4 フィズ「如何ともしがたいのは食堂だな(クチャクチャ)」 ミレア「食堂?食糧じゃなくて?」 フィズ「ああ。どうにもまずいのは食堂だ(クチャクチャ)」 ミレア「何がまずいってのよ?」 フィズ「あの店のパスタは幾ら何でも茹で過ぎだ(クチャクチャ)。すっかりのびちまってて食えたもんじゃねえ(クチャクチャ)」 ミレア「………………」 フィズ「シチューだってそうだぜ(クチャクチャ)。目一杯煮込めばいいってもんじゃない(クチャクチャ)。すっかり煮詰まっちまってて……あれじゃあポタージュだな(クチャクチャ)」 ミレア「……つまり?」 フィズ「さっきから言ってるだろ。この町の食堂は……不味い(クチャクチャ)」 ミレア「何かと思えば今日の晩ご飯の話かっ!少しは仕事の事も考えなさい! ついでに人と話してる最中に、干し肉をクチャクチャ噛むのも止め!聞きづらいし読みづらい!」 フィズ「そういうお前も『!』が多すぎだぞ。 あ、ちなみに干し肉は食事じゃないぜ。間食……オヤツってやつだからな」 ミレア「誰に何を説明してるのよ?」 フィズ「しかし、あの食堂の不味さは本当に絶望的だぞ。この町唯一の食事処だってのに」 ミレア「聞いてないし……」 フィズ「今日や明日は心配ない。だが、いずれ死活問題となるのもまた必至だ。飯が不味いからと言って、飲まず食わずでいれば人間はいずれ死ぬ」 ミレア「生命の危機に瀕してまでも、食べたくないわけ?」 フィズ「食う事と寝る事は人生において最大の楽しみだからな。こうなったら、俺達の手であの食堂を立て直してやるか」 ミレア「……私達に求められた仕事は、あくまでも調査。美味いメシ屋を作る事じゃないのよね。 第一、フリーの私達だけじゃ、大規模な食堂の立て直しなんて不可能よ」 フィズ「フム、参ったな。かなり重大な問題だ」 ミレア「……どこが?」 フィズ「これから暫くあんな不味い飯を食わねばならないなんて……この世の地獄を垣間見た気がするぜ」 ミレア「………………」 エリ「他地区のコックさんに応援を頼む、とかどう?」 フィズ「そうするしかないんだろうが、距離がありすぎるぜ」 エリ「エリ達もやらなきゃいけない事があるもん。まだ、ここを出るわけにはいかないよね。 しょうがないなぁ。こうなったら、エリが何か作ったげるよ」 フィズ「……その選択は、現段階じゃリスクがありすぎる。賢い策じゃない(この女の作る料理……想像するだけでゾッとする)。 なら、どうすればいいかな?」 ミレア「いや……そんなに真剣に悩まなくても」 フィズ「今は放っておくしかないか。 もう一つ、問題が残ってる。ターミアル壊滅の真相だ」 ミレア「……って言うか、壊滅してないし」 フィズ「壊滅的な不味さだったぞ、あの食堂」 ミレア「まだ続いてたの?飯の話」 フィズ「日中に、食中毒患者の手当や情報の収集に勤しんだ結果、ある程度の推測はたてられるようになった。 混乱の最中にしては、まずまずの情報量だ。ちぐはぐな点も多いが……」 ミレア「………………」 エリ「うんうん、そ〜だそ〜だ」 ミレア(むしろ大混乱しているのは、あなた達の頭の中だと思うんだけれど) フィズ「とにかく一つ一つ洗い直してみよう。 聞き込みをしていて分かった事だが、青紫色をしたピエロと女剣士がかつてこの地で漫才をしていたらしい」 エリ「最近、お笑いブームだもんねぇ。不景気なご時世には、ああいうのが流行るのよ〜」 ミレア「この上もなく平和な世の中ねぇ…… ところで、その二人ってフェイカーさんが言っていた人達の事じゃないの?」 フィズ「確かに言っていたな。大規模なお笑い合戦が行われていたって。 目撃証言をふまえて考えると、俺達に変ないちゃもんをつけてきた、あの女剣士も一枚噛んでるらしい。例の剣士とやらの正体も、彼女である可能性が極めて高い。他に該当する人物がいないからな」 ミレア「……じゃあ、もう一人の魔法の使い手が、青紫のピエロ?」 フィズ「かも知れない。過去の案件からも、道化野郎が魔法を扱える事は判明している。 ただし、断定するには早いな。 もう一つ。ヘルゼーラの話の信憑性についてだが、こちらは薄くなってきたな。俺達がここに入ってから、スクールのマスターとは一度も顔を合わせてない。目撃証言だって一つもなかったしな」 ミレア「マスター、か。 あの人自らが、わざわざこんな平和など田舎に出向くとも思えないわね」 フィズ「て言うか、ただ単にスクールサボって旅行でもしてたとか」 ミレア「……あり得そうな話だけに頭が痛くなってきたわ」 フィズ「六つの頃から、俺やミレアが勉学に励んでいた場所、スクール。設立されたのはほんの一五年前。その創立者こそが、マスターと呼称される人物なんだよな。 俺達が十年という年月を賭して、読み書きや算術、天文学や史学、生物学に魔術など、ありとあらゆる学問を勉強していた頃……あの人はいつも女子更衣室に忍び込んで、覗きをしていたんだっけ」 ミレア「あの……それ、大人としてって言う以前に人間としてすごい情けないんだけど」 フィズ「さる伝説のパーティーの一員であり、〈魔を極めし者〉として知られている。今昔の魔法使いの中でも、間違いなくトップに輝くほどの男だったよな。 あの人自らが先導をきって表舞台に顔を出す事は、まずあり得ない。四六時中、陰でこそこそとあの女学生のパンティーの色が良いだの悪いだのと、ぐちぐち垂れてる人なんだからな」 ミレア「貴方……本当にマスターの事尊敬してる?」 フィズ「勿論。伝説ってやつは大嫌いだけど、それでも俺は将来あんな人になりたいよ」 エリ「エリもなるぅ〜」 ミレア「なるなああぁっ!特にエリちゃん!フィズも、この話の冒頭と何か言ってる事が違うし! ったく、うちの父親と言い、マスターと言い、どうしてこう伝説のパーティーって人達は……」 エリ「普通の人には出来ない事をした人が伝説になるんだよっ!」 ミレア「いや確かに普通の人は、そんな事しないと思うけど……」 フィズ「とにかく、マスターがここにいない事だけは確かなんだ。 やっぱりガセネタだったのか……火の気のない所に煙が存在しないのも、確かなんだが。うーん、どうも引っかかる」 ミレア「火の気、ね。案外あったりして」 フィズ「あん?」 ミレア「例えば、マスターが過去にこの町で下着泥棒をやらかしたとか……」 フィズ「成程な。火の気だけに、これがホントの火事場泥棒ってやつか」 ミレア「……全然うまくない上に火事場泥棒の意味間違ってるし」 フィズ「それにしても、何故マスターは火事場泥棒になったのか……」 ミレア「例えばの話よ、例えばの!いきなり鵜呑みにしないで!」 フィズ「そもそも、第一にメリットがない。わざわざこんな田舎町まで出向かなくとも、スクールで泥棒やらかしゃ事は足りたはずなんだ。 となると……本当の犯人は、現場にいた人間?女剣士と青紫のピエロが下着ドロの正体だってのか」 ミレア「は、話が飛躍し過ぎて本題に戻れない……」 フィズ「変人が二人も居合わせたって事になるわけか。それこそ、伝説にでもなるくらいの変態が、二人も。 だがしかし、そんな連中がゴロゴロ戯れてたのも、十数年前までの話だぞ」 エリ「そうだそうだ。今は皆常識人ばっかりだぞ〜」 ミレア「良かった〜、私今の時代に生まれてきて。 ……って、そういう話じゃないってば!」 フィズ「くっ……こいつは難解な事件だぞ」 ミレア「誰が難解にしてるのよ? とにかく、今のままじゃさっぱり話が見えてこないわ。 これからどうする気なの?フィズ」 フィズ「……調べてみたい場所がある。そこをあたってみようぜ」 エリ「どこどこ〜?」 フィズ「明日になれば嫌でも分かるって。楽しみは後に取っとけよ」 エリ「うん!じゃあエリ、明日の準備するね。 リュックに水筒、お弁当。おやつは三百レアまでだったね。よし、これで完璧ぃ!」 ミレア「……楽しみよりも、不安に押し潰されそうなんだけど、私」 フィズ「さぁ、今日はゆっくりと休むぞ。そして明日に備えよう。よし、決定。 意義ある人は?」 エリ「ないで〜す」 ミレア「あるって言っても寝るんでしょうが、あんたは」 フィズ「よし、寝るぞ。 明日こそは下着ドロの正体を絶対に暴いてやる!」 ミレア「ほら……依頼内容が変わっちゃってるし」
フィズ「……ふと気付くと、俺は見慣れた地に立っていた。 紛れもない。ここは俺ん家の庭だ。正確に言うなら、オヤジことクリマの家って事になるんだろうけど、この際どっちだっていい。 何で俺、ここにいるんだ?って言うか俺、さっきまで寝ていた筈じゃあなかったか? この家にしても、どこか変だ。違和感がある。でも、どこが?」 『ガチャ』 フィズ「玄関が開いたぞ。中から出てきたのは一振りの剣を提げた男のガキだ。 ヘルゼーラか? ……いや、違うな。容姿も全然似てない。 それじゃ、誰なんだ?今、あの家にいる子供と言えば、ヘルゼーラだけなんだが」 少年フィズ「………………」 フィズ「はっ……この男前の面構えに、凛としたその瞳に宿った熱い魂。 そうか!あれは……スクールに通っていた頃の俺自身の姿だ。休みの日は、あそこでいつも剣の練習をしていたっけな。 ああ、それにしてもさすが俺!ガキの頃から格好良すぎだぜ!」 エリ「うわ〜。何か夢の中でナルってる人がいるよ〜」 フィズ「どぅわ、ビックリした! そうか、やっぱりこれは夢なのか……って言うか、何でお前は人の夢の中に入ってきてんだよ」 エリ「突っ込む人がいないと、どこまでも再現なくボケが続きそうだったから〜。このエリちゃんが突っ込み役に選ばれるなんて、ホント世も末だよ〜」 フィズ「自分で言うなよ。 それにしても頑張ってるな……夢の中の俺」 少年フィズ「一っ!二っ!三っ!…… ……三十!三十一!三十二!」 エリ「凄おい。何十回も素振り続けてるねぇ」 フィズ「ガキの頃はああしてよく修行したもんさ。我ながら鬼気迫るって感じだな。 だが、所詮はガキの力。真剣を振り回すにも限度がある。その内、剣を取り落とすぜ」 少年フィズ「……四十八!四十九!百五十!」 フィズ「って、いきなり百も誤魔化して数えるんじゃねえっ!ガキの俺!」 エリ「あら〜」 少年フィズ「……あ〜あ、剣の練習もしんどいなぁ。 もうやめよっかなぁ……」 フィズ「……今なら分かるぜ。あんな素振り、いくらやったって無駄さ。心がこもってない」 エリ「自分の事なのに何かえらそ〜に語り出したよ〜、この人」 フィズ「もうよせ。もううやめろ。 もう……これ以上、今の俺に恥かかすんじゃねえ」 エリ「自己中なのは今も昔も一緒〜」 フィズ「……うるせえやい」 若きクリマ「おい、いつまでやってるんだ? いい加減に阿呆はやめろ!」 フィズ「あ……オヤジが出てきた」 エリ「わ〜。若いね〜、クリクリ」 フィズ「人の父親に変なニックネームを付けないでくれ(結局俺が突っ込んでるし……)」 少年フィズ「あ、クソオヤジ!」 若きクリマ「くだらねえ様ぁ見せやがって! 何遍そんな事やったってもうお年玉はやらんぞ」 フィズ「……は?」 エリ「お……年玉?」 少年フィズ「うるせえ、早く寄こせ!何で俺よりミレアの小遣いの方が多いんだよ!」 若きクリマ「何度言ったら分かるんだ?テメエの方がお兄ちゃんなんだぞ?だったら、我慢しなさい! ミレアの方のが一レア多く入ってただけでぐちぐちぶ〜たれやがって」 少年フィズ「悟った風に訳分かんねえ事ぬかしてんじゃねえ!クソオヤジ風情に、オレの気持ちなんざ分かってたまるかよ!」 フィズ「あ〜……」 エリ「もしかして〜、さっきの素振りって、お小遣いつり上げるのが目的でやってたのかな〜?」 フィズ「聞くな」 エリ「しかもたった一レアでこれだけぐれるなんて……セコい〜」 フィズ「言うな。 何だかなあ……て言うか何なんだよ、この夢?」 エリ「名探偵フィズ・ライアスのものすごくセコい過去、大暴露〜!」 フィズ「俺は認めええんっ! ざけんな!俺ぁ、もう寝るぞ!」 エリ「ここ夢の中だよ?もう寝てるじゃ〜ん」 フィズ「夢の中で寝たらきっと目が覚める!」 エリ「わ〜、ムチャクチャ言ってる人がいるよ〜」 フィズ「やかましいったらやかましい!意地でも寝てやるからなぁっ!」
フィズ「ふわああぁぁ……もう朝か。よく寝たぜ。 さっきのはやっぱり夢、ですか。ったく、何で今さら、あんな昔の夢を見たんだろう?」 エリ「やっぱり、日頃の行いが悪いせい? でも夢の中で眠ったらホントに目が覚めたんだね〜。エリも今度試してみようかな〜」 フィズ「何でお前が夢の話を知ってるんだ? ……俺の夢の中に出てきたお前って、本当にお前だったのか?」 エリ「なんか言葉がおかしいけど、うん、そうだよ〜。楽しい夢だったね〜」 フィズ「……ま、どうでもいいか。どうせ夢なんだ。忘れるに越した事はないさ。さあ、そろそろ起きるかな。 そうそう。今日はあの場所を探ってみるって話だったか。このターミアルで誰が下着ドロをやらかしたのか、そいつを突き止めるのが今回の仕事なんだ」 エリ「良い子のみんなは〜、こんな探偵に依頼話持ちかけちゃ絶対駄目だよ〜」 フィズ「……何が言いたいのか、よく分からんな。 ミレアは……ん、まだ寝てるのか。強いて急ぐ必要もなし、もう少しそっとしといてもいいだろう。せいぜい、いい夢見てるんだぞ。俺は先にとっとと朝飯食わせてもらうからな。 もぐもぐ……うん、美味い」 エリ「干し肉とチョコレートを一緒に食べるとメロンの味がするんだよ〜(良い子のみんなは……この先は言わなくても分かるよねっ)」 フィズ「なんか別の話と混合してるぞ、それ。 それにしても、夢の中の話とは言え腹立つなぁ」 エリ「ほにゃ?何が〜?」 フィズ「ミレアの奴、俺より一レア多く小遣い貰ってやがったとは……」 エリ「うわ〜。目覚めてるのにセコいよ〜、この人」 フィズ「俺はミレアの事を信じてるぜ。妹であり、学友であり、相棒であり……戦友でもあるミレア・タガーノの事だけはな。 これからもよろしくな、ミレア。……というわけでちょっと財布を失敬して、と」 エリ「きっと怒るよ〜」 フィズ「奴は怒らない。俺はそう信じてるぜ」 ミレア「……って、怒るわあああぁぁぁっ!」 フィズ「何ぃっ?絶対に怒らないって信じてたのに裏切るなんて……何て酷い事を!」 ミレア「窃盗の方が犯罪!探偵が犯罪起こすなぁっ! あ〜、もう帰りたいよぉ……」 エリ「頑張れ〜」 ミレア「エリちゃんに励まされてるし……本当に大丈夫かなぁ、このままで」
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