世界はロマンな嘘と汚い嘘でできている。
王子はシャンパンを取って一つを自分に、もう一つを他国の姫・イザベラに渡した。 恥じらいを見せながらも受け取るイザベラになれたように王子は笑顔を返した。 縦長のフルート方のシャンパングラスの中で炭酸が嬉しそうにはじける。 一方で皿に盛られた赤い南国の果実が2人にやきもちを焼いていた。
イザベラはもう少しで王子の妻になると周りでは噂をしていた。 普通なら嫉妬やらなんやら面倒な事が起きるが、彼女の容姿がそれを妨げた。 女性にしては長身でその分スタイルも申し分なかった。 どんな女性でもここまでよくては皆ひがめなくなってしまった。 「盗賊って怖いわ。一体どんな人なのかしら。王子様の宝も大丈夫なの」 舞踏会は国宝を盗む事を宣言した盗賊の話で持ちきりだった。 盗賊・ルキは世界中に知られる名高い悪党だった。 「大丈夫ですよ、お姫様。城には衛兵がついています。あなたは僕が身をはってでもお守りします」 「あら、たのもしい」うらやましげな姫たちを裏目に王子に抱きついた。 各国の姫たちは鋭い視線を投げながらも、姫なら王子とよく似合うと感嘆の声をあげた。
ダンスホールの人が増え、ワルツを踊る人ごみにまぎれると王子と姫の表情は一瞬にして変わった。2人の表情は童話に出てくる意地の悪いキツネのようだ。 「ルキ、あなた王子そっくりね。本物かと思っちゃった。まぁ、ホンモノは部屋でぐっすりだけど」 「バカ王子にそっくりなんて嬉しくないな」お姫様が可愛くうふふと笑った。 「馬鹿でももっているものは最上級よ。あなたが盗んだピンクダイヤの何倍?」 さぁといって王子に扮した盗賊・ルキは笑った。海賊と王子の価値観はどう違うのだろうかと顔をしかめた。見てきた宝石の数は大して変わらないはずだ。 「あいつね、あたしに骨の髄まで惚れているの。あたしが言う事は全部信じるのよ」 海賊が王子に扮するために身に着けたワルツを上層階級に見せびらかすように、 人の中を踊りぬけていった。大きな赤いマントが何度も風で翻る。 「だったら結婚すればよかったのに」結婚すればもっと金を得て、誰もがうらやむような暮らしができるんじゃないかと聞くと、イザベラはぷっと吹き出した。 「結婚はいや。こんな小汚い城に暮らせると思う?海のある、広い所で一生暮らしたいのよ」 イザベラは王子の肩に頭を乗せた。姫の巻き髪がこぼれていく。 姫の髪は妙に量が多くて、今にもルキの首に巻きついてきそうだった。
ワルツの演奏が終ると、人々は談笑をしたり、食べ物を皿にとったりしていた。 「金と宝石のやまわけは半、半だからな。せこいまねすんなよ」 海賊は貴族達に挨拶しながら、笑ったまま姫の方にささやいた。 「わかってるわよ。あたしだって城から出ていけるお金があればいいの」 「王子」 従者がドアの所からすまなそうに王子を呼んだ。 ほら王子様!と姫に小突かれしぶしぶといった様子でドアのほうへ向かった。 それなりに王子の事はわかったはずだが、海賊は細かい事でぼろが出てしまいそうで少し恐れていた。 従者の顔は真っ青で、以前仕事で人を脅した時のあのオヤジとそっくりだなぁと感心していた。 「王子、大変です。ほうせきが、宝石が盗まれました」 海賊は耳を疑った。 姫はここにいて、王子はイザベラに殴られ、今部屋で気絶しているはずだ。 そして、盗賊はこのオレだ。それ以外に誰がいるというのだろうか?
「盗賊の仕業だそうです。部屋に王子宛の手紙が」海賊は従者から手紙をひったくった。丁寧に閉められた封を開けた。 『王子にあたしの事ばれたみたい。これまでの事あんたに無理やりやらせられたって言っちゃった。ごめんねルキ。でもね、あたしが海で暮らしたいのは嘘じゃないのよ。バイバイ』 最後にピリオドのようにキスマークが打ちぬかれていた。 「あの女・・・」 激しい怒りに は手紙をくしゃくしゃにして床に投げつけた。 「王子?」 甘ったるい声に体中に悪寒が走る。
王子はルキが1人で盗ませたと思っているの。
ほらあの人あたしのこと愛しているから。骨の髄までアイシテル・・・
俺と、姫以外にあと、残っている駒は誰だ・・・?
強く大きな手が右腕を掴んだ。腕につめが食い込んでも怖くて振り返れない。
オレ、 本当はあんたの事先におんなじことして捨てようと思っていたんだ。 たかがお嬢様育ちのお姫様に負けるなんて。 随分笑わせてくれるじゃないか、なぁイザベラ。
「つかまえた」低い声で彼は嬉しそうに言った。
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