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しあわせ島奇譚 作者:mituki

第3回   第三章
「…全く所長。何故あのような物に慈悲などかけたのですか?私ならあんな反抗的態度をとる収容者は他の奴らの見せしめとして…」
「だからお前は副所長に降格を命じられたのだ。貴重な野球班だし,幸せ草の実験にも使えるし…特にあの眼差しは…」
「あのクソ生意気な目線がどうかされたので?」
「…いや,なんでもない。」
 何のことだと頭を悩ませるマコンデを後目にヘルガは窓から小浪を見つめていた…。
 その後,管理棟を出て十数分で小浪は収容者用宿舎にたどり着いた。時計のない今は正確な時間を知ることはできないが赤道付近の島でもう日が沈んでいることから午後8時は過ぎているだろう。
 目の前の建物は管理棟とは違い,かなり老朽化が進んでいた。戦時中から立て直しては使われ続けているようで,焼夷弾の破片や銃弾の痕近くの,もう薄れて見えないものもある血痕が今もその時の惨劇を物語っている。
 しかし今は長いこと立て直されて居らず,中には割れたままの窓ガラスもあり,日本に居たときは廃屋としか思えない建物だった。一人の兵士が朽ちたドアの正面を指さした。
「この扉のすぐ先が野球班囚人房だ。食事時間は8時半,消灯時間は10時だから自己紹介後班長から支給される夕飯を食べたらすぐ寝るように。明日からは早いからな…分からないことや詳しいことは班長に聞け。」
兵士はそう言い残すと迷彩車に乗って夜の闇に溶けていった。それを立ちつくすように見送った後,小浪は取っ手をとってみた。
 ドアは腐っていた。長年人に使われていなかったように蝶番は錆び,取っ手はネジが緩んでいて上手く開かない。それをどうにか壊さないように開け,野球班房を目指す。
 建物中は鼻にかび臭さ特有のツンとした臭いが立ちこめ,電球は数が少ないので薄暗い。手前の階段を上らす一本道の廊下を淡々と進んでいくこと十数秒,宿泊房らしき部屋を見つけた。これ以上先には部屋はないのでこの部屋が野球班房に違いない。
「ここが今日から住む部屋か,まるで刑務所みたいだな…俺悪い事してないのになぁ。まあ気を取り直して…っと,失礼します。」
 部屋は昔の日本兵の宿泊施設か何かを再利用しているらしく,特に目立った者はない殺風景な部屋だった。兵の宿泊施設だったためか,囚人を入れるために広くしたかは分からないがとにかく広い。二段ベットがおいてあるのだが,ここにはざっと見て30人は泊まれるだろう。
 見た限り10数人の囚人が収容されていた。囚人は皆顔がやつれ,栄養失調特有の症状が肌のあちらこちらに現れていた。今は食事中らしく,各自が集まっている前には食事ののったトレイが置いてある。
「今日からこの野球班にはいることになりました小波といいます。皆さんよろしくお願いしま…」
「お?お前さん見た限り結構度胸があるみてぇだな。なあに肩苦しいこと言うよりもここに座れや。」
 小浪に声をかけたのは頑固そうな顔つきに白くなりかかった頭髪の男。小浪が横に座ると笑いながら背中をバンバンと叩いた。
「いや〜来たばっかりなのにあの副所長と一悶着したらしいじゃねーか!その度胸気に入ったぜ。俺は三谷ってもんだ。」
頑固そうな顔とはにつかないほど陽気で豪快な性格だった。それを見ていた,これもまた結構歳のいった男が小浪に小声で話しかけてきた。
「三谷さんは酒が入るとこうですが実際はかなり頑固なんで気をつけて下さいね。」
そう言われてみるとこの三谷という男からはかなり酒の臭いが立ちこめている。この男の言っている通りのようだ。
「おい倉刈さんよぉ,人が酒飲んでるのにケチつけるってのかぃ!!」
「い,いぃえ!とんでもない!!」
 自分にケチを言われたと怒る三谷に地面と水平なくらい頭を下げて謝っている。この男,かなり弱気のようだ。
「あ,私は倉刈といいます。こう見えてもモグラースが日本一の時のレギュラーメンバーなんですよ…」
こう見えてもと付け加えられてもどうも信用出来ない。大体自分は未来の人間なのだからそんなこと知るわけないし…まあ,明日も早いしそろそろ寝るか。
「ではこのケガですし,そろそろ寝たいと思います…お休みなさい。」
寝ようと空いたベットに向かうと小浪の腕を三谷の手がむんずと止めた。そして片手に酒を持って,
「まだ歓迎会は始まったばかりじゃねーかよぉ!なーに,酒は百薬の長といってそんなケガ,飲んでたらすぐ直るわぁ!さぁ飲め飲め!!」
「そうですよ,今日は夜通し飲みましょう!」
 小浪は豪快な三谷と弱気な倉刈に挟まれ,疲れた体を休めることもできず,そのまま夜明けまで飲み続けてしまった…。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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