こんな時に限ってコピーの調子が悪い。 今日は主任の機嫌が悪いのだ。少しでも時間がかかれば、何を言われるかわかったものではない。 ああ、また紙詰まり。 私は舌打ちしそうになるのをぐっと堪え、コピー機の前カバーを開け、紙詰まり部分のツマミを捻る。コピー機の内部で、詰まっていた紙が、ごしゃ、ごしゃ、と音を立てて移動する。そうしてロール部分から脱出した紙を引き出す。 さっきから、何回この行動を繰り返していることだろう。 もう、イヤになるなぁ、と息をついたとき、もう一台のコピー機が私の視界に入る。 古いコピー機で、動作も遅いので、今は殆ど誰も使っていない。 それでも、今のこのコピー機よりは、使えるかも。 私はそう思い、原本を取り出して古い方のコピー機の上部カバーを開けた。 スタンバイ状態になっていたらしく、すぐに電源が入る。 原本をコンタクトガラスにセットして、必要枚数を入力し、スタートキーを押す。 少し長めのアイドリング音がした後、古いコピー機は正常に動きだした。 左手側の排紙トレイに視線をやって、私は思わず 「何これ」 と口に出してしまった。 用紙には、私がコピーした内容の上に、掌の跡がついていた。 一瞬心臓が跳ね上がるような出来事だが、おそらく、誰かの掌の跡が、コンタクトガラスの方についていたんだろう。 「もうっ」 腹立たしさもあって、ストップキーを乱暴に何度も押す。 排紙が中断されると、上部カバーを開け、原本をよけてコンタクトガラスをよく見る。 腰をかがめて斜めから見るようにすると、案の定、掌の跡がべっとり付いているのが見て取れた。 私はハンカチでそれを綺麗に拭き取り、もう1度、コピーを試みる。 今度はきちんとコピーされた用紙が出て来た。 それからは、滞りなく必要な分のコピーを終え、私は原本とそれらの用紙を胸に抱え、所属の部屋に戻る。 「すいません、コピーの調子が悪くって」 そう言い訳しながら部屋に入り、小走りで主任の席に行く。 「きゃあ、何その背中!」 私の後ろにいた先輩が、突然声をあげた。 「え。背中?」 先輩の悲鳴を不思議に思いながら、私はゆっくりと振り返る。丁度そこには、壁にかかった大きめの鏡があった。 白いシャツの私の背中に、赤黒い手形が、べったりと付着しているのが見えた。 それは、まだ乾ききらず、鈍く光って。
第1話・終
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