「実は…私と晶くんは幼なじみなんかじゃないの。違うの…」 「……え…?」 ついさっきまで幼なじみだと思っていた少女、紅花は突然そんなことを言い出した。 「どういう…こと?」 彼女とは家が隣同士で小さいころからよく遊んだ仲だった。 (中学生の今でも一番の親友にお互いの名前を挙げるくらい仲がよかった…のに) 今一緒にいる場所、そこはデパートの廃墟だった。 数年前建設を中断したそのままの状態なので、小さいころは危ないからここには近づくなと言われてきた。校区内でも一番の“危険地帯”と指定されている。もちろん二人ともここに入るのは初めて……なはず、なのに。 紅花は複雑に入り組んだデパートの中をまるで熟知しているかのように進んでゆく。 やがて、一番上の階で紅花は立ち止まった。紅花は大きく息を吐いて、 「今からやること、よく見てて」 それだけ言って、そして――――
浮き上がった。
「え!?」 目を疑った。 紅花はやはり、宙に浮いている。 「驚かせてごめんね。これから言うことも、晶くんは驚くと思う。……でも」 紅花はそこでいったん区切った。そして、話し出す。 「私は三年前、この時代にやってきたの。二十年後から…時を越えて」 しばらく、自分の耳を疑った。 (うそだ) 「だって紅花ちゃんは…十四年も前から……僕と」 「それは変えられた記憶。本当の記憶は三年前からのもの」 (信じられない) 「……三年前……私はこの時代にやってきた。…未来では、みんな何か超能力が使えるの…。私が時を越えたのも、能力の一つ。私と同じように時を越えた人は他にもたくさんいるのよ」 「紅花ちゃんみたいな人が、たくさん……?」 「ええ。ここはそんな人のために作られた基地なの。隠蔽するために特殊なバリアをかけて、みんなには『危険だ』っていう噂を流したの」 「そうだったんだ……」 「うん…。………でもね…」 「でも…?」 重苦しい、沈黙が訪れる。 晶は、彼女が話し出すのをじっと待っていた。 しばらくたってやっと、彼女が口を開いた。 「でも…………もう…帰らなきゃいけないの。二十年後に」 「!? ………ッ、どうしてッ!? だってそんな……突然……」 「………私の世界…、つまり、今から見て二十年後で、何かあったみたいなの…。過去に行っている人は、全員戻らなきゃ、いけないの…」 その言葉は、あまりにも重く、二人にのしかかる。 (紅花ちゃんが、いなくなる) (もう、会えない)
それからだいぶ長い間、二人は何も言わなかった。二人の周りを静寂だけが支配していく。
「…………ねぇ」 やっと、紅花が口を開いた。 「なに」 「二つだけ……約束、してくれる?」 「うん。なに?」 紅花は晶の方を向いて、微笑んだ。 「これから、どんなことがあっても、私のことをずっと忘れないで。あなたが覚えていてくれないと、私はこの時代にいなかったことになっちゃうから…。…約束、だよ」 「……うん」 間をおいて晶は答えた。ゆっくりと、その言葉の意味をかみしめるように。 「…忘れない……忘れないよ」 それを見た紅花はもう一度笑顔を作って、飛んできて晶に抱きついた。そして、 「………ありがとう」 小さく、言った。 そして、晶は疑問を口にする。 「ねえ、紅花ちゃん」 「なに?」 「何で、紅花ちゃんはこの時代にきたの? しかも僕のところに……。―――まさか、」 紅花は晶がその続きを言う前に晶の口を軽く、押さえた。 「ふふ…きっと、そのうち分かるわ……。きっとね…。………約束のもう一つ。………待ってるから」 「え……? …あぁっ!!紅花ちゃん!!」 晶が見ると、紅花はもう、半分以上消えかけていた。 「ホントに…ありがと。晶………」 「紅花ちゃん!!!」 紅花が、消えてゆく。 「くれか……」
そのとき。 晶は確かに聞いた。 紅花の最後の言葉を。
「いつか、また逢おうね。……待ってる……か…ら……」
「…………ッ、紅花ちゃん!! 紅花ちゃん!!!!!」
(紅花ちゃん) 晶は、しばらく彼女のいた場所を見つめ続けていた。 そこに彼女がいた痕跡は、残っていない。 ―――いつか、また逢おうね。 脳裏に彼女の言葉が甦る。 彼女は最後まで、「さよなら」など言わなかった。 (もう逢えないとは限らないじゃないか。紅花ちゃんと、約束したんだ、また逢うって) 晶の顔には、微笑みさえ浮かんでいた。 晶は、自分の思いを言葉にはしなかった。 かわりに、胸の奥で、つぶやいた。
―――いつか、また……
そして、二十年後、 二人は、
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