君にとっての茨の路は、一体どんだけ辛い路? 俺と一緒に歩けば、君は笑ってくれるだろうか? 君の笑顔が見れるなら、俺は茨の棘から君を護ろう。君を傷付けようとするモノ全てから。君を傷付ける可能性の有るモノなんて、俺がぶっ壊してやる。だから、俺に君の笑顔を見せてくれよ。君の笑顔を俺から奪うモノが有るのなら、俺はソイツを完璧に消滅させるから。俺にだけ、笑顔を。
「また来る?」 「また来るよ」 「…それって、近い内に?」 「…んん。うん。近い内。近い内に来るよ」
またこの会話。近い内になんて来ないクセに、『ひなた』くんはいつもこう言う。あたしが聞くから。あたしが期待して聞くのが『ひなた』くんは解っているから、期待に応える。そして云う。 「タクシー代ちょうだい」 『ひなた』くんは、あたしの家に来る時、タクシー代を請求してくる様になった。『ひなた』くんはあたしの”ヒモ”になりたいんだそうな。大莫迦野郎だ。タクシー代をあげれば、『ひなた』くんはあたしの側から居なくなってしまう。もう少し側に置いておくために、あたしは聞かなかったフリをする。さっきまで『ひなた』くんとセックスしていたベッドで毛布に包まる。(寝てやろうかな。)なんて。 「解った。もう少し居るよ。一服してから」 寝転んだ儘のあたしを見て苦笑しながら、『ひなた』くんはマリファナを取り出してベッドに腰掛けると、美味しそうに(噫、あたしの好きな顔だ)煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。やった。『ひなた』くんが居る時間ゲット。毛布から頭を出して、『ひなた』くんの膝に乗せる。えへへ。膝枕だ。 「何甘えてんの?」 甘えてないよ。 「甘えてんじゃん。…躰全体で甘えてる様に見えるよ」 甘えてないよ。 「お前は甘えるのが上手いな。猫みたいだ」 …嬉しくない。 「ふふ。そうだよな。嬉しくないよな。…今日は甘くならないの。サバサバしたいの、俺は。帰る」
ムカついたあたしは財布をベッドから落とす。ワザと。ボタンを閉めていなかった財布から、落ちた衝撃で千円札が何枚か絨毯の上に散らばった。 「ねぇ『じゅえる』ちゃん、タクシー代ちょうだい」 …FUCK!!!―――あたしはベッドに寝転がったまま、無言で散らばっている千円札を指差した。 そして無言で彼の目を見て心の中で云う。
『拾え』
7千円を拾ってシャツのポケットに突っ込んだ『ひなた』くんが、毎度の事ながら殴り倒したい程ムカつく糞ガキに見えた。畜生。あたしの方が弱い。 『ひなた』くんは来月、『カイリ』さんと別居するらしい。「来月になったら別居する」って台詞を、あたしに逢いに来る前の電話と逢ってからの会話の中で”3回”も云った。あたしに云う程、別居するのが『ひなた』くんにとってショックな事なのか、あたしに「別居する」っていう事を伝えたいのか、あたしの反応を見たいのか、『ひなた』くんの意図も心境もあたしには微塵も解らない。解りたくないから、解ろうとなんてしてやるもんか。『ひなた』くんのする『カイリ』さんの話は、あたしを不愉快な程ズタズタに傷付けている事を、話している『ひなた』くん本人はまるで解っていない。あたしは、ズタズタになりながらも話を聞いているあたしが厭だ。弱過ぎる。まだ勝てない。 『ひなた』くんが玄関であたしにキスしてくれるのは、あたしの事を好きだからだと良いな。 帰って欲しくなんてないから、あたしは『ひなた』くんにいつもより永いキスをした。『ひなた』くんの手があたしの首と腰に回る。玄関から少し家の中へ身を乗り出してくる。 「終わり。お前のキスはやっぱり気持ち良い。俺勃起してきちゃった。帰る」 あーあ。もっとセックスしたくなる衝動に駆られるキスが出来る様にならなきゃ。
『ひなた』くんが帰った後の部屋の感じ、あたしは嫌いだ。ベッドのシーツを替えようとして、なんだか無性に悲しくなった。そのままベッドに寝転がって、あたしはいつの間にか眠りに落ちていった。 次は、いつ逢えるんだろう。あたしは後、何回『ひなた』くんを待って泣くんだろう。
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