「…よくやったぞ倉持!監査役のくせにしてはいい仕事をしたじゃないの♪」 「テメーの為にやったんじゃねぇよ、あくまで俺とヘルガちゃんのためだ。」
小浪は聞き慣れた声に目を覚ますと、そこは暗く、地下特有の酸化物の匂いがする… マコンデと倉持の声の響きから、ここはとても大きな地下基地と言うことが分かる。実際に目が使えたらこんなに気を遣わなくとも見えるのだが…無理な話だった。 小浪は四肢の自由を奪われて空中で鎖で縛られていた…目には目隠し、口には猿轡と用意が良くできていた。超能力が使えればそんなことは気にもしないのだが、何をされたか分からないが筋力増強も、空間停止も…会話手段のテレパシーさえ使えない。いざとなったら倉持なら解析されてしまうだろうが、気休めと話し合いのためにはもってこいだった。 耳には遠く、金属音と多くの気合いのこもった叫び声が聞こえる…これは…野球?
「そろそろ準備を始めるか…マコンデ、奴らをいったんほどけ。」 「はっ。」
それが聞こえると小浪は急に支えられていた鎖を離され地面へ叩きつけられる…かなりの高さの上、縛られて自由のきかないまま落ちたのでそのダメージは大きい。 声にならない悲鳴がこだまする…それは二人分、小浪と落田のものだった。 痛ぇ…何のために俺たちを口封じする気だ…それだけこの島には歴史的犯罪が潜んでいるのか?そうだったら未来のためにも、実際の任務から外れてでも守らなければならない…それが時空警察官としての俺の心がけだ!
「…じゃあ、そろそろ貴様達に訊こうか。あの研究室で何をしてた?変に嘘をつくな?貴様らからこっちの情報は読み取れなくてもこっちからは丸見えなのだからな。」 「そ、その前に…聞かせろ。そうしたら…洗いざらい吐いてやる。」 「…何だ?」
俺は気がかりで気がかりで仕方がなかった。それは落田も同じであろう。だから先に俺が聞いた。 ヘルガの顔が俺の顔の目と鼻の先にある。ついこの間までは怖ろしい仮面をつけた美女と思っていたが、この顔こそが本当のヘルガの顔なのだろうか…怖ろしいではすまされない、静けさの中にも憤怒が感じられた。
「きょ、今日は…7日だろう…?他の囚人達は…どこにやった。」 「何だと?」 「とぼけるなぁ!俺たち抜きでテレパシーしか使えないあいつらが超能力のスペシャリストが集まった一軍とやり合って勝てるわけないだろうが!あいつらは…どこだ!?」
そう、負けたら人知れず何処かへ消えてゆく敗者達。これまでは俺と落田君で稼いできたが奴らだけで一軍と戦って勝てる確率は一片もない。もしかすると…もうすでに…。
「そう、実験室だw」 「「!?」」
実験室!?研究室ではないのか!?マコンデは続ける。
「あんな人数を一人ずつしか研究できないちゃちなところでやれるわけ無いじゃないの。今頃しあわせ草の限界値を知るために超絶的なスピードでしあわせ草のエキスを注入されてるかもw」
もう、いやだ。
「貴様ら…俺たちをなんと考えているんだ?」 「「「「!?」」」」
体が、俺の体が、何かを求めるために力を漲らせていく…俺の体ではないように、俺の体が動き出す。
「研究体か?それとも労働力か?それとも…」 「小浪君…」
体の隅々までアドレナリンが増長しているのが分かる。俺は今ひとつの意識をもってでしか自分の自我を保てないだろう…そう。
「貴様ら…皆殺しだ!」
殺意という名の悪魔だった。 殺意という名の悪魔は、俺の体を心地よく包み、癒してくれる…そして逆に、それの代わりに血を寄こせと要求するように、俺の思考力を奪い、筋肉を極限にまで増強させる…。 小浪のスピードはおそらく矢部の高速移動に匹敵するだろう。 まずマコンデの首を刎ねた。マコンデの体は数秒地面に阿呆のようにぼーっと突っ立っていたが、やがて前のめりに体を地面に向かって倒れた。細かく体を痙攣させて、最後の生命活動を満喫している…。 次に落田君の超能力を封じている力を抹消した。これは恐らく倉持、ヘルガどちらかの能力であろう…落田は体を起こすと事前に打ち合わせておいた場所へ向かおうとした。しかし…
「テメェラの考えはお見通しだよ!」
やはり倉持はどんなに防護策を考えても読み込んできた…ならば、こうするしかなかった…
「落田君、今だ!」 「任せろでやんす!」
――――キュン! ――――キュン! ――――キュン!
お互い一瞬で能力を使い、落田は消えていた…気づいた倉持が必死に探すがすでに落田の姿はなかった。
「小浪ぃ…オメェ何をした?」 「俺を倒せたら答えてやろう…」
落田君はもうこの世界にはいないのだ。しかもこの能力は未来を知っているものしか使えない究極の技…この時代の人間であるはずのヘルガと倉持が落田を追えるわけ無かった。 どちらにしろ、これでBB団は終わりだ。何しろ、こっちにはこれで「時空警察」と言う味方が現れるのだから。
「時空移動か、たいしたものだな小浪。やはり私の推測を遙かに上回る能力を持っていたのか…」
ヘルガがやはり脳を読んできた。倉持も読んで、悔しそうな顔をする。
「どっちにしろ、これでお前達は終わりっと言うわけだ。俺の正体も現してしまったし、さっさとお縄についてもらおうか?」 「ふん、時空警察かなんだろうが、しあわせ草で体を完全な超人化したこの俺を倒せるわけがないぜ!かかってきな、坊主!!」
倉持が構える…ヘルガは観るだけのつもりだろう、殺意も闘気も全く感じられない… 倉持は叫びながらさらにそのここの力を解放してゆく…すでにこの姿は化け物以外で表すことはできないだろう。 3mは越す全長、体の隅々に現れた鱗のような金属、筋肉ははち切れんばかりに増長し、重さからか床にどんどんめり込んでいってるが当の本人は気にしていない。 これを相手にするのか…俺は奴を見上げた。遙か上から俺を見下ろしている倉持へ、ありったけの憎悪と殺意をぶつける。
「イクゾォ!!」
声が変わってるとか考えている暇はなかった。 その巨体に似合わず怖ろしいほどのスピードで目の前に現れ、腹へ巨大なハンマーで殴られたかの衝撃を食らった。 下の方のあばらが衝撃のみでもってかれた…この化け物め!! 次は俺だった。俺は倉持の左肩に乗ると、素早く延髄蹴りのようりょうで倉持の喉を思い切り蹴った!ゴキッと言う嫌な音がして倉持の首は後ろへ垂れ下がる… これで終わりなのか?脆いものだ。 そう思ったその時だった。
ゴンッ!
何が起こったのであろうか。後頭部を思い切り殴打されていた…続けて浴びせられる鋼鉄の拳の数々…体中が悲鳴を上げ、打たれた後頭部からは血が噴き出した…。 なぜ?倉持もヘルガも俺の見える範囲にいるのに…
「ウシロミテミロバカメ♪」 「!?」
何者かに話されたと思い素早く振り返ると…そこには首の伸びた倉持の顔があった。 そして前を見るとそこには腕の伸びた倉持の拳があった。 さらに殴打を繰り返し受ける…身を捻らすほどの痛みを体全体で味あわされる…
「倉持は我らBB団結成して最強のアンドロイド式ミュータントだ!覚醒しただけの時空警察に勝てるかな?ここで素直に朽ち果てるがいい!」
ヘルガの凶悪な一面を今この目ではっきりと見た。感じた。あの好きだという言葉は嘘だったのだ。 やはり愛しているのは瞳さんだけだ、その瞳に逢うためにも、小浪は負けていられなかった。 体を起こし、体の全ての力を抜け出す…一か八かだった。
「アレ?モウコロシアウキガナクナッタノカ?モットモットヤロウゼェ!!」
倉持が渾身にためた一打を俺に食らわせとようとした。 今だ!
ガシッ!
堅く堅く倉持の体を押さえつけた…こんな奴、肉弾戦で戦っても勝てるわけが無いじゃないか、ならば…
「消えろ倉持、その薄ら笑いを二度と俺に見せるな…見せることもないだろうがな!!」
消してしまえば良かった。
倉持は何が起こっているか分かっていないようだった。むろん、ヘルガもだった。 倉持の体は常識を覆すほどのスピードで地面へめり込んでいった。その先には…
「ギャアアアアアアア!!!!」 「地獄の業火でその異形となった体を浄化するがいい!!!」
溶岩だ。倉持の体が鋼鉄でできているならば、肉弾戦でやり合っても俺が必ず殴り殺されるだろう。それよりも溶岩の中へ突き落として確実に倒すのがベストだった。
「倉持ぃ!!」
ヘルガが助けに行こうとするが、すでに遅かった。
「ア…アアアァァ…」
鋼鉄の悪魔はその巨体を完全に消滅させた。もう二度と這い上がることはないだろう。 泣き崩れるヘルガ…倉持がヘルガに魅入られたという話は本当らしい。ただただ墜ちる前に地上に残した金属の鱗を残し、倉持は完全に消えた…。
そうなると話は早かった…ヘルガはすでに頼るものはなくした。もう戦うすべもないだろう。素直にお縄についた。 その数十分後、俺の同僚達と落田君が未来からやってきた。これでBB団本部も、時空警察の下、為す術もないだろう。 全てが終わった。 同僚達がねぎらいに俺を訪れる…やはりこいつらが和桐工場を襲ったのだろう。あれだけ未来のことを知っているのだから。 これまでの話は信じられる人はほとんどいないだろう、けど、俺にはこの世界をあくから守るためにそれを伝える義務があるのだ。それで二度と、こんな事がないようにと… 同僚が俺に手をさしのべる…力尽きた俺を起こしてくれるつもりだろう。その手を取り、体を起こそうとした…
カチャッ!
「!?」 「えーこちら時空警察113!容疑者を逮捕いたしました!」
何が起こっているのだ、容疑者はあそこに立っている女とその穴の下で溶けきった倉持達じゃないか!!なぜ?
「多くの死者がいます!その大部分はこの施設の傭兵と思われるものです!あと真ん中にごつい男の焼死体も確認!小浪巡査長が持っているオイルとライターから小浪巡査長が火をつけたものと思われます!」 「ちょっちょっと待てよ!俺はここの陰謀を明かそうと鋼鉄のミュータントとも戦ったんだぞ!?それなのになぜこの俺が…」 「あれが鋼鉄のミュータント?」
もう一度そこを観る…そこには大柄な男が火炎で燃やされた焼死体が倒れていた…溶岩へ続く穴などどこへもない。 そして周りを見渡す…多くの傭兵どもが力なく地面へ倒れ、息絶えていた…なぜ!?なぜ!!??
「嘘だ!!これは何かの間違いだ!!俺は確かにあの怪物と戦ったんだ!」 「容疑者は錯乱状態です!強制的に本部へ送ります!」 「やめろおおおおお!!!!!」
もう何が起こっているか分からなかった。 世界を守ろうとした俺が逆に世界の的になっていた。 同僚達の刺すような視線が俺に浴びせられる…俺は異常者だった。 自分の体をよく見る…それは鋼鉄の拳を与えられたようなものではない。ただ傭兵どもが俺に向かった発砲し、被弾した後だった。 そんな化け物を同僚達は護送車へ詰め込み、ヘルガ達に一礼して去る準備を始めた。
俺はどうなる?俺はどうなっている? 俺は間違っていない!何も間違ってはいないんだ!
俺の奇譚はまだまだ続きそうだ…
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「ヘルガ、今回はよくやったでやんす。今度はBB団の副団長の座を約束するでやんす!」 「はい、ありがたき幸せでございます団長。」 「でも倉持幹部、ヘルガ様の超能力『幻想』はいつも感心させられるばかりですな。このマコンデ、感嘆する限りでしたぞ!」 「そうだな、自分を『瞳』という別人に変えて小浪に近づいたり、俺をあんな怪物や焼死体に魅せるんだからなぁ…観てるこっちも怖いってもんだw」 「まぁ褒めるのはそれくらいにしろ。それにしても団長、団長は今後時空警察が入ってこれないようにちゃんと時空警察庁長官としての自覚もかねてよろしくお願いしますよ。いつもこの調子では私も疲れてしまいます…」 「すまなかったでやんすよ。まぁ、これで我らを脅かす存在は何もないでやんすからねぇ〜ゆっくりと世界征服を楽しむでやんすよ♪」 「これからもよろしくお願いしますよ、『落田』団長。」
<完>
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