試合は淡々と進み終盤の8回へ突入した。
「乾、準備はいいか?9回はお前で行くぞ」
「OKでっせ。一点もあれば十分ですわ」
マウンド上の箕輪も簡単にツーアウトを獲りバッターは3番武蔵の場面になった。
(ふぅ。武蔵さんを抑えれば9回は乾さんだろう。よし、もう一息だ)
『さぁ、箕輪、武蔵もツーナッシングと追い込んで3球目』
清水からシュートのサインがでる。それに頷き振りかぶる箕輪。
「来い、ルーキー!」
武蔵がインコースに入ってきたシュートを叩きに行く。しかし!
バチィ!
『あぁーっと!武蔵デッドボール!花山コーチが慌てて出てきます』
マウンド上で青ざめた顔をする箕輪。制球力が抜群の彼にとって死球は滅多にないことであり、それが余計に恐怖心を煽っていた。
ややあって武蔵が立ち上がり一塁へ向かう。どうやら大したことはなさそうである。しかし、箕輪は動揺したままであった。
「やばいな、アイツもたんとちゃうか?」
乾が心配そうにぼやいた。
『おおっと箕輪、ストライクが入りません。これでノースリー、やはり先ほどの死球が響いているのか?』
4番の中村に対してまったく制球が定まらない。そして4球目、高めに浮いたシンカーをノースリーにも関わらず強引に叩く中村。打球は弾丸ライナーで歓喜のレフトスタンド上段へ突き刺さる。
『中村ツーランホームラン!バファローズ追いつきました!中村、ガッツポーズをしながらダイヤモンドを回ります』
歓声がこだまするスタジアムの中で箕輪は一人下を向いていた。
「ちっ!タイムや審判!」
乾が舌打ちをしてベンチから飛び出す。
「おい、箕輪。お前やる気あるんか?」
「乾さん・・・。俺怖いんです」
「甘えたこと抜かすな!デッドボールゆーても腕やないか!」
「当たった場所はどうでもいいんです!死球を出したことが怖いんですよ!」
乾が箕輪の胸倉をつかみ怒鳴る。
「いいか!耳かっぽじってよー聞けよ!」
乾の迫力に気圧されて箕輪は目を見開いた。
「去年のオールスター直後に西武の宇治ハンが入院してるのは知っとるな」
「は、はい」
「その原因がなんだか知っとるか?」
「いえ、そこまでは・・・」
「宇治ハンはデッドボールを食らったんや。ウチの渚にな」
「!」
「あのコントロールのええ仁紀が失投したんや。確かにその日は雨でボールがすっぽ抜けることは多々あった。しかし、雨ゆーたって仁紀は最高152キロ出とる。その速球が当たったらどうする?それも頭に」
「あ、頭!?」
「せや、頭や。150キロを超える速球が頭に当たったらどうなる?もちろんヘルメットは砕けたし、宇治ハンはその場で脳震盪を起こして救急車で運ばれた。幸い後遺症はなかったから今も野球選手やっとるが、あの時仁紀は本気でプロ選手辞めよ思っとった。まだ一年目なのにな」
「で、でも!」
「そ、アイツはそれでも立ち直った。それからや、9連勝、毎回三振の17奪三振、34イニング連続無失点の新人離れした記録作ったんは。8月の終わりには小野さんと復活した黒木さんの三人で勝ち星を重ね、一週間だけやったが首位にもなった」
「そ、そんな凄いこと・・・」
「ワイは死球を出して開き直れとは言わん。しかしな箕輪、死球怖がっとったらいつまでたっても一人前になれんぞ。お前はお前のできることをやればいい」
「はい!」
「じゃ、あとは自分でなんとかせーよ」
そう言ってマウンドから乾が降りてきた。
『さぁ、なにやら乾に怒鳴られていたようですが、箕輪は続投のようです』
その後箕輪は、吉岡を内野ゴロに打ち取ってチェンジとした。
「さ〜て、とりあえず逆転といきますか!」
この回ロッテはトップからの好打順、ここでなんとかしなければならない。
『1番、センター、日向』
スタンドの歓声が大きくなる。そしてスコアボードには「AV:.397」の高アベレージが表示された。
この打席でヒットが出れば打率は.402となる。あのイチローも成し得なかった4割キープの夢が目前に迫ってきた。そして・・・
『日向センター前へ打ったー!ついに4割突入!』
「This feels so good I can hardly stand it!」(たまんねぇ!最高の気分だよ!の意)
ベース上で叫ぶ日向。彼は帰国子女なので時々英語混じりで話す時があるのだが、どうやら興奮が最高潮に達すると全て英語で話すらしい。
「Hey!next batter!keep it up!」(次の打者も続けよ!の意味だと思う)
ネクストバッターは矢部である。
「日向さん、なに言ってるか全然わかんないでやんすよ」
そう言いながら打席に入る矢部。
「とりあえず振らなきゃ当たらないでやんすからねぇ」
と、途中から代わった茂木(弟)のカーブに合わせて振ってみる。
カキーン!
「あれ?」
なんと矢部の放った打球は風にあおられて吸い込まれるようにレフトスタンドへ入ったのである。
『矢部ホームラン!プロ初ホームランが欲しいところで出ました!ロッテ逆転!』
この試合、どう転ぶかわからなくなってきた。
|
|