高校時代の僕は夜が怖かったんだっけなぁ。 真っ暗で、昼間にいた人がみんなばったり消えたようかというほどの静寂が妙に悲しくて、寂しかった。それがいやで自分の世界に逃げるように夢を見れば大抵はこれまでの不幸な人生を振り返るし、幸せな夢を見たとしても、朝になって部屋を照らす暖かい日差しが僕に現実を知らしめる。 そう、僕には既に家など無かった。 高校時代住んでいた家は寝起きをするだけであるものといえば場所を示す住所と電話番号、それに生活するために必要最低限の生活品だけだ。 僕の居場所は家ではなく、野球部だった。みんなとの話、矢部君のアニメ自慢、そして…小浪君との会話が僕の居場所を示す鍵だったから。 小浪君に酷いことを言ってしまったあの日の夜も、起きているか寝ているかわからない意識のまま、ただザーザーと音を立てるテレビ画面に気づいては不思議だけど消さずにその画面をぼぉーっと見ていた。
『明日も部活かぁ…早く夜が過ぎてまた小浪君と…キャッチボールしたいなぁ…』
そんなときだった。
トゥルルルルルル…トゥルルルルルル…
日常的な夜を、…いや、日常生活を乱す電子音が部屋にこだまする。 ウチの電話は不思議と世間と隔離されているようで、セールスものだとかの案内の電話は一つも来なかった。そうしてると時々あることさえ忘れてしまう電話。どうせなら使わないのだから捨ててしまおうと考えたこともあるが、連絡網のこととかもあるし、念のために置いていた。 その電話が僕に何のご用なのだろうか?こんな深夜だ。あるとすれば酔っぱらいオヤジの間違い電話だろう。
『ほっとこう…聞くだけ無駄だ…』
トゥルルルルルル…トゥルルルルルル… トゥルルルルルル…トゥルルルルルル… トゥルルルルルル…トゥルルルルルル…
おかしい。 その意識とともに僕はソファーから起きた。 薄い意識で最初の電子音と聞いたとしても既に15分間何度も何度も僕に電話している…僕にようなのだろうか…? 時間は深夜2時。 いったい誰がかけているの?
「次になったら試しに出てみるか…」
そう思った瞬間だった。
トゥルルルルルル… カチャ。
「もしもし、早川ですが…」 「あ、やっと通じたでやんすか!オイラでやんす、矢部でやんす!」
意外だった。というか矢部君には電話番号を教えた記憶もなかった。
「なんのよ…」 「た、大変なんでやんすよ!」 「大変〜?いったい深夜に何事?」 「小、小浪君が…小浪君が…」 「!小浪君に何かあったの!?」
矢部君の様子から遊びでないことはわかったんだけど、その時点では小浪君に何があったかわからなかった。そして…
「小浪君が今○○都立病院へ緊急手術を受けている途中でやんす!!」
…え?
「今日なぜか家に帰ってないのを小浪君のご両親から連絡を受けて野球部みんなで探してたでやんす。そしたら小浪君が…」
そんな馬鹿な!
「ちょ、ちょっと待ってよ!どうしたのよ!」 「学校の裏手の山の麓で…結構段差のあるところから下に向かって飛び降りたように倒れているのをオイラが見つけたでやんす…しかも、手元に遺書が…」 「!」
小浪君が自殺未遂だなんて…何で…………、あぁっ!
――――なにさ,一人上手いからって!!そんなに僕達に自分が上手いところを見せつけたいの!?もう何度も見たよ!あぁ,追い出したいさ!顔も見たくない!!!――――
まさか…そんな…!!
「とにかく早く来て欲しいでやんすよ!下手したら今夜が峠になるかもしれないでやんす!」 「わかった、すぐ行くよ!○○都立病院だね?」
ガチャン!
電話を投げ捨てるように置くとすぐに僕は身支度を始めた。支度が整うと走って交差点近くへ行って、四の五の言わさずにタクシーに乗り込んだ。
「死なないで…小浪君、お願い…」
願う気持ちで僕はつぶやいた。
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