っているように感じたのは気のせいだろうか。

「見えないよ……」
縁は気の抜けた声をだした。余り人混みが苦手らしい。
「縁、質問」
「ん?」
「自分で自分の名前を確かめるか、オレがお前の名前を確かめるか、どっちがい
い?」
連はそう言うと、縁は深く考えた。
「……自分で、かな」
「そうか。なら待つしかないな」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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