入部したと言っても最初の頃は部員を集めるのに必死で野球どころではなかったんだ。朝の登校時間,お昼休憩,クラブ時間,下校時間を全てクラブ勧誘に費やした。
「君,俺達と一緒に野球部に入らないか?一緒に甲子園を目指そう!」 「そこの君,オイラ達と一緒に野球をするでやんす。今ならがちゃがちゃガンダーロボをプレゼントでやんす!」
矢部君の勧誘文句が笑えたなぁ…あのとき久々に笑ったんだっけ?冷やかしされたり罵倒されたりしたけど気にすること無かったもん。とにかく楽しかった。
入部して二ヶ月して正式に「恋々高校野球部」が設立された!あのときの嬉しさは忘れられないな…人生で初めてやり遂げた充実感を感じたんだもの…。 そして設立記念の小浪君の言葉,驚いたなぁ…
「今日から野球部の主将になった小浪です!出来たばっかりのこのクラブだけど,みんな楽しく野球をして甲子園優勝を目指そう!」
みんなその言葉が信じられなかった。僕も矢部君も。「楽しく」やって「甲子園優勝」だなんて無理に決まってるもん。さすがにギャグかと思ってみんな笑った。
「お,ぉい!何で笑ってるんだ!?ほ本気だぞ!!!」 「そんなこと言って〜小浪君はギャグセンスがあるでやんすよ!」 「よ,日本一!」 「そ,そうか…そうだよ!!あ,あはははは!」
みんなに冷やかされた小浪君は笑ってた。ぎこちなく。 そんな小浪君を見て,また私も笑った。
それから一年,僕達は死にものぐるいで,なおかつ野球を楽しんだ。初めはみんな少年野球以下だったけど,今はそこそこの高校とやっても引き分けるくらいまで上手くなった。 その中でも小浪君は輝いていた。いくら弱小チームと言えども4番でピッチャー。球速は速いし球も重い。それだけかと思えばキレのある変化球を使い分ける…ここまででも充分中堅クラスの高校のキャプテンくらいの実力はあった。でも…それだけじゃなかったんだ。
「ショート!もっと動きを早く!…ファースト!ファーストは打力があればいいってもんじゃないだぞ!!センターいくぞ!」
小浪君はプロ並みのバッターセンスを持っていた。各守備位置への正確無比なノックコントロール。野手が球を捕れば鉄球が当たったかと思わせる重い打球。 そんな小浪君を見て,春休み前には色々な強豪野球校からオファーがあった。 僕は正直誇りに思った。自分と一緒に野球をした仲間がプロへの道を手に入れられる。僕のことはおいといて,人一倍頑張った小浪君がそれ相当のご褒美を貰えて良かったって。 でも小浪君は… 「僕は恋々高校でしか野球をやる気はございません。みんながいるから僕は頑張れるんです。申し訳ありませんが…」 小浪君はことごとくそんな申し受けを断っていた。そんな小浪君を見かねて僕は言ったな,あんなこと…。
「小浪君,君はもっと強い高校の野球部のキャプテンになるべきだよ!僕達のことを気遣ってくれてるんだったらいいよ!これまで君のしごきに耐えて,いっぱしには野球をやれるよ!!」 「あおいちゃん…」
そう言ったら小浪君,凄く悲しそうな顔したっけ?僕はてっきり本心がばれちゃったからそんな顔をしてるのかと思ってた。でも…
「あおいちゃん,君までそんなに俺を追い出したいのかい?」
そんなつもりはなかった。
「そんなこと無いよ!僕は小浪君のことを思って…」 「そんなこと,聞きたくないよ。」
僕は本当に小浪君に僕らを指導してくれることを申し訳なくて言ってるのに…そう思った僕は酷いこといっちゃった。
「なにさ,一人上手いからって!!そんなに僕達に自分が上手いところを見せつけたいの!?もう何度も見たよ!あぁ,追い出したいさ!顔も見たくない!!!」
本気で小浪君をここから出したい気持ちはあった。でもそれは小浪君が強豪高校に入って甲子園優勝の夢を果たしてもらう為。 すると小浪君…何も言わずに部室を出て行ったんだよね? 僕は強豪高校に行くことを決意したのかと思ってあえて追わなかった。それで今日の夕飯をどうしようかと思って呑気にスーパーに出かけたんだ…その後どんな事態になるかも知らずに。
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