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パワプロ 作者:mituki

第13回   結末
あおいの体が沈む。しなる腕から繰り出されるボールは波川の手前で鋭く落ちた。シンカーである。しかし、波川はこれを平然と見送った。審判の判定はボール。続いて内角をえぐるストレートはストライクを奪い、カウント1−1となった。


『両者の間に緊張が走ります。恐らく、今二人は相手以外見えていないのでしょう』

大阪ドームのロッカールームでテレビを見ている一人の男。

「あおい・・・」

どこか苦い顔をしながら男が呟く。その後ろから男を呼ぶ声がした。

「武蔵さん、バス出ますよ」

「茂木か・・・あぁ、今行く」

武蔵と呼ばれた男は無言でバットケースを持ちロッカールームを後にした。


『早川も波川も両者一歩も譲りません。カウントは2−2のままで波川がファールで粘ります。次で7球目』

ドームから宿舎へ帰る西武ライオンズのバスの中でその光景を眺める一人の後投手。氷坂である。

「早川あおい、か・・・」

ちなみに西武は移動日を挟んで東京ドームで日本ハムとの3連戦。大阪近鉄は、千葉マリンスタジアムでロッテと2連戦が待っている。


「どっちが勝つと思います?」

ダイエーの本城が秋山に聞く。各スポーツ紙には「ポスト秋山」や「実力は抜いた!?」などと書かれているが本人達はとても仲が良く、本城にとって秋山は尊敬する大先輩であり、良き相談相手だった。

「波川だろうな」

秋山が言う。ベテランの勘ではなく、彼の素質を知っているからこそ、そう言い切れるのである。


カキーン!

オリックスの練習場では夜10時を回るというのにまだ練習している選手の姿があった。

「早川さん、がんばって・・・」

ブルペンの端に置いてあるテレビを見ながら進が呟く。

「あと5球であがれよ」

神童が進の反対側からマシン打撃を続ける進に言った。

「あ、はい」


『さぁ、フルカウントになりました。粘る波川、全力投球を続ける早川。球数は10球目を投げ、次で11球目です』

あおいがサインに頷きボールを投げる。マウンドからまっすぐにホームベースへ向かう白球。バッターボックスの手前で鋭く軌道が変わり落ちる。それをすかさず補足しスイングを始める波川。球の軌道とバットの軌道がぶつかる。


カッキーン!


ボールは低い弾道でスタンドへ向かう。

『波川打ったー!打球はライトスタンドへー!しかし、これは際どいぞ!』

飛距離は十分だ。しかしボールはスライスしファールゾーンへ向かってしている。

この瞬間スタンド、ベンチ、そしてテレビの前で見ている者全てが息をのんだ。


ガシャンッ!


ポールの金網部分にボールが当たる。

「は、入った・・・」

「ホームラン・・・」

静まり返るスタンド、審判が手を上げグルグルと回す。

『入ったぁ〜!ポール直撃、波川のサヨナラホームランだぁ〜!ファイターズサヨナラ〜!』

球場が活気を取り戻す。こうして投手指名という球史に残る珍事件は劇的な結末を持って終わった。


同日 10:36分

ロッカールームにいる箕輪、乾、そしてあおい。

「明日から2軍・・・か」

「そんな気ぃ落とすことないで」

「・・・」

あおいは無言だった。

「と、とにかく明日俺らも千葉に戻るわけだし、今日はもう宿舎に帰ろう」

箕輪が場を繋ぐ。

「せやな、今日は撤収や」

「・・・うん」

三人はロッカールームを後にした。


2日後にあおいを変える二人に出会うことになるとは誰も気付くはずがなかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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