全く冗談じゃない……。 囚人が宿房へすでに帰ってそれぞれの娯楽を楽しんでいる中,小浪は仕事初日目の業務を終わっていた。小浪と監視役の二人だけが薄暗い工場に残り,それぞれの後始末をしている。 全くあの所長にはまいったもんだよ。あの後従者に送ってもらって帰ってみると「サボり」扱いされて制裁を受けて,挙げ句の果てに残業させられるんだもんなぁ…いい加減にして欲しいよなぁ…。 小浪が全ての後かたづけを終わらせたときにはすでに9時を越えていた。普通の囚人ならとっくに就寝の時間だ。監視役は僕にクーポン券に似た「ペラ」を渡すと,仕事中についての注意事項を話して宿房へ送ってくれることとなった。
門を通過するときに俺は隠れるよう,指示された。どうやらこの人の独断で俺を宿房まで送ってくれるらしい。とても親切な人だ。監視役は俺に「もういい」と一言言うと,一息ついて語り出した。
「…どうやら,ボウズは所長に気に入られちまったようだな…違うか?」
突然秘密の予定だった話について語り出した。従者が何か言ったのだろうか…小浪は私的な考えはおいといて,現状から分かることを話した。
「自分でも何がなんだか…俺は工場で造られている兵器が何処かの組織に売買されているんじゃないかと同僚に聞いたら殴られて…目が覚めたら所長の部屋らしいとこに寝かされてて…さっぱりです。」 「だろうなぁ…あんときの俺と一緒だな,オメーは。」 「!!」
監視役の人間が何故自分と同じ体験をしているのだろうか?その前にこの人もあの所長に惚れられた…?そうは見えないが… 男のおおまかな姿が月夜の光でぼんやりと見える。大柄の体にほどよく筋肉もついている。全体をぱっと見たら30くらいのスポーツマンにしか見えないが,老け顔なのか,体が若いのか,顔は40過ぎの中年で無精髭を生やしていた。
「あれ?オメーは囚人でも組織の一員になれることを知らなかったのか?」 「そうなんですか!?俺はてっきり囚人は金を返すために働いて,兵士はそれを見張っているものかと…」 「まぁ,一般の奴が見たらそう映るわな。囚人で金を返せた奴は本国帰還か組織の一員になるか選択を迫られるんだ。俺はこっちでちょいやる事あったかんな,残って監視役についたって訳よ。」 「そうなんですか…」 「実際,本国帰還した奴は俺の目では見た事ねーけどな♪ははははは。」
あっさりぶっちゃけてあっさり笑う人だな…囚人にこんな事言っていいのだろうか?でもこの人が帰った人見てないとなると本国帰還を選んだ人ってひょっとして処…。
「安心しな。オメーは人にはベラベラ言わねぇタイプだし,それを信じてぶっちゃけトークやってるんだ。信頼してんだから裏切んなよ?そう言えば俺も帰った奴どうなったか知らねぇなぁ…」
…この人超能力者か。この時代にはまだ心を読むタイプはいないと習ったがそうでもなさそうだ…っは!いけない!無駄なこと考えると読まれ…。
「…オメーまさか未来人か?おもしれぇ事考えやがる…よっしゃ,決めた!」
ハンドルを片手に男は思いついたような顔でこちらに振り返った。その純粋無垢な笑顔に小浪は少し驚いた。
「今日から俺がオメー専属の監視役になってヤンよ。」 「監視役?専用のですか?」
何で囚人相手に専用の監視役がつくんだ?そもそも俺は…
「“そもそも俺は歴史の修正のためにこの時代に来たのに何で囚人にならなければならないんだ…”だって?オメー面白れぇ奴だな。」 「あ,そう言えばバレるんだったっけ…考えること。」 「まぁ,天からの授かり物って事にしといてくれよな。あと,オメーが考えてた疑問だけどな,説明聞いてねぇのか?」 「説明?専用の監視役がつくことについてですか?」 「あぁ,オメー何にも知らねぇんだなぁ。スポーツ囚人の中でも野球帽の囚人は特別に兵士,又は監視役が1人専用の監視人になることが義務づけられてんだよ。」
何で野球に限ってそんなことするんだ?他にもサッカーとか大衆スポーツはいくらでもあるのに…。
「それはわかんねぇ。なんかに使うんだろ。俺もそんな健診みたいなの受けたしな。」 「…考え漏れちゃうから読むなとは言いませんが,考え読んでさっさと話しちゃうの止めてくれます?」 「あ,すまねぇすまねぇ!こう言うの“プライバシーの権利の侵害”っつーんだけ?」
大口を開けて1人げらげらと笑っている…こんな監視役なんてアリなのだろうか?…来る途中のボカスカ殴る兵士よりはまだいいが。
そんなこんなで話しているとだんだん宿舎に近づいてきた。男は突然閃いたように小浪の方を向いた。
「そういやぁオメー知ってっか?野球房の新入りは三日後テストだぞ?」 「え!?テストなんてあるんですか?」 「あったり前よぉ,下手くそなんかがチームに入ってもいらねぇからな。」
まぁね…俺はそこまで下手くそじゃないと思うが…。
「そうとは限らねぇぞ?借金にまみれたとか,スキャンダルで落ちぶれたッてことでこの島に来たプロ野球選手もいるからな。簡単にはいけねぇぜ?…ァ,すまねぇすまねぇまた考え読ンじまった!」 「もういいです…勝手に読んじゃって下さい。」 「後,テストを確実に受けるにはこれもいるぞこれ!」 「何ですか?」 「オメーはこの島来てこれはちょっとは稼いでンだろ?」
男は指で丸い形を作った。お金,つまり「ペラ」のことを指しているのだろう。
「いえ,今日が初めての仕事でしたから…10ペラだけです。」 「そいつはヤベェな。オメー見てぇな新人は目立たねーから順番後回しされたあげくに“もう飽きた“って言われて見てもらえねぇぞ。」 「えぇ!そんな…」 「しかもオメー,昨日マコンデに楯突いたらしいじゃねぇか。新人のテストの立ち会いはたいていあいつの仕事だ。確実にオメーの番一番終わりにして,適当に理由つけて見ねぇ気だろうな。」
なんて事だ…あの副所長が立会人だなんて…どうしようもないのか? 落胆しきってる小浪の背中を男はバンバンと叩いた!
「手立てはある。オメーは野球房の班長にあったか?」 「いぇ…誰ですかそれ?」 「まだ会ってねぇのか?囚人だが言葉巧みにまんまと楽に金を稼いでるやな野郎だ。あいつがマコンデとつるんで選手を組んでる。」
そんなタイプの囚人もいるのか…。
「問題はここからだ。マコンデの野郎に嫌われちまったのならその班長にしっぽ振って取り入れてもらえばいいんだ。つまり…」 「稼いだペラを渡せと?」 「That’s LIGHT♪この時代のこと良く分かってンじゃねーか。」
まぁ,未来の学校では「歴史マニア」とさえ言われた俺だからな。これくらいは常識…
「そんなんじゃあ彼女いねぇだろ?」 「勝手に話をそらさないで下さい!」
こんな調子でこれからこの人とやっていくのか……体の前に心労で死なないか不安だ…瞳さん,もう一度会っておきたかったなぁ。 男が話しているのを後目に,小浪は自分の不幸を今一度噛みしめながら嘆いていた。
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