タクシーが病院に着いたときには恥も躊躇いもなく病院に駆け込んだ。 夜の闇がまだ支配している暗いロビーを走り抜けて、捨てられたように止まったエスカレーターを駆け上り…そこからはゆっくりと歩いた。 そこには小浪君の両親らしき人が椅子へ座り、僕達野球部部員が廊下狭しと埋めるように座っていた。 やはり現実なのね… 僕は思った。 小浪君が飛び降りたのは紛れもない事実だった。 そう考えていると僕に気づいたか矢部君が近づいてきたんだ…
「あ、あおいちゃん、やっと来たでやんすか…」 「それで、こ、小浪君の様態は…?」
矢部君が言葉を出さずに首を振り、手術室の方を眺める…そこにはまだ「手術中」と書かれたランプが赤々と光っていた。 懺悔をするように指を絡めてただただみんな小浪君の手術の成功を祈っている…小浪君のお母さんはただただ涙を押しこらえて小浪君のお父さんに寄り添っている。 この状況を創り出したのは誰…? …僕だ…どうすればいいの?どうしたら罪を許されるの?どうしたら小浪君が… 僕はただ壁を背に廊下のタイルに雫を落とし続けた。
…それから1時間、赤いランプはその役目を終えた。血生臭い臭いを漂わせながら医師が深刻そうな顔で手術室を出てきた。それに小浪君のご両親が駆け寄っていった。
「先生、和将は…和将は大丈夫なんでしょうか!?」 「…手術は一応は成功しました。しかし、故意に脳にダメージを加えようとしたために…」 「ど、どうなるんですかキャプテンは!?」
部員たちも心配になり医師に言い寄る…でも、僕はできない…僕だって心配だったよ?でも、僕のせいなのに僕が知らんぷりでみんなの中に入れるわけがないじゃないか…。 だから私は遠くからその様子を聞いてたんだ。
「何かの形で深刻な後遺症が残ることは間違いありません。野球ができなくなるかもしれませんし、最悪の場合…植物人間と言うことに…」 「そ、そんなぁ…うわあああぁぁぁ…」 「嘘っ!…小浪君…。」
現実は時にとてつもない不幸をまじめに生きている人に降りかからせてくるものだ。まさに小浪君はそうだった。 泣き崩れるおばさんとそれを支えるおじさん…そしてそれを聞いて愕然とする部員仲間…
「いったい何でこんなことに…」
私です…おばさん。私が小浪君をこんなことにさせるようなことを言ってしまったんです。そう僕は言いたかった。私があんなこと言ったからこんなことに…… 言わなければと思って近づこうとした…でも、動けなかった。 私は臆病者だった。 真実がどうだったといえなかった。 居場所を失うのが怖くて、仲間を失うのが怖くて、みんなに迫害されるのが怖くて…その真実を闇に葬った。 ただただ僕は逃げ続けていた… 罪に縛られたまま。
悪いことは続くって言うけど本当だったよ。 まずは最初に僕達恋々高校野球部が今年の夏予選への参加が取り消しになったこと。原因は「女子野球部員を含む学校を伝統ある高野連の試合に参加させることはできない」ということだった。 やっぱり女子野球選手ってのは駄目なのかなぁ?それから僕は矢部君以外の部活のみんなと話しづらかった。 さらに僕達をひいき目に見てくださって顧問まで務めてくださっていた加藤先生が産休のためお休みになってしまったこと。当然顧問のいない野球部が秋の大会への手続きは出来ないし、そんな部活に誰も顧問代理を務めてくれないもんだからほぼ「休部」状態だった。 これでグラウンドを使った練習が出来なくなり、やる気の少なかった部員が次々とやめていった。 僕が小浪君にあんな一言を言わなければ…こうなることはなかったんだ。 矢部君はそんな僕をいつもたしなめてくれた。僕のせいじゃないっていつも庇ってくれていた。でも、あのときの僕はそんな話に耳を貸そうとしなかった。 僕には、僕にはやっぱり居場所は…ないの? その日から僕はまた家に隠れた。矢部君がやっぱりそんな僕を心配して家に来てくれたりしたけどそんな気にもなれなかった。こんな虚無感は味わったことがなかった。 もう、全て投げ出したかった。
家に引きこもって4日目、既にそのころになると時間感覚など薄れていた。 常に自分の部屋に籠もってただただ体育座りでそこに頭を埋めて無力感に浸っていた。そうやって世間から逃げ続けていた。 そのときに浮かぶのはいつも小浪君の顔だった。 そう、僕は知らず知らずのうちに小浪君に恋していた。自分の罪を棚に上げて…
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