「…………」 「…………」 あかりと連は一歩たりとも動かず、互いに睨んだ。きっと、目を少しでもそらせば、結 果が見えるだろう。そんな緊迫した状況だった。森の泣き声さえ、二人には届かない。 (どうする……?) あかりは行動手順を頭脳でイメージするが、全く続かない。連とはそれほどの実力を持っている。眼前に存在するのは、紛れも無く己と互角の能力を所持した相手なのだと、そう考えるだけであかりは全身が震えた。 「……あかり」 「何」 あかりは落ち着きながら、冷静に返す。すると、 「時間の無駄だ。こちらから行くぞ」 連は立ちの構えから、深く低く姿勢を落とした。あかりは鏡に魔力をすぐに発動できるように準備しておくと、落ち着いて連を待った。二人は森に融けている。 「―――ハァッ!」 連は空いた右手から凄まじい光の線を発射すると、線の跡を追うようにして斬りかかる。 (へぇ……難度三の技を無詠唱で使えるようになったんだ) あかりはそんなことを呟きながら、ふわりと飛んで回避をすると、連の縦に振り上げられた剣を、浮いた鏡を手前にして防御した。 ガキンと音が鳴ると共に白い霧が散り、暫くそれは続いた。 (重量級の剣を糸も簡単に……!) あかりの顔が少し歪むと、連は両手で剣をしっかりと握り、 「閃光ッ!」 鏡へ全体重を掛けて振り下ろした。鏡と当たると、光が眩しく爆発し、一面真っ白になった。 (何も見えない……) 「螺旋」 どこから連の声が聞こえると、八つの光があかりの周りを捩るようにあかりの 頭まで上がると、光はあかりを絞めた。 「ぐッ…」 視界は少しずつ森林の世界に戻すと、連が右手をあかりに向けて立っていた。 「それなら鏡を使えないだろ?」 「やるわね」 あかりは笑みを浮かべると、八つの光は舞い散る雪になった。 「そんなんで、私を封じたつもり?」 「……分かってるさ」 連は森林が生んだ新鮮な空気を一つ呼吸した。いつも状況を判断する時には深呼吸する。落ち着けることが冷静を戻し、冷静は判断力を生む。幼い頃から行っていることで、今なら理論まで何となく分かっていた。 連は目を瞑って無心にする。その姿は、どんな攻撃も撥ね返す戦士のようにも見える。 あかりは眼前の連を見る。感情を無にし、しかし、脅えているのが読み取れた。きっと戦いに熟知した者しか読み取れないだろう。 あとは連がどんな攻撃を仕掛けるのか―それはあかりが『螺旋』によって捕縛されていた時に造った魔法陣を発動すれば分かる。流れを変える分岐点は今この時なのだと、あかりは悟っていた。 あかりは先を構わず、魔法陣が連の真下に浮き出した。途端、連は両手を離し、魔法陣へ剣を刺す。すると、魔法陣は白のまま、じわじわと消えていく。 連の四種の剣技の一つ・雲散霧消。魔法陣とは魔力保存の法則に従って造られており、その逆を行い、陣に塗られた魔力は行き場を失くし、解体した本人に蓄積しようと考えたのだ。 「それが雲散霧消?」 「初めてか?」 連は笑みを浮かべるだけで、技の説明はしない。だから、学園中の『幻の技』として噂にはなったが、噂とは風のようなもので、直ぐに聞かなくなった。 「噂は本当だったのね。貴方は四種の技を使うと聞いたわ」 「噂ねぇ……。確かにオレは四種の技を使うが、多分四ノ技は一度も使ったことはない」 「へぇ」 日常的会話から本題に戻すと、あかりは鏡に魔力を込めた。姿はとてもつなく怒りを感じさせ、地震のように揺れている。 連は鏡を見ながら呟いた。 「叩いたはずなのに、傷一つないな……」
森林地帯は荒れ始めた。生徒達の血を吸いたくないからだ。開始から半日、脱落者は二十に達した。 日没まで約一時間になった頃。縁は樹の無い広い丘に生活必需品を用意した。 丘は森林地帯の北部に位置し、広範囲に及び樹などは生えていない。一応ここも試験場内で、決して脱落で来ているわけではない。それに、 「景色が素晴らしいこと」 縁が丘を選んだ訳ではない。連は、『丘なら攻撃する為に見晴らしが良いから、平地よりはマシだろ?』と普通な考えを言って、縁は仕方なく丘へ来た。 「連、まだ?」
連は再び連続攻撃を与えていた。 魔法とは難易が高い程、発動する為の魔力と時間が必要になり、それを阻止するために連続攻撃をしていた。 あかりは鏡で防御し続けた。そして、一度連から離れるために、攻撃の衝撃で吹き飛ばされた。 連は攻撃を止め、立ち止まった。 「無駄よ!私の指輪がある限り!」 よく見れば、あかりの左中指に、紫の石が入った、銀色の指輪がある。 (あれは……まさか、「大地の癒し」か?) 連は汗を拭き、あかりの周りに魔法陣が現すと、再び汗を拭く。 (やばい!) 「レイ!」 あかりは二十四発の光線を一斉発射した。 連は剣を横にして防御の構えをしたが、そんなダメージなんか耐えられるわけがなく、 「グッ!!」 剣は手から離れ、殆どを受け、連は樹の幹に叩きつけられ、よつんばいに倒れると、血を吐いた。 「一命は取り止めたな」 「シェルで半滅したのね」 連はゆっくりと立ち上がった。どうやら剣によって手首を痛めたらしく、手首を押さえている。他にも所々に火傷が目立つ。 「でも、次はないわ」 あかりは変わらずの姿で、手に炎が集まっている。 (複か、単かで決まるな) 「ストライク!」 あかりの手からは、 (単!!) 一発の火の塊が連を襲ったが、連は死の決意とは思えない笑顔をしている。 連は塊に突っ込み、剣で突く。すると塊は剣に吸収され、更に剣は光を帯ている。 「これが三ノ技、有為転変だ!」 連の三ノ技・有為転変は、今までに溜めた吸収エネルギーを付加エネルギーに転換し、自分と武器に増加する難度の高い技だ。 しかしこの付加系統の技は数秒しか持たない。だが、連は違う。なぜなら相手のエネルギーを使用しているからだ。付加は自らのエネルギーを使用する為に消費を避けるべく数秒で止める。ならば相手のエネルギーなら自らはエネルギーを消費しないと考えたのが連の三ノ技になった。 連は全身光を纏い、 「天崖!」 剣で鏡を破壊し、宙に浮いたあかりの首を持ち、地に叩きつけた。あかりは気絶したらしく、身動き一つしなかった。 「うっ…」 あかりの視界に見えたのは満天の星達だった。今の日本にもこんな景色が見れるのか、あかりはそう思った。 「気がついたか」 あかりは顔だけ右へ向けると、焚火を挟み、二人が丸太に座って猪の肉を食べている。 あかりは上半身を起こすと、過去を思い出した。 「何故私を?」 「助けたか殺さなかったかどっちが聞きたいんだ?」 「両方よ」 「殺さなかった理由は三つ。オレは人殺しを好まないから。次に課題は終わったから。そしてお前は生きる価値があるからだ」 あかりは何も言えず、連は続けた。 「助けた理由は、三つ目と同じだ」 「…………」 連は食い終わり、あかりの隣へ寝た。 「攻撃しないなら一泊していけ」 「……ありがと。連、縁」 「気にせずゆっくりしてって」 縁はあかりに笑顔で言った。あかりは縁の科白に吹き笑いした。 「まるで夫婦ね」 「な……!」「違……!」 連と縁は目を合わせると、直ぐにそらした。 (うらやましいわ) あかりは久しぶりに心地よくねむった。
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