君が来るのをひたすら待つ… 君にひとめ、逢いたくて…
時間は午後5時。場所はいつも僕達のデートの待ち合わせ場所にしている市民公園の端にあるベンチに腰掛けて僕は待っている。 小浪君はキャプテンとしてしっかりしている反面、日常生活では裏を返したようにじだらくなの。僕が部屋をお掃除しなきゃゴミの中で寝ちゃってるんだよ。信じらんない。 同居人欄の所に「義父、義母、ゴキブリ」なんて平気に書いちゃうんだもん…まぁ、その同居人は僕がアー○ジェットで瞬殺しといたけどね。 でもその割に不規則的な生活とは思えないほどに体の色艶が良くって顔も整っている。 恋々高校の頼れるキャプテンでありながらちょっととはお世辞でもいえないほどお馬鹿な僕の彼…
――――そんな彼が…好きなんだ――――
Another Story 〜My Lovely Angel〜
「遅い!」
いくら何でもこれは酷すぎる!待ち合わせの時間より早く来た私もちょっと変だけど待ち合わせの時間を一時間越しても来ないあのじだらくキャプテンは絶対に異常だ!小浪君、女の子を待たせてるって自覚あるの? 僕は首にかけたマフラーの形を整える…東京は肌に凍みるような記録的な気温に見舞われている…。 時間はもう6時過ぎ。すでにカップル達が夜の町に繰り出しているのを尻目に僕はただすでに枯れきって色を失った木の葉達が空から役目を全うして地面に落ちてゆくのを見守る…。 そんなときだった。
「ゴメン!ゴメン!あおいちゃん…待たせちゃったね。」
どの面下げてきたんだ!っと思ってみると…。 満面の笑顔。純粋無垢という言葉がとてもお似合いのその笑顔。 そうだった、この人には悪気というものが自分の行動に付いていないんだ。僕は改めて理解した。そうやって自分の中で整理をつけている僕を見て小浪君は不思議そうに首をかしげていた。
「まぁいいよ、時間もないし早く行こうよ。長く待ってて体が冷えちゃった…」 「まぁまぁ、今日はせっかくのクリスマス・イブなんだから楽しくやろうよ♪」
そう楽しくさせない原因を作ったのはどこの誰かさんだか… そう、今日は年に一度のクリスマス・イブだった。もっともこれまでの私にはクリスマス・イブなんて日を送る上でただ去っていく何事もない一日だったが、今の僕には大切な日の一つ。 今日はつきあい始めてちょうど一ヶ月と言うことでもあった。 今日は野球部の練習も他の部員達が「夫婦そろってクリスマス・イブを楽しんでこいよw」というので練習をなしにした。もちろん、こんなことを言う部員達にも彼女がいたからなのだが、一人だけ、一人だけそれを納得できない奴がいた。
「何ででやんすーーー!おまえらクリスマス・イブだなんて仏教には関係無いでやんす!アメリカの犬めでやんす!……ちくしょーーでやんす!!!」
誰の発言だかは君たちの想像にお任せするよ。 そんなこんな言っているうちに僕達はメインストリートへ繰り出していた。今日は休日も重なったと言うこともあって僕達のような若いアベックの他に家族連れとかの人たちもいて大賑わいだった。気を抜くとすぐ迷いそうになる…。
ギュッ
「えっ」 「…この方が…迷わないだろ??」
うわぁ…これこそ付き合ってるってことなんだなぁ…と僕はしみじみ痛感した! これまでは学園ものの恋愛ストーリーを気取ったドラマとか見てたけど芝居丸出しだから何とも思わなかったけど、実際ああいうヒロインの立場に立ってみるとすごくいいものだとよく思う。少し前の僕には理解できないだろうなぁ…この胸のときめきが。 その分では大人になったと思う。
「うん…」
ここまでの時点では問題は全くないのだ。問題があるのは…
「じゃあこんなとこさっさと抜け出して早く食べに行こうよ♪」
自分でその状況を創り出しながらそれをブチ壊す所と、それ以上全くと言ってもいいほど進展がない純情高学生(チェリーボーイ)だったのだ。 そもそも何でそんな女っ気もない小浪君が僕に一目惚れなんかしたんだろうか?同じ野球部で親しかったのが異性だったのを勘違いして?それとも実の小浪君は今は皮を被ってるとか?どちらにしても可能性はないとは言い切れない。 とりあえず今日は二人で特別な日を過ごすと決めたのだ。こんな詮索は止めておこう、楽しいものも楽しくなくなってしまう…そう思って僕はそれを心の何処かに捨てて置いた。 そうして僕達はまず食事をとることにした。今有名になっているスープカレーの店に入ってみた。 中は特に特徴的というものではなく、普通の飲食店の雰囲気が漂っていた。強いて言うならオシャレな喫茶店というくらい。 そもそも僕は小浪君としか喫茶店に行ったことがないのでそう色々な喫茶店に入ったことがないのだから自分の感性に任せていっている。これがそこそこでないのなら僕の趣味は悪いのかな? まぁ、服の趣味は良いらしいから喫茶店も同じだろう。服もそこまで気にして選んだ訳じゃないんだけどね。 そうこう言ってる間にメニューを決めようと小浪君が僕に聞いてくる。僕自体スープカレーなど初めて食べるのだから小浪君と一緒で良い。
「一緒で良いよ、ただし特別辛いのとかは止めてよね?」
小浪君がそこまで異常な感覚の持ち主(たとえば甘党とかすごい辛い物好きとか)でない事は知っているが、一応念を押しておいた。
「分かってるよ、それじゃあこれを二人分お願いします。」 「承知いたしました、少々お待ちになって下さい。」
小浪君はメニューを言い終わっても離れていくウェイトレスを見続けている…ちょっと腹立つな。小浪君と接していない左肩まで左手を伸ばして肩胛骨を覆っている皮膚を思い切りつねった。
ギリ…
「痛ーッ!何するんだよあおいちゃん…」
ただ痛そうにつねった場所をさすり続ける…何で怒られているか分からずにしきりと首を振っている様から自分が何して怒られたか分かってないんだろう…なんかこんな話し方してると飼い主と犬みたい。
「もう、よそ見しちゃ駄目よっ!」 「な、何で抓るんだよ…ただウェイトレスさんを見てただけじゃないか…」
それが駄目なんだってばこの無神経!
スープカレーはなかなか美味しいものだった。用は味が一緒なのだからルーがねっとりしているかサラッとしているかの違いだけだった。その分で言えばお値段は普通のカレーの方が良いのではと思ったが、せっかくのデートの時にそんな家庭事情丸出し菜事は止めておこうと思った。 それから少し町をぶらぶらしているとナイトショーとクリスマス・イブと言うことで割引をしている映画館を見つけた僕らは映画を見ることにした。 そこでまた事件発生。
「ハリー○ッターが見たい!」 「はい?」
むろん、口論の末却下だ。 結局僕が言い負かしてCMでみた「世界の最端で愛を叫ぶ」という映画を見ることになった。 恋愛小説を元にしたらしい映画だった。CMでこれを見ていなかったら今頃子供に交じってハリー○ッターを見ていたのかもしれない。 そうしたらロマンチックのかけらも無くなっちゃう…僕は小浪君と真ん中の席にポップコーンを持って座り込む。 高校2年生がハリー○ッター?小説版を見ればいいじゃない…何でわざわざクリスマス・イブになってハリーポッターをみたいと思うかな? 小浪君にアニメ願望がないことは矢部君に確認済みである。しかも矢部君が「小浪君は甘〜い恋愛小説が大のお気に入りでやんす♪」っていうからあえてこれを選んだのに… …待てよ?すると小浪君はわざとそういう路線を避けているの?何で?
「小浪君、この映画って小説を元に…」 「Zz…Zz…」
こう僕が必死に考えている最中にもう寝ちゃってるし…始まって30分だよ?どうなってるの?
『あおいには魅力無いんだよ。』
以前友人に言われた言葉が脳裏に浮かんだ。それを振り払おうとするたびにぐっと僕の胸に突き刺さる2度も、3度も、4度も……そうなのか、そうだったのか。
――――小浪君にとって僕はもう飽きられた存在だったのだ――――
時間は午後11時30分。そんな男のために僕は一ヶ月も思い続けていたのか。馬鹿馬鹿しい…さっきウェイトレスを見ていたのもこのためだったのね。僕は無断で小浪君を遠ざけようと映画館を早歩きで去る。 小浪君は訳も分からないように走って追ってくる。元々小浪君の方が男なのだから向こうの方が早いのは決まっている。僕が早歩きで無視するのを右往左往しながら困っていた。 それでも「どうしたの?」と連発してついてくる。わざと小浪君の身長じゃついてこれないような所を歩いたりして巻こうとしたけどどういう訳か必死に追いかけてくる…。 さすがに腹が立ってきた。 小浪君があんな事をしたから僕がこうやって遠ざけようとしているんじゃないか。 小浪君が僕に飽きたから僕が目の前から去ろうとしているのをなぜ分からない。 なぜ君はそんなに一生懸命についてくるんだ!
「いい加減にしてよ!この無神経!!」
ついに僕は腹の収まりを押さえられなくなって全て小浪君にぶちまけた!
「せっかくのクリスマス・イブのデートをそんなにムードブチ壊しにして…どうせ僕みたいな陰険な女には飽きちゃったんでしょ?そうでしょ!?」 「何言い出してるんだよあおいちゃん…」 「とぼけるつもり!?ウェイトレスさんをずっと眺めていたのもわざとハリー○ッターを見ようっていったのもそれを当てはめれば納得いくのよ!どうなの!違うつもり!?」 「あおいちゃん…それは」 「言い訳しないで!!!」
パンッ!!
渾身の一打だった。 小浪君の左頬に向かって僕の右手が鞭のようにしなって叩く。小浪君は何がなんだか分からないような顔を今更晒していた。 自分でも可笑しいんだ。叩いたのは僕なんだ、叩かれたのは僕なんだ。でも…なんだろうこの無力感とそれと共に溢れる涙は。 止めようと思っても止められない。嗚咽もだんだん酷くなる。
「…さよなら」
僕は確かにそういった。 そういって夜の闇に身を投げた。 初めて買ったブーツのせいで走りにくい…と、僕の走る音に続いてもう一つ、追いかけてくる音がある。ふと小浪君が追いかけてきているのかと思って僕は振り返る。 しかし、それは自分が初めてブーツを履いたのでその甲高い音が夜の静かな公園に響いているにすぎなかった。期待した小浪君は未だに訳が分からずたたずんでいる…。 小浪君を尻目に僕はどんどん離れていく…。 離れれば離れるほど涙が溢れる。力が抜けていく。
もういい,別れよう。 小浪君となんか逢いたくない。もう傷つきたくない。 いっそのこと…
――――死のう――――
…自分でもつくづく救われない人生だったと僕は思っていた。 学校の裏山…あのとき小浪君が自殺を図った場所だった。どこで死のうか迷った挙げ句の果てが元最愛の彼の自殺未遂場所とは…どんな皮肉だろうか。
「やっぱり僕なんかに行き場所なんて無かったんだ、最初から。もう疲れたよ、お母さ…」 「待て!!」 「!」
振り向くとそこには小浪君がいた。息をぜいぜいと切らせながら僕を追いかけてきてくれたのだ。 でもそれくらいではこの僕の憤りは修まらない。なんとしてもこの脳天気の女の敵に天罰を食らわされなければならない。そのためには今、許すわけにはいかなかったんだ。 崖を背に一歩、また一歩と死へのカウントダウンを縮めていく…小浪君は焦るばかりだ。「落ち着け!」とか「俺の話を聞いてくれ!」とか…。 言い訳を聞きたくはなかった、でも話さなければ解決などしない。そんなことは僕にも分かっていたが、ここまでくると後下がりが出来なかった。
「分かったよ…君の話を聞くよ…」
そのときだった。
ズルッ!
「「!?」」
何が起こったかは分からなかった。身が宙に浮かんでいる。体が後ろへと不自然な感覚のまま引っ張られる…次第に小浪君が遠ざかっていく… そう、この土はぬかるんでいた。一昨日降った雨の湿気がこのところの曇り空で乾ききっていなかったのだ。 うかつだった…その一言に尽きた。 僕の人生はゆらゆらと風に脅かされる一本の蝋燭の灯のようだった、と今になって僕は思う… 何事も自分の力がきかず、全ては世間に任され流されの一生だった。小浪君は不意に自殺といえ、受け身をとっていたらしいから危機を逃れたが、武術など知らない僕がこの高さから落ちたら間違いなくあの世行きだろう。 これを走馬燈というのか。本で読んだことがある。 人間は生命の危機や極度の緊張感の状態になると思考力が一時的にダウン、読み取れる風景が通常より低下するのでこんなスローモーションに姿が見えるらしい…でもそれにしては色々考える時間があるものだ。生き残れたら化学の先生にでも教えてやろう…まぁ無理な話だが。 …にしも本当に遅い。なぜ早く落ちないのだろうか? そう思って僕は恐怖のあまり閉じた瞼をおそるおそる開く。すると…
「だ、大丈夫か!?しっかり気を持つんだ!!」 「小浪君…」
小浪君が間一髪のところで手をさしのべ、落ちないよう支えておいてくれたのだ。 そして僕は小浪君に抱えられるように持ち上げられ、命の危機を脱出した…まるで死神に囲まれた私を救うかと現れた白馬の騎士のように。 そのお姫様だっこの状態で僕はようやく緊張感から逃れ、自然と涙腺がゆるんだ。抱きしめ無ければ気が済まなかった。
「小浪くぅん…」
身勝手な女だ。 そう私は思っていた。でも私にはやっぱり小浪君が必要だったのだ。 生きるにも、死ぬ時も。
「…ゴメン、俺は怖かったんだ。君のことがどんどん忘れられなくなっていく自分が、どんどん恋しくなっていく君の姿が、それを求めようとする俺自身の欲望が…君を、傷つけたくはなかったんだ。」 「…」 「しかも、今日はクリスマス・イブ。昨日の今頃なんて、早寝早起きが売りの俺が全く眠れなかった。朝まで目がぎんぎんに覚めたままだった。もう、歯止めはききそうにない…そう俺は思った。」 「…」 「だから、俺は今日、君が僕から少しだけ…別れたくなかったんだ。少しだけ距離を置くことで、君から僕に接したいと思わないと思ったんだ。自分勝手なのは分かってる!でも…自分が…怖いんだ。」
私を庇って…
「…言い訳しないでよ。」
そんなの小浪君の推測だ。
「…へっ?」 「君は本心のせいにして、僕に接することを拒んだ。と言うことは言い訳に過ぎないって言ってるの!」 「でも…」 「僕を…自分のものにしたいと思ってるんなら…いいよ。僕は君にこれまでどれだけ助けられてきたかはもう分からない。それだけ多かったと僕は思う。その分…いや、それ以上に僕は君が好きだよ。君となら…何でも楽しくなるんだよ。」 「あおいちゃん…」
その時、時計の時報が12時を告げた。 ピッ! ヒュゥゥゥン… ドーンッ!ドドーンッ!
「わぁ、綺麗だなぁ…」 「町が、祝福されてるみたい…綺麗だね。毎年あるの知らなかった?」
僕は小浪君と仲直りが出来た時のために、クリスマス・イブには必ず行われるこの町内の花火の一番見晴らしのよい山を選んでいたのだ。まさかそこが小浪君の自殺未遂場所というのは後から知ったことなのだけど…もうどうでもいいことだった。
二人が見つめ合う…時間を忘れるかのようにただ見つめ合う… お互いしかいないような錯覚を受ける空間の中で、互いの手を互いに取り合う… そして、僕達は互いの愛のを示し合ったんだ…
時間は2時過ぎ。 すでにパレードは終わり、皆が皆の居場所で眠りについていた…僕達もまた、僕達の居場所へと手をとりあって向かっていた… 澄み切った夜空だった。突然のように身を縮ませるような冷たさが首筋へと舞い降りる…
「うわぁ…ロマンチックだね、ホワイトクリスマスだ。」
普通は雪は曇り空から降ってくるものだと思っていたが、この雪は澄んだ空からまるで天使のように僕達の元へ舞い降りて…まるでこれからの二人を祝福してくれているようだった。 これからはいつも僕達は二人、どんな荊の道が僕達の目の前に現れようが、病や寿命というタイムミリットまで、手をとりあって歩み合っていく…。 どんな宿命を破っても。髪が僕達を呪っても。 僕達の愛は、不滅だ。 いつまでも…
――――僕へ初めて送られたサンタクロースのプレゼントは素適な素適な聖夜と、素適な、素適な彼氏だった――――
<終>
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