「セーフ!」
一塁塁審の手が開く。4回裏の先頭打者、小坂の内野安打だ。
『拝、嫌なランナーを出してしまいました。チームでもトップクラスの俊足を誇る小坂。そして打順はトップに戻り日向です』
じりじりとリードを広げる小坂。拝はセットポジションのまま動かない。そして、三田村のサインに頷く。
「!」
拝は一塁へ牽制球を投げた。頭から滑り込む小坂。判定はセーフだが、かなり際どかった。ユニフォームの土を払いながら立ち上がり、もう一度リードをとる。先ほど牽制されているのにまたしても大きなリードである。
「・・・・・」
三塁コーチをやっている山本監督からサインが出る。頷く小坂と日向。
やや間があって拝の1球目。内角高めのストレート。ストレートといってもMAXが125キロな為、普通の投手のスローボールレベルである。
『おっと、日向、バントの構えです。ここは手堅く送るのでしょうか?』
しかし、実況の予想は裏切られることになった。
「バスター!?」
バントと読み前進してきた内野陣が慌てて後ろへ下がる。しかし、打ち返された打球は拝の頭上を越えセンターへ転がって行った。
「これならサードも狙える!」
早くもセカンドベースを蹴りサードへ向かう小坂。
「渡島!サードはもう間に合わない、中継へ投げてバッターランナーを牽制しろ!」
拝がセンターの渡島に向かい叫ぶ。
「大丈夫!まだ間に合います!」
拝の静止を振り払いサードへ送球する渡島。
「いまさら間に合うか!」
サードへ向かい全力疾走を続ける小坂。その瞬間。
「!?」
矢のような送球が小坂の脇を通り過ぎてサード武蔵のグラブへ収まった。
「武蔵、セカンドだ!」
拝の指示に即座に反応した武蔵がセカンドへ送球する。セカンドへはバッターランナーの日向が渡島の送球の隙を見て走っていた。
「セーフ!」
「かぁ〜、危ねぇ〜!」
なんとかぎりぎりでセカンドはセーフ。しかし状況は、ワンアウトランナーセカンドに変わってしまった。
「渡島!ナイス送球だ!」
グラブを叩いて渡島を褒める拝。巨人の斎藤雅樹同様、良いプレイをした選手を褒めてやるのは見ていて気持ちのいいものである。そういうことがあるからこそ投手も野手もやる気が出るのだから・・・。
「ホンマにギリギリやなぁ」
「もう少しでダブルプレーになるところでしたね」
冷や汗をかきながら言う乾と箕輪。すると・・・
「あんた達、頭使って野球やってるの?」
ベンチの上から女性の声がする。語意はあからさまにケンカ腰だ。
「なんやと!自分、誰にケンカ売っとんのや!」
ベンチから勢い良く飛び出してくる乾。次いで箕輪も出てきた。
ベンチの上で乾を見下ろしている少女。
後ろ前に被っているマリナーズのキャップとポニーテール、メガネに黄色いパーカーとジーンズといった出で立ちだ。
「自分、初対面の人間に向かってたいそうなこと言うなぁ?」
負けじと相手を挑発するような言い方をする乾。しかし、横で見ていた箕輪は何かに気づいたような顔をする。
「あれ、この娘、メガネかけてるけどどこかで見たことがある気が・・・」
「そんなんあるか!こんなん見るゆーたら夏冬の有明ぐらいのもんや」
「それは偏見でやんすよ」
打席から帰ってきた矢部が言う。
「あれ、矢部くん早かったね」
「バントのサインが出たでやんすから・・・で、上にいるのは誰でやんす?」
バットを片付けながら矢部が聞く。
「せやった、自分名前ぐらい教えーや」
「別に名前ぐらい、どうせ後々そのうちまた会うんだしね」
そう言って少女はポニーテールを解き、メガネをはずした。そしてキャップを被り直す。
「なんでメガネはずすんでやんすか〜?」
若干一名ほど話がずれているが、乾と箕輪はその少女の正体に気がついた。
「あっ!もしかして西武の氷坂唯!?」
「この前のピッチャーか」
「そう、私は去年の全国女子高校野球大会優勝校、桜華女子学園のエースだった氷坂唯」
乾が呆れながら突っ込む。
「自分のことそこまで誇らしげに語るか?普通」
「メガネ〜」
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