整備された敷地内に建つ、真っ白な巨大な建物。その門柱には、「N・U総合病院」と記されている。 建物裏側、物品搬送口に、大型貨物車が後部ドアを開けて停車しており、業者が荷物を積み込むため、行ったり来たりしている。 「今日はまた、随分たくさんの荷物があるのね」 荷物の積み込み作業の監視をしている、事務員の女性が、同僚の男に話しかける。 「月に2,3回、系列病院に物資を送っているのさ。そうか、お前は来たばっかりだから、知らなかったか」 「ええ、まあ……」 うすうすは気づいていたけどね、と彼女は心の中で言った。そして、組んでいた腕を降ろし、両手を白衣のポケットに突っ込むと、 「電話が来る予定だったので、ちょっと、席を外します」 と言い置いて、その場を後にする。 残された男性は、運送会社から渡された伝票にいろいろ書き込みながら、「おお、わかった」と言って手を振った。 女性は廊下を足早に進み、人気の無い階段下まで来ると、ポケットの中から手を出す。 その右手には、青い宝石の指輪を持って。 女性は、指輪を口許に近づけると、小声で、 「ミューズ、そっちの様子はどう?」 と問うと、宝石から、 『証拠は手に入ったわ。何処の会社に、何の臓器を、どの値段で売ったか、ぜぇ〜んぶ載ったリストがね』 という音声が流れる。 「了解。あとは、追って現場を押さえるだけね」 事務員の女性は、指輪を左手人差し指にはめると、膝までの長い白衣を脱ぎながら、再び歩き出す。 白衣の下に着ていたのは、動きやすい半袖のカットソーシャツと三分丈のスパッツ。 左腕には小物入れ付きのアームバンドが括り付けてある。 通りすがりに存在する事務員待機室のドアを開け、室内に白衣を放り投げると、彼女は走り出す。 勤務していた十数日で、院内の人通りの少ない場所は把握している。 廊下の窓を開けると、外は丁度、道路に面しており、そこには、1台の自動車が駐車してある。 小物入れからキーを取り出し、車に乗り込む。エンジンを掛けると、助手席側のドアが勢い良く開いた。 「待ってよ、リオン!あたしを置いていく気?」 毛先がふんわりとカールした肩下の髪に、愛らしい顔立ち。この少女(?)の名は、ミューズ。 そして、ハンドルに手を掛け、 「遅かったら、そうするつもりよ」 と、抑揚の乏しい語り口調で応える彼女は、リオン・アイバニー。 共に、G.O.Dと呼ばれる組織の一員だ。 「相変わらず冷たいわ」 ぷん、とふくれ面をしつつ、ミューズはシートに腰を降ろし、ドアを閉める。 「合理的と言って欲しいわね」 リオンは、ミューズがドアを閉め切らないうちに車を発進させる。 磁気浮動式車両であるため、1度、ふわりと浮いてから、車体は勢いよく前進する。 道路の両端に歩道があり、その向こうに住宅や建物が並ぶ。それが普通の道路であるが、そこから、車道のみが4車線の、車両専用道路に車を乗り入れる。 そして、更に車のスピードを上げると、前方に、先程病院で荷物を積み込んでいた大型貨物車が見えた。 「未登録臓器販売の事実がばれたら、天下のN・U病院も終わりよね」 楽しそうにミューズは言う。 「そう簡単にいけば、ね」 偶然にも、リオンの発言は、この後の展開の予告となった。 貨物車の前方を走っていた車両が、スピードを緩め、貨物車の左側に並ぶ。 それだけなら、別段不審には思わなかった。しかし、更に後方から来た車両が、貨物車の右側にぴったりと寄り添い、もう一台、後方から来て、貨物車とリオン達の間を走行する。 つまり、貨物車は、3方を囲まれた状態だ。 「これは……?」 リオンが、僅かに眉をひそめた。 「私達以外の誰かが、あの車を追ってたって事?」 ミューズが前方に身を乗り出す。シートベルトが豊かな胸を滑り、その谷間に収まった。 「もしくは、貨物車を守ってるのかもね」 眉をひそめたのもつかの間、すっかり平常の顔つきに戻ったリオンは、そう推測する。 貨物車の後方にいた車両が、スピードを落としたかと思うと、リオン達の左隣りに並び、幅を寄せてきた。 それを避けると、リオン達の車両は右側に追いつめられる。 「本当は、取引現場を押さえたかったけれど、そうも言っていられないみたいね」 ガードレールに擦りそうになる直前に、リオンはぐるっとハンドルを切り、その車両を避けると同時に、スピードを上げ、今度は、自分たちが、貨物車の真後ろについた。 後方で、先程の車両が、ガードレールを突き破り、路外に逸脱する。 突然、ミューズが窓を開けて身を乗り出し、後方に向かって 「ば〜かば〜か、ざまぁみろ〜!」 と叫ぶ。 「いいから黙って座ってて」 しかし、ミューズがおとなしく窓から身を引いたのは、おそらくリオンの言葉の為ではなく、貨物車の両脇の車両が、そのまま後方へ移動して来たからだろう。 つまり、リオン達の車は挟まれた事になる。 リオンがスピードを落とすと、両脇の車両と、貨物車もスピードを落とす。完全に捕らわれてしまった状態だ。 「リオン、どうしよう?」 と言いつつ、ミューズは、その手にミニサブマシンガンを用意している。 「何とか突破するわ。それを使うのは、もうちょっと待って」 早口でそう言うと、リオンはハンドルを左に切り、スピードを上げる。 「きゃ」 ミューズの体が、重力によりシートに押しつけられる。 リオン達の車は、左隣の車両と、貨物車の間の僅かな隙間をすり抜ける。 左隣の車が慌ててスピードを上げ、リオン達の車の後部バンパーに突進する。 がりがり、という音がし、火花が散ったが、リオン達は無事に通り抜ける。 しかしその反動で大きく車体を振ったリオン達の車は、左側のガードレールに接触し、それから、スピンしつつ、貨物車の前に躍り出る。 貨物車の方も、驚いてブレーキを踏んだのか、急停止するが、後方の2台は、それに反応するのが遅れた。 貨物車はハンドルを切りながら急停止したらしく、重心が片側にかかっていた。そこに丁度、右後方から車両が接触したものだから、貨物車はあっさり横転してしまう。 後方の2台も、それぞれガードレールや横転した貨物車にぶつかり、停止を余儀なくされた。 貨物車が横転した際に吹き上げられた砂埃が舞う中、リオンとミューズは、ゆっくりと車両から降り、それぞれの銃を構える。 「こういうの、絵の具の納め時って言うのよね」 「年貢」 「あ、そうか、絵の具の年貢時……?あれ?」 「……」 この状況で、ミューズのズレた発言に笑えるような人間は1人もいない。 横転した貨物車から、運転員が這いだし、 「お、俺はただ依頼されただけだ……」 と訴える。 「そんなのわかってるわ。話なら後で聞いてあげる」 リオンが応えている間に、別の車両の運転員が、さっと銃を取り出し、リオンに向けようとした。が、ミューズのサブマシンガンが、その手元を襲う。 「ぐっ」 押し殺した悲鳴の後に、血にまみれた銃が、地面に落ちた。 「余計な事はしない方がいいわ。私達には、殺人の許可だって出てるのよ」 リオンの言葉に、その場にいた者達は、驚愕し、目を見開く。 「ま、まさか……」 そして、リオンは、悠然として言った。 「G.O.Dに目をつけられるなんて、あなたたちのボスは、よっぽど悪い事をしていたようね」
Galaxy Ocean Defend。その頭文字を取り、「ジー・オー・ディー」若しくは「ゴッド」と呼ばれる組織。 全宇宙の均衡を保つための組織であり、その為には、戦争に荷担する事もあれば惑星を壊す事もある。今のリオン達のように、犯罪者を追う事もある。 彼らは、全ての法律、権力に縛られる事がなく、逆に言えば、彼ら自体が法律であり、権力なのであった。
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