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マリオネットの葬送行進曲 作者:木口アキノ

第7回   コンテナの中のヒューマノイド
「ねえ、さっき、ロイが『積み込んだ』って、言ってたの、何?」
 助手席のミューズが、運転中のリオンに問う。
「武器の調達を頼んでおいたの。彼らなら、G.O.Dの装備品を自由に持ち出せるから」
 ミューズは、上半身をひねり、座席の後ろの貨物積載部分を見る。そこには、「アストログローバル社」と記載され、ロゴまで入っているジェラルミンケースがあった。
「あの中に入ってるのね」
「そうよ。空港内を、物騒なモン持ち歩けないでしょ。アストログローバル社の荷物と見せかけて、搭乗口まで運ぶわ」
 緩やかな曲がり角にさしかかり、リオンは片手でハンドルを回しながら、もう一方の手で、胸ポケットの中を探る。
 そして、探し当てた物を取り出すと、ミューズにぽん、と投げ渡した。
「これ、使って」
 ミューズは、両手で受け取ったそれを見る。
「あ、発信器ね」
 小さなプレート状の発信器には、「MUSE」と刻印されている。ヒューマノイドならでは、のミューズの機能で、特別に受信機等を用いなくとも、彼女専用の発信器を感知する事ができる。
「あとでケースに付けておいて。運んだ後、使う時に何処に置いてあるかわからなかったら笑い話だから」
「そうね」
 ミューズが頷いた時、2人の車両は、宇宙港クラスターの入場ゲートをくぐった。
 一般駐車場の左手側に一本道があり、その先が、搬送車用出入り口だ。そこに在駐している監視人に、許可を貰わなければ入場できない。
「こんにちわ。シャノアール運輸です」
 リオンが、シャノアール運輸鰍フ身分証明書を見せる。もちろん偽物だ。
「ああ、毎度お疲れさん」
 監視人は、気前よく、入場許可証を車の窓から、投げ入れてよこした。
「どうも」
 2人は、難なく搬送車駐車場へと入り込む。
 そこでは、運送会社や宇宙港の作業員が、荷物を運んで行ったり来たりしていた。
「さ、この人達に混じるわよ」
「了解」
 ミューズは、すとん、と地面に降り立ち、車の側面に回り、貨物積載部の扉を開け、例のジェラルミンケースを取り出す。
「あら、結構重いのね」
「サブマシンガン2丁に実包10000発、ハンドレーザー砲が1丁入っているはずよ。その他に、おまけでグレネード弾くらい入れてあるかもね」
 リオンの説明に、そりゃ重いのももっともだ、とミューズは納得する。
 そして2人は、いかにも搬送用務の作業員です、という顔でアストログローバル社の搬送口まで歩いていった。
 搬送口の扉は閉まり、鍵がかかっていたが、この2人には関係ない。
 ミューズが鍵穴をのぞき込み、
「これは、Eタイプの34番ね」
と教示すると、リオンが、それに合った鍵を取り出す。
 扉は簡単に開き、リオンが中に足を踏み入れ、ミューズはその後に続く。
 この搬送口は、アストログローバル社の搭乗口に直結しているのだが、今は、照明が落ちて薄暗く、人の気配も無い。
「あらー、みんな、出払っちゃっているのね」
 ミューズは、辺りを見回す。
「そうね。今のうちに、コンテナを調べるわよ。ついでに、それ、他の荷物に紛れ込ませておいてね」
 リオンは、ミューズの持つケースを指して言い、コンテナ置き場へ向かう。そこには、コンテナの他、まだ積み込まれていない荷物が並べられ、脇には、宇宙艇にコンテナを積み込む為の、巨大なクレーンが設置されている。ミューズはそこに、自分たちの武器の入ったケースを紛れ込ませた。
 コンテナは全部で4つ。アストログローバル社の申請書によると、貨物の中身は、「食品」となっていたが。
 まず、1つめのコンテナを開ける。中から何が飛び出すかわからないので、扉に身を隠すようにしつつ。
 扉を開いてから数秒、なんの変化もないのを確認して、リオンとミューズは中を覗き込む。
 そこには、びっしりと木箱が詰められていた。
「この中身、ちょっと調べてみて」
 リオンに頼まれ、ミューズは、右掌を木箱の表面に当てる。
「金属反応、生体反応、共にナシよ」
 しかし、彼女がわかるのは、このくらいの程度である。それでも、少なくとも、ここにヒューマノイドは積み込まれていないという事は判明した。
 リオンは頷くと、扉を閉める。
 2つめも、同様に開け、2人で同時にコンテナ内を確認する。
 そこにあったのは、木箱じゃない。
「これね」
 無造作に突っ込まれた、ヒューマノイドの部品の山。リオンは、コンテナの中に入り込む。ミューズもそれに続いた。
「まず、製造番号の入っている部品を探すわ。それを見て、盗品かどうかのチェックをして頂戴」
 リオンは、その場の部品を手に取り、ミニライトで照らして番号を探す。ミューズも同じ様に、けれど、こちらはミニライトなど使わずに番号を探す。照明などなくても物が見える様に作られているのだ。
「ZZ−375。盗品だわ。こっちのRX−228も」
「どうやら、ほとんどが盗品のようね」
 ミューズの報告を聞きつつ、自分も、製造番号を探す手を休めない。
 部品の切断の仕方はかなり適当ならしく、例えば、指1本だけの物もあれば、腰から下、両脚がついている物もある。
 なので、リオンがヒューマノイドの右手を引っ張って、腕、肩、さらには頭までついてきた時には、なんの疑問も感じなかった。道理で、重かったはずだ、くらいにしか思わなかった。
 しかし、そのヒューマノイドの顔を見て、
「パルサー」
と口にした瞬間。
 見開かれたままだったパルサーの眼窩の中身が、ぐるりと動いて、リオンを見た。
「っ!」
 驚いて、すぐにパルサーから手を離したが、パルサーの手がひゅっと伸びて、今度は逆に、リオンの左手首が掴まれる。
「離しなさい」
 リオンは、腕を引こうとするが、流石に相手はヒューマノイドだ。その尋常じゃない力に、リオンが勝てる訳がない。
 この中で唯一、バラバラにされていなかったパルサーは、ゆっくりと立ち上がる。
「パルサー!」
 ミューズが、手に持っていたヒューマノイドの胴体を落とし、その名を呼ぶ。
 パルサーは、緩やかに首を動かし、ミューズを見た。そして、にっこりと笑う。まるで、テレビに出てくる芸能人の男の子のような笑顔だった。だけど、リオンもミューズも知っている。彼には、この笑顔と、無表情の2種類しか、表情が無い事を。
「また、会ったね。G.O.D備品のミューズ君」
「備品なんかじゃないわ。私のパートナーよ」
 リオンは反論したが、その言わんとしている事は、パルサーには通じないようだ。
「あなたも、調べたのね」
 ミューズは、自分の目元に手を当てる。ミューズもまた、網膜パターンに製造番号を記載するタイプだ。人間がその番号を見るには、特殊なスコープで瞳を覗くか、瞳の前面を破壊する。が、ヒューマノイドの中には、そのスコープが内蔵されているものもある。
 パルサーは、ミューズには応えず、
「僕の今日のプログラム……G.O.Dの侵入を防ぐ事」
と、リオンの腕を引き寄せる。
 ミューズは咄嗟に腿のポケットから拳銃を取り出し、パルサーの肩関節を撃つ。
 もちろん、弾は貫通しない。が、そこそこのダメージは与えられる。
 その証拠に、パルサーの指はほどけ、リオンは解放される。反動で、リオンの体は後方に倒れ込み、それを、ミューズが支えた。
 がしゃがしゃん、とヒューマノイドの部品が、リオン達に押され、ぶつかり合う。
「出るわよ、早く」
 リオンが立ち上がりながら、ミューズに指示する。ミューズは頷き、2人は転がるようにコンテナの外に出て、扉を閉めた。
 内側から、パルサーが扉を叩いているのであろう、ごん、ごんっという音が、断続的に聞こえる。ミューズは両手で扉を押さえ、その間にリオンが施錠する。
「この中にあった盗品、メモリーした?」
「もちろんよ」
「なら、後で本部に報告はできるね」
 施錠を終えたリオンは、くるりと身を反転し、背中をコンテナの扉に預け、
「それと、どうするつもり?」
 と、ミューズに問いかけた。
 ミューズは扉から手を離し、表情を曇らせる。
「どうするって、パルサーのこと、よね」
 当たり前じゃない、と答える代わりに僅かに肩をすくめ、リオンは背中を扉から離した。
「いくら私の為だからって、あんたが、恋した相手に銃を向けるなんてね。びっくりしたわ」
「現時点で、彼は……敵よ」
 その言葉を口に出すのがつらいという風に、ミューズは目を伏せた。
「そうね。強硬手段で、彼をフリーズさせてG.O.Dに持っていく事だけならできるけど、それじゃ、何の解決にもならない」
 リオンの言葉に、ミューズは黙って頷いた。
「申告詐称に盗品輸出、G.O.Dに対する妨害行為。叩く条件は揃ったわ。アストログローバル社を検挙すれば、パルサーを一番いい形で、自由にしてあげられるわね」
 それを聞いて、ミューズが瞳を輝かせて、顔をあげる。
「早速本部に戻って、データを報告して……と、綿密な下準備をしたかったけれど……」
 リオンは、途中で言いよどむ。
「そうもいかないみたいね」
 彼女の視線は、搭乗口の扉に注がれている。
 バチ、と電源の入る音がして、照明が煌々と辺りを照らしだした。搭乗口から、アストログローバル社の社員、もしくは雇われた人間が数人、わらわらとなだれ込んでくる。
「ミューズ、武器を」
 言いながら、リオンは、携帯していた拳銃2丁を両手に持ち、構えた。ミューズは、自分たちの武器の入ったジェラルミンケースへと走る。
「自ら捕獲されに来てくれたの?」
 リオンが問いかけたが、相手は答えず、こちらに突進しながらそれぞれの銃を構える。
「会話の余裕もないなんて、つまらない男ね」
 先に火を吹いたのは、リオンの拳銃だ。相手の腕を的確に狙う。
「ミューズ、後ろ!」
 撃たれた相手が、痛みにうめくのには何の関心も払わず、リオンはミューズに注意を呼びかける。
 ケースを開けていたミューズは、リオンの言うとおり、敵にがら空きの背中を見せていた。声に気づいてミューズが振り向いた時、彼女に数発の弾丸が襲いかかった。
 弾丸を浴びたミューズの肌は、一瞬にしてゼラチン質に変容し、弾を包み込む。そして、それらは、彼女の足元に、コツン、コツンと乾いた音をたてて落ちてゆく。
 リオンはミューズの元に走り、ミューズがケースの中から取り出したハンドレーザー砲を受け取る。エネルギーはフル充填。
「おとなしくなさい」
 リオンは立ち姿で、ミューズは片膝を立てた体勢で、それぞれレーザー砲を放つ。
 敵方の腕や脚に、焦げた穴が空く。それでも、相手の意識は奪っても生命を奪う程の傷を与えないのは、この2人のポリシーなのかもしれない。
「リオン、危ないっ」
 ふいにミューズが立ち上がり、リオンに抱きつくようにして、倒れ込む。
 数発の銃弾がリオンの足元を掠め、ブーツを焦がす。はらり、と何かがリオンの顔に落ちてきた。
 ミューズの髪の一房だった。1発の弾が、ミューズの肩のあたりに命中した際、髪を千切ったらしい。
「どこから?」
 ミューズは後ろを振り返る。その勢いで、肩に埋まった弾丸が、こつん、と落ちた。
「クレーンね」
 リオンが言い、ミューズの体越しに、巨大なクレーンのアームに向けてレーザー砲を撃つ。
 ガキュン、ガキュンと妙な音が鳴り、アーム部分の金属が火花を発する。
「ダメね。ここからじゃ狙いにくい」
 リオンが呟くのを聞くが早いか、ミューズは駆け出し、ぽん、と跳躍すると、次の瞬間には、コンテナの上に立っていた。
 そこからクレーンのアームに乗っかっている奴を狙おうとするが、相手にしたって、黙って標的になるつもりはないだろう。
 ゴオォォォ……と唸りをあげ、クレーンが動き出す。ミューズの放ったレーザー砲で、火花が生じる。お返しとばかりに、アームの影から、弾丸が飛んでくる。
 ミューズは、コンテナからコンテナへと跳躍し移動しながら、相手の弾丸を避け、また、こちらからもレーザー砲を撃ち込む。
 何度目かのミューズの攻撃が、今度こそ相手を捉え、アームの隙間から、ハンドサブマシンガンが落ち、その後に、作業員の格好をした人物が落ちていった。
 はらはらしながらその様子を眺めていたリオンは、ほっと息をつくが、それもつかの間である。
 ミューズの足元、つまり、コンテナの天井が、いきなり、内側からめきめきと音をたてて破られ、中から、2本の腕が伸び、ミューズの足首を捉える。
「きゃあっ」
 突然の事に、ミューズはバランスを崩してその場に転倒する。
「ミューズ!」
 リオンは全速力でそのコンテナに向かって走ったが、ミューズがコンテナ内に引き込まれるのは、あっという間だった。
 ゴゴゴォ……と唸り、再びクレーンが動き出す。アームが大きく開き、ミューズの消えたコンテナに覆い被さる。
 ミューズを乗せたまま、宇宙艇に積み込んでしまう気だ!
 リオンが必死になってコンテナに辿り着き、その扉に手をかけた時、コンテナはふわり、と浮き上がり、ぐんぐんと上昇を始める。
 扉の取っ手にしがみついていた指ははがされ、爪の先が割れる。
 リオンは、宇宙艇に積み込まれていくコンテナを見上げ、それから我に返り、急いで武器の入ったジェラルミンケースに戻る。
 宇宙艇は既にエンジンがかかり、ミューズを載せたコンテナを積み込むと、すぐに出港する様子だ。
 背負えるだけの武器を背負い、ありったけの弾丸をポケットに詰め込んで、リオンは宇宙艇へと走った。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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