本来、操縦席に座っている筈のパイロットと副パイロットは、既に息絶えて床に転がっていた。 かわりにそこに座っているのは、清々しいほどの笑顔の、パルサー。後ろに寄り添うようにミューズが立っているが、その顔に表情は無かった。 「さあ、どの惑星から行こうか。一番近いところから手当たり次第でもいいよね。どうせ僕たちは死なないんだから、全部の惑星に行くことだってできるんだものね」 パルサーが、光で浮かび上がった航路図を眺めて言う。 「あら、それじゃすぐに燃料切れよ。どうするつもりかしらね」 そこに水を差す台詞。 パルサーがゆっくりと、声のした方を振り返る。彼には、そこに立つ人物が予測できていたようだ。 「やあ、一緒に行くかい?リオン・アイバニー。もっとも、君は、僕たちと違って、すぐに年老いて死んでしまうけれど」 と言いつつ、パルサーはミューズの手をとった。 「ミューズ、あんた……」 リオンはミューズを見つめ、それから、頭を重たげに振る。ミューズは全くの無反応であった。 「パルサー、あなた、何をしたの?……大体は見当がつくけれどね」 「君たちの使いそうな言葉で言うと、『人生』を他人に決められるのはもう嫌だ、ってトコロかな」 「随分格好つけた事言うのね」 リオンは、パルサーの台詞を軽く笑い飛ばす。 リオンが見てきた中で、彼らにあったのは、「自由」じゃなく、「無秩序」だった。思いついたままの行動、それは殺戮であったり破壊であったり……。 「この状況を、見逃す訳にはいかないわ」 「そう?でも君に何ができるのさ」 パルサーは立ち上がり、ミューズの肩を抱き寄せる。 「君は今、たった1人なんだよ」 そして、パルサーが、ついと片腕をあげると、リオンの後方壁面の左右にある、2つの操縦室の扉がしゅん、と空気圧の変化する音とともに開く。 リオンは、はっとしてそちらを振り返る。 「たった1人で、僕たちをどうにかできるとでも思っているの」 扉の向こうから、ぞろぞろと現れたのは、体の1部のみのヒューマノイド。 手が指を使って移動し、脚だけが膝を伸縮して尺取り虫の様に這う。 「昔、こんなホラー映画があったわね」 その光景を見て、リオンは呟いた。 「これから、彼らの体も見つけてあげなきゃいけない。僕はまだ、君なんかに止められる訳にはいかないんだよ」 じわじわと、体の1部のみのヒューマノイドたちが、リオンに迫る。 「彼らもわかってるみたいだね。君が邪魔者だってコト」 「それで?あなた達は、体を手に入れた後、どうするつもりなの」 リオンは武器を構える。 「『自由』とか言って好き勝手しちゃうのかしら。世の中はね、ルールを守らない者を野放しにするほど甘くないのよ」 その形態でどうやって、と思うほど高く跳躍して襲いかかってきた「手」を砲身で払い、リオンは言い放つ。 その「手」の攻撃を皮切りに、次々と、「脚」やら「足」やら「腕」やらが襲いかかる。 リオンはそれらを砲身で払いのけ、レーザーで撃ち抜いて防ぐ。もともと遠距離の攻撃を得意とするリオンだって、それなりに接近戦の訓練もしているが、数が数だ。周囲に気を配る余裕が無くなっていたのは、仕方がないだろう。 ふいに、後方からひんやりとした両手が、リオンの首に絡みつき、ぐいぐいと締め上げる。 「ぐぅ……っ」 リオンはハンドレーザー砲を取り落とし、首を絞めるその手を剥がそうと掴んだ。 「パ…ルサー……」 苦しいながらも、自分の首を絞める相手の名を呼ぶ。この力に屈するつもりはないという宣言の代わりに。 それまでリオンに襲いかかってきていた手足達は、パルサーがリオンに手を下すのを邪魔しないようにでもしているつもりか、攻撃を止める。 リオンはパルサーに肘を当てたり、蹴りつけたりを繰り返し、やっと、パルサーの片手がリオンから離れた。 ぐるん、と体を回転させつつ、パルサーの手から逃れるが、その瞬間、パルサーはリオンが装着していたホルスターを千切り取り、中の拳銃を抜く。そしてリオンの手首を掴んで引き寄せる。 リオンはよろめき、パルサーの胸に倒れ込む。慌てて身を離そうとするが、既にパルサーの腕が背中にまわっていた。 そしてパルサーは、リオンの額に銃口を向ける。リオンは必死の抵抗で、銃を持つパルサーの手首を両手で掴んだ。 パルサーの指が、ゆっくりとトリガーを引く。 流石に、もう駄目かとリオンは思ったが、それでも、目を閉じる事はしまいと、パルサーを睨む。 パルサーがトリガーを引ききると同時に、彼の手から力が抜けた。リオンに阻まれるがままに、銃口はリオンから外れ、弾丸は後ろの壁を破壊する。 リオンは目を見開いたが、驚いているのは、パルサーも同様らしい。破壊された壁を見つめて表情を無くし、「そんな筈は……」と呟く。 それからリオンに視線を戻し、再び銃を構えようとするが、彼が次にとった行動は、リオンへの接吻であった。 あまりにも予想しなかった事態に、リオンはそれに抵抗する事も忘れた。 後の事はパルサーに任せたとばかりに、その辺で蠢いていただけの手足たちの幾つかがその異変に気づき、再びリオンに襲いかかる。 が、パルサーの手にした銃が発砲し、それらを撃ち落とす。 「なぜ、僕は……?」 パルサーはリオンから離れ、自分の行動を信じられないという様子で、自らの両手を眺める。 「リオンを守るのは、あたしのプログラムよ」 そこに、今まで傍観していただけのミューズの声がした。リオンとパルサーは、弾かれたように顔を上げ、ミューズに視線を向ける。 「コピーをあなたに送ったんだけど、気づかなかった?」 ミューズは肩をすくめて笑う。 「ごめんね、パルサー。あなたの言うこと、理解できない訳じゃなかった。でもあたしは、やっぱり、今のあたしがいいの」 ゆっくりと、2人の方へ歩み寄り、ミューズは言う。 「リオンを守る、リオンと一緒にいる、っていうのは、誰かにプログラムされたものじゃなくて、あたしが自分で生成したみたい」 ミューズはにっこり笑ってリオンの手を取る。 「だから、何度あたしのプログラムが消えようと、変わらないのよ」 そして今度はパルサーに向き直る。 「あなたの身柄は、G.O.Dで保護する事になるわ。お願い、抵抗はしないで」 「抵抗?できるわけないじゃないか。こんなプログラムで」 パルサーは、拳銃を床に放った。 ミューズは再びリオンに向かい、 「リオン、この宇宙艇の操縦はできるわよね?1番近い惑星に入港して」 と言ったが、その時、艇全体が、大きく揺れた。 「困ったことに、ちょっと遅かったみたいよ」 リオンが肩をすくめる。リオンが懸念していた通り、とうとう、艇の外壁にまで穴をあけたヒューマノイドがいるらしい。 再び、轟音と共に艇が揺れる。ミューズが悲鳴を上げて、リオンにしがみつく。 操縦室の床が半分落ちて傾いた。リオン達はバランスを崩し、そのまま傾斜を滑って階下へ落ちる。 そこにはまだ、自分のすべき行動を見つけられずにいるヒューマノイド達がいた。 「何?今の、どうしたの?あなた達、大丈夫?」 ミューズの作業服を着たヒューマノイドがまくし立てる。 「私達は大丈夫だけれど、この艇はもうもたないわ」 リオンは立ち上がり、言った。 「救命用ポッドまで、急ぐわよ。一緒に来るのも来ないのも、あなた達の自由だけれど」 それから、パルサーの腕をぐい、と引っ張る。 「あんたは絶対一緒に来るのよ」 貨物室から出ると、廊下には、救命用ポッドまでの道のりが非常灯で示されていた。ポッドはあちこちにあるため、辿り着くまで時間はかからなかった。 壁面にずらりと並ぶ救命用ポッド。各ポッドの隣には操作盤が設置してある。しかし。 「どうしちゃったのよ、これぇ!」 ミューズが、ポッドの1つ1つをばんばん叩く。その全てに、「LOCK(施錠中)」との電光表記がある。リオンは、操作盤の1つを確認する。 「集中ロックがかかっているんだわ。監視室に行かないと」 「そんな時間あるの?」 「……わからない」 リオンは額を押さえた。非常時に使えないなんて、意味がないじゃない! おそらく、暴徒のようなヒューマノイドの仕業なのだろう。 リオンが、どうすべきか思案していると、パルサーがつかつかと操作盤に歩み寄り、その蓋をこじあけた。 「何を……?」 リオンが問う間もなく、パルサーは配線のむき出しになった操作盤に腕を突っ込み、指をもぞもぞと動かす。 「あった。コネクト」 すると、その操作盤に連動している救命用ポッドの電光表記が、「UNLOCK(施錠解除)」に変わる。 パルサーが、ミューズに向かって頷く。ミューズもそれに応え、リオンの腕を引き、ポッド内に入る。 「だけど……!」 リオンは軽く抵抗するが、ミューズは力を緩めない。 「パルサー、あんたも、早く」 ミューズに引っ張られながらも、もう片方の手を、パルサーに向かって伸ばす。しかし、パルサーはその手には触れず、代わりにポッドの扉を閉めた。 「このポッドは今、僕が直結して操作しているんだよ。離れたら、動かなくなっちゃうだろ」 「パルサー!」 リオンは、扉を拳で叩いた。 「僕はまだ、君に捕まりたくはないからね。安心して。僕らは、君と違って、宇宙空間に放り出されただけじゃ、死なないからさ」 その声を聞き遂げた後、リオンとミューズを乗せた救命用ポッドは、宇宙艇の外に排出された。 「ミューズ。あんたはこれで、良かったの?」 どんどん遠くなる宇宙艇を眺め、リオンは問いかける。 「あたしの最優先任務は、リオンの帰還よ」 とだけ、ミューズは答えた。 既に、遠くに瞬く星ほどの大きさにしか見えなくなった宇宙艇が、赤く燃え上がった。
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