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黒猫の緑眼。 作者:じゅえる

第18回   懺悔するフラミンゴ。水玉模様の好きなPUNX.ダイヤモンドの涙。足りない嘘。千切られた舌。

金色のトナカイ。


I miss you.
石鹸が無くなってしまった。買い置きはあったっけ?何処に閉まった?覚えてないや。嗚呼どうしよう。バスルーム、キッチンの引き出しから戸棚、玄関の備え付けの靴入れの中。全部ひっくり返して探しまわった挙げ句、結局1度探した筈のキッチンの戸棚から石鹸はヒョッコリ姿を現わした。そんなもんだ。
I love you.
やっぱりシーツは乾燥機にかけるんじゃなかった。又だ。マットレスより幾分小さくなっている。縮まないとタカを括ったのが悪かった。しょうがないなぁ。気に入ってたのに。無理矢理引っ張りながらマットにシーツを被せていたら、折角綺麗に伸ばしていた親指の爪が割れて無惨に剥がれ落ちた。SHITTTTT!!!
彼が来る前だっていうのに!
I want you.

デートしようか?
ドライブしようか?
俺ん家に来れば?

其の気が無いなら、そんな嬉しくなる言葉吐いてあたしを喜ばせないでよ。期待させないでよ。その台詞、大っ嫌いよ。2度と言わないで。あたしを泣かせないで。哀しませないで。
I hate you.
どうしたの?落ち込んでるの?何があったの?あたしには、言えない事?


I know your here.
It's my true.
It's full moon.

蒸し暑くて、とてもじゃないけれど眠れなかった。今夜は熱帯夜だ。窓を開け放って、クーラーをつけていなかったから、部屋の中は熱気と湿気で居心地が悪かった。外は雨が降っている。雨音だけが、心地良いリズムを奏でていた。さっきから一体どれくらいの時間が経ったんだろう。時計を見ると、4時を過ぎていた。午前4時の雨。悪くない。部屋の中は、お香の匂いで満ちていた。眠れずにずっとパソコンに向かっていた間、絶え間無くお香を薫き染めていたから、熱気とお香の甘い匂いで頭がクラクラしている。キッチンに行って、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出して一気に喉に流し込んだ。胃が悲鳴をあげた。リビングから、つけっ放しのTVがチカチカ白い光を放ちながら喚いていた。見ると、観た事のない洋画が流れていた。ミネラルウォーターを片手に、ソファに沈み込んで、何ともなく洋画を観る事にした。煩いから、音を消した。雨の音だけが、耳に入る。TV画面は、グロテスクな人魚が船員達を次々に食い殺しているシーンを音も無く流している。月明かりの下の甲板で艶かしく光る人魚の躰と、鈍く光を反射している食い殺された人間の血液が、やけに美しく見えた。

日曜日。ベッドの上で、堪えられなくなって泣いた。何が苦しいのか、何が悲しいのか解らない。解らないけれど、泣きたくなって泣いた。涙は止まらなくて、どんどん溢れ出てきたから、泣き続ける事に身を任せた。カッターナイフを片手に、もう片方の腕を切った。別に死ぬ為に切った訳じゃ無い。切りたくなったから、切っただけだった。1筋、切ったら、思ったより綺麗な赤い血が最初はウッスラと、次第に垂れ落ちる程に流れ出た。あんまり気持ちが良かったから、何度も切った。片腕だけでは物足りなくて、結局は両方の腕に切り傷をつけた。涙は止まり、快感が襲い、血は止まる事無く流れ、いつの間にか眠りに落ちていた。

腕の切り傷は、消えないまま残った。色白のあたしの腕に、傷痕はやけにクッキリ遺った。
そして、此の傷痕は無駄に周りの人間達からの注目を浴びる事になってしまった。リストカットなんて呼ぶ様な大層なモノじゃないのに、この傷痕は見る人にリストカットを思わせる様だった。是は唯の切り傷なんだって思われないらしい。説明するのも面倒くさいから、敢えて何も言わなかった。黙っていたのが、逆に悪い結果を齎す事もある。この場合はまさにそうだった。心配されるのは、案外気持ち悪い時もあるんだな。

『ひなた』くんはあたしの腕を最初に見た時に、極素直な反応を示して「どうしたの?」って聞いてきた。答える様な話でも無いから、笑顔で腕を隠したら、それ以上は聞いてこなかった。あたしは安心した。ところが次に逢った時、『ひなた』くんはあろう事か腕の傷痕にキスをしてきた。その次に逢った時、「『じゅえる』の事切らせてよ。リストカットさせて。『じゅえる』の血を舐めさせて」って云った。『ひなた』くんはコカインで極まってたけど。あたしが「良いよ」って、答えたのに、未だに『ひなた』くんは切ろうとしてきていない。其れからあたしに逢う度に、『ひなた』くんはこの傷痕を見る様になった。直視する訳じゃなく、さり気なく。其のまた次に逢った時、『ひなた』くんは傷痕をチラッと見て「最近、『じゅえる』は大丈夫なの?」って聞いて来た。何が大丈夫なのか、何も大丈夫なんかじゃなかったけれど、何となく「大丈夫だよ」って答えておく事にした。大丈夫じゃないと答えても、別に変わりはしないから。

『まりあ』がこの傷痕を初めて見た時、何故か彼女は酷く落ち込んで「2度と傷付けないで」って云った。あんまり落ち込んでしまっていたから、彼女を安心させる為に「もう傷付けない」と約束をしてしまった。『まりあ』との約束をそうそう早く破る訳にはいかないから、暫くは入れ墨を躰に彫ってもらう事で我慢する事にした。




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Novel Editor by BS CGI Rental
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