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黒猫の緑眼。 作者:じゅえる

最終回   拒食症の花嫁と球体関節人形を創る事が生き甲斐の花婿。怒ってばかりいると毛虫にも嫌われちゃうよ?

『ひなた』くんから電話が掛かってきていた。伝言。
「もしもし、『ひなた』ですけど。退院しました。両手骨折です。両手ギブスしてるんだけどさぁ。久し振りに声が聞きたいと思って電話しちゃったんだけど。…まぁ、家に居るから電話してきてー。03ー××××ー××××…待ってるねー。」

でもあたしが掛けた時は既に伝言が入っていた時間から3時間は過ぎていて、『ひなた』くんの家の電話は留守電になってしまった、ので切った。『ひなた』くんの自宅に電話を掛けるのは、やたらと緊張するから嫌い。『ひなた』くんは多分自分1人しか家に居ない時にしか、あたしに「電話掛けてきて」って云わないけど、それでも家に掛けるのは嫌い。
『ひなた』くん、退院したんだ。良かった。退院して、あたしに電話を掛けてきた事が素直に嬉しかったなんて、結局あたしは『ひなた』くんからの連絡を待っているんじゃん。変わってない。成長してない。駄目だ。
留守電に入っている『ひなた』くんの声を聞いて、聞きながら、ニヤニヤしてしまった。嬉しくて。…嬉しくて!?噫、なんてこった。あたし、『ひなた』くんの事をまだ好きなんじゃん。莫迦だ。『ひなた』くんが携帯電話を持っているなら、あたしは何回か電話を掛ける事が出来るけど、『ひなた』くん家の電話には掛ける事が出来ない。こういうのも携帯電話依存症なのかしら。「電話して」って云われても、家の電話って、何だか掛けにくい。携帯電話だと、相手が必ず持っている感じがするから(それに本人しか出ない気もするから)、家の電話に掛けるよりかはずっと気が楽だ。だからあたしは『ひなた』くんの家の電話に1回しか掛けなかった。しかも留守電になっちゃったしね。留守電に伝言入れちゃいけないしね。ちょっと話したかったから、留守電になった時にもう1回くらい電話しようかと思ったけど止めた。『ひなた』くんの家、ではなくて、『ひなた』くん達の家、だから。なんか、ビビってんだなぁ。結局。弱いあたし。『ひなた』くんに対して、常に弱くて情けないあたし。これはあたしの好きなあたしじゃない。これは恋愛じゃない。ない。じゃあ何でしょう。この気持ちは何でしょう。
『ひなた』くんに対して、最初は舞い上がって浮かれてニヤニヤしてるあたし。少し落ち着くと何でかネガティブになる。「久し振りに声が聞きたいと思って」って『ひなた』くんが云った事に、あたしは「久し振り」で良いんだ、あたしの声を聞くのは。って思った。そんなもんかな。『ひなた』くんは1年経った今でも、あたしの事を「都合のいい女」ってしか見てないんだなぁ。自分の都合の良い時に、付き合う女。それがあたし。意味なんて無い。逢いたい時に逢う。話したい時に話す。そんな女。それがあたし。莫迦だ。
あたしは『ひなた』くんに対して期待し過ぎているんだわ。そんな事はとうの昔に解っている筈なんだわ。なのに何故まだこういう事に対して落ち込んでいるのかしら。まだ期待してるのね、きっと。莫迦ね。あたし。
恋愛は、愉しい事ばかりじゃないよ、って、辛い事も悲しい事も沢山あるんだよ、って、でもそれは恋愛していればの話であって、あたしが今感じている感情は恋愛としてではなくてもっと短絡的な、独占欲とか嫉妬、利己的な、私利私欲が叶えられない事への苛立ちであったり。だから辛くても悲しくても、あたしの感情は汚いんだわ。自分の事を可哀想がっているんだもの。自己陶酔。それでも『ひなた』くんには逢いたいなぁ。逢って、抱き締めて欲しい。キスして欲しい。名前を呼んで欲しい。にゃぁおう。


遠くに行ってしまったんだろうと半ば諦めていた俺は、今日も意味も無く庭に出て彼女の帰りを待つ。
待つ事しか出来ない今の俺ってば一体何の為に生きてるんだろう?なぁんて、何でこんな事考えてんだよ。暇だなぁ。時間に追われてる訳でもない俺は、頭ん中に余計な事を考えて毎日highになったりlowになったりする。兎に角暇人なんだわ。今日は天気が良い。快晴。気温も湿度も俺には快適だ。午前5時。夏の朝は好きだ。太陽が眩しい。庭の紫陽花に雨蛙が居た。
君は今何処で何をしているんだろう。君は俺に逢いたいと思い返す事が無いんか?なんてな。君にとっての俺の存在がすっげぇチッポケな存在でしかないって事は、随分前にちゃんと気付いたよ。うん。それでも俺は庭に出て毎日毎日毎日、君の事だけを考えているんだ。異常なくらい、君の事しか考えていないんだ。君の事しか考えらんないみたいだ。俺って本当に暇人なんだな。本を読んでいても、映画を観ていても、空を仰いでいても、雲を眺めていても、たまに友達と遊びに出かけても、君の事ばっかり考えているよ。豆腐の角に頭を打つけて君の事だけすっかり忘れちまいたい。今、俺の脳味噌は、君の事だけ忘れてやろうって気が無いみてぇだぜ。チッ。豆腐の角で頭をぶつけて、生意気な脳味噌に微々たるダシでも入れて、豆腐の味噌汁を作って喰ったら俺もすこぅし時間の使い方を考えるかもしれないね。うまい味噌汁の作り方とか。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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