まずは一通り話を整理してみようじゃないか。 俺は多くの囚人と共に昨日この島へ上陸し,この施設に入所した。そこでは所長のヘルガと副所長のマコンデがいた。マコンデには完全に敵視されてしまったが所長のヘルガには意外と好感を持ってもらった…むしろ持たれたのか?? 次に元工場勤めの三谷さん,元モグラーズの倉刈さん,矢部君にそっくりの山田君にであった。みんな野球房の囚人で,明日のテストに合格すれば晴れてみんなの仲間入りをするわけだ。
小浪は監視役の男,倉持に車で送ってもらった後,簡単な身支度を済ませ,ベットに潜り込んでいた。しかし,B級映画ビックリの急展開を見せた今の現状をちゃんと把握するべく,これまでの一連の動作を振り返っていた。
そしておかしいのがあの倉持さんだ…この時代にはまだテレパシーを送ったり,人の考えが読める電波系の超能力者は存在していないはずだ…。これまで確認したとしても自然発火現象が使える漁火さんしか見たことがない…。
文献にも載ってない新発見をした小浪だが,何か一つ気にかかる…脳にそれがしつこくまとわりついて離れないのだ。つい最近知ったはずの情報なのだがこの所頭を殴られてばかりで頭から抜けてしまったのだろうか?小浪は仮説をたてることにした。
俺の直感が言っている。あれは不自然だ。普通の人と何かが違う…となると考えられるのは次の通りだ。 一つ目は一番まともな「歴史的新発見」だな。まだこの時代にいないと考えられているタイプが実在してるのだからこれは歴史に名を残すような大発見だ。 二つ目は古典(俺の時代からすればこの時代のことを指す)に載っていた「人体実験被験者」だ。簡単に言えばミュータントなのだがちゃんと俺の生まれる200年前に某大国の軍事組織で極秘に製作されていたのを発見されている。もしかしたらこの時代にも造られていたかも知れない。 三つ目…これは時空警察官としての俺の判断だが,あいつこそ俺が狙っていた「時空犯罪者」ではないのか?時空を歪め,歴史を変えようとしてたが,何か事故に巻き込まれ歴史を変えた後に未来に帰れなくなってしまった…充分あり得る発想だ。それならあの超能力についても説明がつく! 待てよ…もしも三つ目だったら何故さっき俺を殺さなかった?考えが分かるのなら相当頭がきれるはず。そんな奴があんな絶好の機会の逃すのか?もしかしたら後でほかにもなにか罠を張って…
考えれば考えるほど仮説はたてられず,また新たな仮説が浮かび出す。いくら考えても説明はつかない…諦めて寝ようかとおもえば蒸しきった夏の暑さが体にまとわり,眠気を奪ってしまう。そうして時間は刻々と過ぎていく。 どれくらいそのような時間が流れたのだろうか…考えてももうどうしようもないと頭を整理した小浪はかいた汗を拭くことにした。
「みんな凄いよなぁ…こんなに蒸し暑くたってお構いなしに熟睡してる…未来じゃ絶対にあり得ないよな,囚人用の部屋でも冷暖房完備だぞ?たまったもんじゃないよ…」
小浪が吹き終わり,フトンに入ろうとしたその時,1人の男がガバッとフトンを払っておきた。小浪は暑苦しくて起きたのかと眺めていた瞬間,
「ウギャアアアアァァァァ!!!!」
男は背中を反らし,腕をクロスさせ,指は背中に剔り込み,口から何かを吐き出し始めた。その液体が窓から入る月夜の光に照らされてその赤々とした自分を反射させている…。
血だ…
小浪はそれを見て直感した。慌てて男の介抱に向かう。
「オィ!大丈夫か!しっかり気を持て!どこが悪いんだ!!」 「ギャアアアアアァァァァ!!!!うがあぁぁぁあああああ!!!」 「き,聞こえないのかしっかり…」
小浪が話していると男は小浪のこめかみを持ち,信じられない握力と腕力で小浪を持ち上げた。
「うぐぅ…や,止めるんだ…」 「ああああああああああぁぁあああ!!!」
一心不乱に手を退けようとするが男は万力のような力でビクともしない。小浪はこれでも警察のなかでも少しは空手や柔道で名を挙げた実力者だ。なかなか体格もいい方なのに,この短身痩躯の男に掴み挙げられている…。小浪何が起こっているのか分からなくなっていた。 しかし,気の遠くなった小浪は何かを聞いた。
ーーー助けて…俺を…元に…頼む………ーーーー
…この声は…こいつ…?
ビキィ!!
それを聞いた瞬間,男はより一層力を入れ,小浪は自分の頭蓋骨が変な音を立てるのを覚えた。そして薄れゆく意識の中で,野球房のみんなが正気を失った男を取り押さえる姿が映り,後ろのドアから兵士達が男に対して発砲する銃弾の音が頭の中を駆け巡っていた…。
ここは何処だ… 真っ白な空間に一人たたずんだと思えばめまぐるしい光が俺を暖かく包み込み,優しく誘う。目の前には周りより一層輝いた光があり,俺を包み込んだそれらは俺をそこへ運ぼうとしている。
そうか,俺は死んだんだ。
俺は発狂した男の介抱をしようとして頭を砕かれたんだ…するとあれは死者が集まる場所なのか?俺の行き着く場所はあれなのか…。 ふと周りを見ると同じように死人が光へ誘われるのが分かる。どれもこれも生気を失った肌色で青白く変色している…。
ーーーーごめんよーーーー
何か聞こえたか?死人にも五感はあるんだな。今更死んだ俺に何の用がある? 振り返ってみるとそこには…
ーーーーごめんよおぉぉぉぉぉ!!!ーーーー
「うわあああぁぁぁぁ!!」
小浪は体にかかったシーツを吹き飛ばし,体を起こす。
「ハァ,ハァ,ハァ…さっきの男が無惨に銃殺されて…あれ?ここ何処だ?」
今度は何処へ着たというふうに辺りを見回す。部屋は手術室と科学研究所が一致したような部屋で,小浪はその真ん中に寝ていた。部屋には様々な医療器具や実験道具などがあり,小浪の体にも無数の管が繋いであった。 これは何だろうか…液体が注入されている…点滴か? 管の先を目で追うと確かに点滴に似た袋はあった。しかし,奇妙な色をしていてそれが何なのか検討もつかない。
「ん?君起きたんだ。」 「!っだれだ!?」
振り返るとそこにはこの部屋の主と思われる男が立っていた。その手には注射器が握られている…。
「俺は何故生きてるんだ?発狂した男に頭蓋骨を…」 「そう易々と僕の医療技術を舐めてもらいたくないね。野球房の囚人を死なせたら私は死刑だ。」 「さっきから野球房野球房って何だ!それにさっきの男は死なせてしまったんじゃないのか!?」
そうだ。確かに気絶寸前だったが男が銃殺されるのを俺は見た。野球房の人間を死なせてはいけないのならあの男も死なせてはいけないはず…
「あの男はどうせ“実験体”だったんだ。野球もすでに出来る状態じゃなかったから関係ないよ。」 「“実験体”とはどういう事だ!?俺達は野球が出来なかったらその場で捨てられるような存在なのか!?そんなこと,世界が許すわけ…」 「その点についてはお前が考えないくてもいい。」
振り返るとそこには所長とマコンデがいた。マコンデはいかにもたいぎそうに不機嫌な顔をしていた。
「この島は存在しないものと一緒だ。いわば世界のルールや人権なんて関係ないんだ。」 「何だよそれ!俺達は勝手に連れてこられたんだぞ!!そんな事って…」 「勝手だと?」
今度は所長が俺の顔に近づいて話してくる。
「勝手と言えばお前達のほうじゃないのか?借金を返すためにここに来たと思えば仕事が怠い,死にそうとかなんとか言って本部に迷惑をかけておいて。」 「そ,それは…」
それは反論出来ない。俺だって借金を返すためにここに連れてこられたんだから逆に感謝しなくちゃならないところもある。でも,だからといって人権を侵害する権利を持つ人間なんていないはずだ!これは単なる横暴だ! ジッとにらみ合う俺達3人を見て,男はさも満足そうに言った。
「うん,これだけ反論する元気があるならもう大丈夫だろ。今日は実技試験があるんだろ?もう行きなさい。」
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