「さ、サダメナイン・・・」
箕輪が呆然としながら言った。
「そうだ、だが今は一プロ野球選手としてやっている」
少しの間が空き、渡島が言葉を繋げた。
「残念だが、時間が来てしまったようだ。詳しい事は秋になれば分かるだろう」
そう言い残し、みなグラウンドから出ていこうとしたが、八重と神威が箕輪とあおいに近づく。
「僕達は他の選手にアドバイスをしてはいけない決まりなのだけど、キミ達には特別に教えてもいいだろう」
八重がそういうと神威があおいからボールを受け取る。
「Hシンカーを投げるなら、リリースの際に出来るだけスナップを利かせて中指で擦るように投げてみな。面白いくらいに曲がるようになるぜ」
そして八重は、箕輪に向かって
「確かキミは球速がイマイチだったね。なら、SF(シンキングファストボール)を覚えた方が投球に幅がでるよ。投げ方は、ボールの縫い目に指を掛けないで投げるんだ。あとは自分で考えてご覧。きっと上手く使いこなせる様になるよ」
それだけ言い残し彼らは去っていった。
5月28日 PM6:58
4回の表。大阪近鉄の攻撃。
『さぁ、打順が再び渡島へ回ります。対する投手はミンチー。先ほどの対決は渡島がレフト線へ上手く流し打っていますが、今回はどうでしょう』
ミンチーは内・内・外と投げ分ける。しかし、ストライクをコールされたのは最初の1球だけであとの球は全てボールと判定されている。
『ミンチー、第4球を投げた!』
外角ヘ決まるストレート、俗にいうクロスファイヤーだ。しかし
「甘い!」
ゾーンギリギリをかすめる速球を渡島は上手く合わせてセンターへ弾き返した。
「!」
瞬間、150キロを越える打球がミンチーを襲う。間一髪でかわしたがそのときに足を捻ってしまったらしい。違和感を覚えたミンチーが自らタイムをとりベンチへ戻る。
『只今、ミンチー選手の治療を行っております』
場内アナウンスが流れる。5分ほどして再びアナウンスが流れた。
『千葉ロッテマリーンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、ミンチーに代わって箕輪。背番号14』
ミンチーが交代というアクシデントに見舞われたロッテは、2番手として箕輪を送り出してきた。
「いいか、箕輪。ミンチーは軽く捻っただけで大事には至らないらしい。しかし、お前にとっては大きなチャンスだ。ここで結果を残せば先発として使っていくことも考えている」
コーチが真顔で言う。
マウンドへ向かう箕輪。マウンドにつくと小坂がボールを手渡してくれた。
「緊張するなって。大丈夫、飛んできたボールは俺達がちゃんとさばくよ」
清水も頷く
「初登板ってワケじゃないんだからな。まぁ、ロングリリーフにはなるだろうが・・・」
ロングリリーフ。確かにプロに入ってから今まで箕輪は長く投げても3イニング。4回から投げるなんて始めての経験だ。それにまだ4回0対0、結果次第では勝利投手にだってなれる。そうなればプロ入り初勝利だ。
「やってみます。あ、それとサインなんですけど・・・」
グラブを口に当てて話す箕輪と清水。
「本当に出来るのか?」
清水が心配そうに聞くが箕輪は力強く頷いた。
「大丈夫です。やらせてください」
「よし、じゃぁ行こう。」
清水が言うと内野は皆それぞれの守備位置に散った。
箕輪も規定の投球練習を終えプレートの土を払う。
「プレイ!」
審判の手が上がり試合が再開された。
『4番、指名打者。中村』
箕輪はファーストランナーの渡島を警戒しつつ足を上げる。
「試してみたい。俺にこのボールが投げられるのか」
箕輪の手からボールが離れ、いかにも力の無いストレートが清水のミット目掛けて真っ直ぐに進む。
「失投か!?」
中村がいつもの様にバックスイングを始めボールを叩きにいく。
カキィ!
いかにも芯を食ったような音がする。打球はレフトスタンド目掛けて弾丸ライナーで飛んでいく・・・ハズだったのだが。
「ショート!」
「任せろ!」
中村の放った打球は打球速度こそ速いがショートのやや左を転がっていくただの内野ゴロだった。
小坂が素早く捕球し、ファーストへ投げる。判定は明らかにアウトだ。
一応ファーストを駆けぬけた中村だが不思議そうな顔をしている。
確かに傍から見た箕輪が投げた球は失投だった。しかし、本当は箕輪が投じた1球は変化球だったのだ。
「やった・・・ちゃんと投げられるじゃないか・・・」
そう。箕輪が投げたのは先ほど教わったSFボールなのである。いかにも力の無いストレートが打者の手前でボール半個ほど沈むのだ。その為、中村はボールの上っ面を叩いてしまい内野ゴロとなってしまったのだ。
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