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黒猫の緑眼。 作者:じゅえる

第25回   家に帰る白頭鷲。迷彩模様になった象。消えた狼。トランクに詰め込まれた美しい銀色の雌狐。


彼女はまた歯磨きをしている。口からは歯磨き粉がはみ出している。さっき一度うがいをしていた筈なのに、どうやら俺がビールを取りにキッチンへ行ってリビングに戻る間にまた歯磨きをしたくなったみたいだ。心配事や考え事があると、彼女は歯磨きをする。酷い時には1時間磨き続けていた。歯磨きをしている時の彼女は、視線が定まらず、疲れた顔をして、病人かジャンキーみたいに見える。俺は歯磨きをしている彼女を物凄くセクシーだと思う。



『ひなた』くんは、『カイリ』さんと別居すると云っていた。其れは、『カイリ』さんが今一緒に住んでいる家から出て行くという事なんだろうか?本当に別居するのかしら。『レイラ』ちゃんはどうなるんだろう。『カイリ』さんが連れて出るんだろうか。

そして、なんであたしがこんな事考えなきゃいけないんだ?
最低だ。不安な感情が抜きん出てくると、『ひなた』くんの事をやたらと考える。そうなる時以外はあまり考えなくなった。考えない様にしているんだろうけれど。考えていたって、何かが変わる関係ではないから。何かが変わって欲しいと思っているから、結局期待しちゃってるんだけど。電話を待っているのも、そのせいだわ。今はあたしから電話を掛ける事が出来ないから、「電話に出ない」って不安が無くなっている。だけど、電話が出来ないから連絡をあたしから取れなくて、待ってばかりいる今は一体あたしにとって何なんだろう。何の為に待っているの?何やってんだろう、あたし。待ってんのか?あたしは。『ひなた』くんを、待っている?待ってるからって来るワケないのに。来るって期待してるのが楽しいんだろうか。解んない。



四葉のクローバーをみつけたよ。
君はソッポを向いて煙草を吸っている。
空は青い。
遠くには雷雲。
ゆるい南風。
地平線は緑。
世界は総て草原なんじゃないかと錯覚する。
呼び掛けた僕の方をゆっくり見た君は、銜え煙草で煙に咽せた。
興味なさそうにノロノロと僕の方に近付いて来ると、僕の持っている四葉のクローバーを手に取った。

「4枚の葉に、幸せを呼ぶ力があるって?」
「解らないけど、迷信を信じる事に力があるんじゃない?」
「興味ないね」

太陽は真上に。
遮られる事の無い直射日光。
ジリジリと皮膚を焼いて、意識を朦朧とさせる。

「暑い」
「喉が渇いたわ」
「帰ろうか」

君は無言で煙草を踏み消して、僕の手を握った。
踏みつぶされた草が、青くキツイ匂いを放つ。
こんなに暑いのに、君の掌はドキッとする位冷たくて、まるで死人みたいだった。
僕の掌は暑さにジットリ汗をかいているってのに。
真っ白な肌の君。
蝋人形の様な、滑らかな肌の感触。
陶器の様な、冷たい体温。
柔らかさだけが、君が人間だって事を証明している。
でも君は本当に人間なんだろうか。
僕と目が合った君は、笑う。


ニヤリ。





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Novel Editor by BS CGI Rental
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